【十四】
【十四】
都心の高層マンションの一室で、一人の男性と、二人の少女がソファに座りながら、食い入る様にテレビを見ていた。
少女たちは男性の左右の太ももにちょこんと腰掛けてボーっとテレビを見ているが、少女たちを抱きかかえる男性の方は
真剣に、まるでその番組の熱烈なファンであるかのように、画面に喰いついていた。
『あなたのトリックは私が見破りました!観念なさい!』
画面の向こうで美しい女優が黒のパンツスーツ姿で犯人の男にビシッと指をさす。周りには数名の男性警官がおり、ポニーテールのその女性は自らの推理を理路整然に述べていくと、やがて犯人の男がガックリとうな垂れ崩れ落ちる。
『犯人、確保しました!!』
うな垂れた犯人を見て、若い刑事二人が即座に反応する。
犯人の男性の両手を後ろ手にして手錠を掛けながら女性刑事に向かって声を上げると、引きの画面から女性のアップへとズームしていき、お決まりのセリフが女性の口から語られる。
『女性だからと言って甘く見ない方がいいわ。私はどんなトリックでも必ず暴いて真相を突きつめる。
女性刑事 西田冴子、来週もお楽しみに。』
エンディングソングと共にスタッフロールが流れる。
主演を意味する最初の出演者は 『西田冴子 名倉香織』と表示された。
「ママ、きょうもカッコよかったね~!」
「わたしも大きくなったらテレビにでてみたい!」
「奈緒理ぃ~、麗花ぁ~、パパぁ~!お風呂入ってよ~!」
キッチンから香織の声が聞こえる。
「「「はーーい」」」
結婚して五年が過ぎた。奈緒理と麗花は祐介と香織の子供で、一卵性双生児、つまり双子だ。
結婚を控えたあの夜から二カ月後、香織は祐介との子種を授かり、めでたく妊娠が発覚した。
香織がこれから復帰を目指そうという所での妊娠、出産で、祐介は少し落ち込んでいたが、それでも二人の間に授かった新しい命を素直に喜んだ。
R-POINTERの量産成功により、世界のがん医療は劇的な変化を起こした。
定期健康診断にも取り入れられ、ガンは早期発見が容易になった今日では、最小限の手術や薬によって正しく治療をしていけば、突然の絶望的な宣告を受ける様な病気ではなくなりつつあった。
高齢者になれば当然早期発見でもそれなりのリスクを負うが、特に青年~中年層の世代にとっては早期発見により、様々な治療を適切に組み合わせる事でガンは付き合っていける病気になりつつあった。
祐介は世界に最も大きな影響を与えた人物トップ10にも掲載され、未だにテレビやマスコミの取材を受けている。東京本社も、祐介の功績と能力を大きく評価し、現在の祐介は応用開発課ではなく、
社長付の特別研究チームのリーダーを務めている。そこでは他の病気についても、遺伝子の簡易検査による病気の特定に貢献する指示薬の開発や、遺伝子そのものの解析を行っている。
現在では祐介の出身大学である東大もこのチームに協力をしており、国の補助金を受けながら世界有数の、最先端の設備の中でその成果を常に世界に発信し続けている。
現在に至るまで、祐介は半年に一回、R-POINTERによるがん検診を受けているが、今の所再発は認められていない。
香織は子供たち二人が三歳になり幼稚園に通い始めたのをきっかけに本格的に女優復帰を果たした。
所属事務所の社長が二代目、香織の元マネージャーをしていた若い敏腕社長に代わったことで、香織の女優復帰はトントン拍子に進んだ。
子供が小さく長期間のロケにいけない事もあり、現在はレギュラーのドラマが二本、そして家事、育児関係のCMに数本出ている、所謂ママ女優だ。
結婚によって拒食症を克服し完全復帰するとのふれ込みで、当初はお相手、つまり夫は一般男性と紹介されていたが、結婚してすぐに週刊誌に『元人気女優のお相手は高校時代から交際してきたあの世界的科学者の男性』というスクープ記事により祐介との関係が公になった。視聴率を取りたいテレビ局が祐介のチームが成し遂げた功績を紹介する番組の語り手やインタビュアーとして香織を出演させると世間はあっと言う間に世紀のビック夫婦のネタで騒ぎ始めた。
当時妊娠中だった香織は、億すことなくメディアへの露出を積極的に行い、祐介は真面目な一研究員なのでそっとしておいて欲しいとカメラの前で話している様子をマスコミは妊娠中の女性にフラッシュを叩きつける行為を容赦なく行った。そしてそのマスコミたちに非難が殺到することで、世間では増々名倉夫婦の知名度が上がっていった。
現在に至るまで香織の強い希望もあり、夫婦での出演は流石になかったが、世間には既に夫婦であることが認知されており、祐介自身もまるで芸能人のように扱われている。東大出身で一流企業の研究員で爽やかな整った顔立ち、知的な印象と柔らかい物腰、更に高身長とその辺のモデルよりも遥かにハイスペックな祐介が、医療の分野で世界にその名を轟かせているのだから、マスコミが放っておくはずが無かった。
今はマスコミの執拗な追跡は収まったものの、この一連の騒動で二人は町を気軽に歩けないほどの知名度となってしまい、公園で子供を遊ばせようとすれば声を掛けられ、家族で買い物に行けば囲まれる生活を強いられた。
祐介は愛する妻と家族を守るために、一時期は仙台への転勤を申し入れていたが、香織の事務所からむしろ都心の人混みに紛れた方が良いとアドバイスを貰い、会社に近い東京郊外から都心の高層マンションに引っ越した。
あれから二年。以前ほどひどい状態ではないが、気軽に家族で町をブラブラと歩けない位の認知度が二人にはあった。
祐介は忙しいながらも休日は必ず休みを取って家族四人でマイカーに乗って関東圏の色々な公園に出かけるのが最近の名倉家の習慣になりつつあった。
二人は今三十三歳、来年の夏には高校二年から数えて人生の半分を共に過ごしてきた事になる。
風呂場から奈緒理と麗花のキャキャっと笑う事が聞こえる。
香織は結婚記念日の特製料理を一生懸命に作っている。キッチンには防水のタブレットが置いてあり、大手料理レシピサイトの特長的なコック帽が画面に映っている。
「ママー!手伝ってー!!」
「はーい!」
風呂場から祐介の声が聞こえる。
入浴の時間は多忙な祐介と子どもたちの貴重な触れ合い時間だ。祐介は最近国内はもちろんの事、アメリカやヨーロッパを飛び回っていて目まぐるしい日々をすごしている。
入浴が終わり、体を拭き着替えさせるのは二人の共同作業になる。
「こらっ!麗花っ!!ちゃんと拭かないと風邪ひくよ!!」
麗花はジタバタと逃げ回り、祐介の後ろ側に隠れる。
「やだー!ママじゃなくてパパに拭いてもらうの!!ナオ、かわってよー」
「やだよー!きのうは麗花がパパに拭いてもらったでしょー!今日は私の番だよー!」
「ほらほら、じゃあ奈緒理が終わったら麗花も拭いてあげるから、一回バスタブに入ってなさい。」
「やったー!パパだいすきー!」
ジャボンと水音がして、バスタブから麗花が顔をのぞかせている。
「もう!麗花は我がままばかり言ってパパを困らせないの!奈緒理、すぐにパジャマに着替えなさいよ。」
「はーい!」
奈緒理はパジャマを手に持ち、裸のままリビングに駆け出していく。
「じゃあ麗花の番だね。おいで。」
「はーい!パパ大好きっ!」
「全く。今からこれじゃ先が思いやられるね。」
香織は腰に手を当ててふんっと鼻から息を吹きだす。
祐介が麗花の体を拭き終わり、頭にタオルを掛けてゴシゴシし始めると麗花が途中でスルリと身をかわし、バタバタとリビングに麗花が逃げ出していく。
「あっ!こらっ!麗花!髪の毛ちゃんと拭かないと風邪ひくよ!」
香織の声が麗花を追いかけていくが、麗花はリビングで着替えを始めている。
祐介は最後に少しだけ冷えた自分の体を拭き、籠に入っているパジャマに着替える。
「もう!パパが良い、パパが良いって、全然私の言う事聞かないんだから!」
「香織に似たんだろ。そっくりじゃん。顔もだけど、性格も。」
「あーー!ユウまでそんなこと言うんだ-!!確かに顔は似てるってよく言われるけど...」
「全員で一緒に風呂入ってたら、私も拭いてくれなきゃイヤー!って言いそうだし。昔はそんな事言ってなかったらしいけど。」
「そりゃあ、まあ...って言わないし!子供たちの前じゃ絶対言わないし!!もう!その話は絶対しないって約束したのに!ユウの意地悪!」
「素直じゃないよね。素直が一番ですよ、香織さんや。」
子どもの前ではパパ、ママと呼び合うが、二人きりの時はどんなに短い時間でも昔のように名前を呼び合っている。
お互いの両親と顔合わせをした時、香織の母親から衝撃的な言葉が飛び出した。祐介と香織は幼馴染だったというのだ。
名倉家と草津家は以前近所に住んでおり、幼稚園の途中まで祐介と香織はいつも一緒に遊んでいて、二人は仲良く風呂にまで入っていたという。
そんな訳で両親の顔合わせで緊張していたのは若人二人だけで、四人の両親は久々のご近所さんとの再会を喜び、昔話(主に香織に関する暴露話)に花を咲かせていた。
後日、枕もとで香織に聞いたところ、実は香織の本当の初恋の相手がその男の子、つまり幼かった祐介だったことが明らかになった。
香織本人も母親から聞かされるまで気が付かなったのだが、母親曰くはあんたは生まれながらにして祐介君のストーカーだったとの弁に、祐介は妙に納得した。
殆ど記憶がなかったが、何となく小さい頃からいつも後ろに付いて来ては遊んでくれ、構ってくれと言ってくる女の子がいた様な記憶があった。
そして祐介の実家で、幼い香織と一緒に写っている写真を見た時、その当時の記憶がはっきりと蘇ってきた。
草津家は丁度香織が年長組に上がる頃に家を新築し、香織は大泣きしながら「ユウちゃんと離れたくないー!」と駄々を捏ねたらしく、香織はその暴露話を耳たぶまで真っ赤にしながら俯いて聞かされていた。
両親は二人の関係にとうの昔から気付いていたらしく、折角高校生になって一から出会って付き合っているのだから、結婚式まではこのネタを温めておこうとしていたようだった。香織が女優を引退すると決めた原因が二人の別れにあった時ですら、それを隠し続けていたらしい。最も、本当に別れたままであればわざわざ本人たちに言うまでもなく、『昔話』の一言で片付いてしまう内容ではあったが。
沢山の友人、知人を招いた結婚式では、そんな二人の隠されたエピソードが紹介され、香織は少し出始めたお腹をタイトに締め付けるウエディングドレスよりも息苦しく、そして恥ずかしい思いをした。
リビングには出来立ての香織特製の手料理が色とりどり、綺麗に盛り付けられ、テーブルに並べられている。その真ん中には、祐介が仕事帰りに買ってきた小さなフラワーギフトが置かれている。
四人はイスに腰かけ、手を合わせて挨拶をしてから箸を動かす。
「ママ―、今日は何をお祝いする日なの?」
奈緒理が香織に話しかける。
「今日はね、パパとママが結婚して五年が過ぎたお祝いの日だよ。」
「ふーん。ねえパパとママはどうして結婚したの?」
「それはね麗花、パパがママの事が大好きで、今日みたいに、家族みんなで幸せに楽しくご飯を食べたいって思ったからだよ。」
祐介が微笑がみながら麗花と奈緒理を見つめる。そんな祐介の優しい父親としての顔を見ると、香織は今、自分が幸せの真ん中にいることを実感する。
祐介が香織を見つめる。
「もう五年か...あっと言う間だよね。」
「そうだね。もう付き合ってからだと十六年だもんね。」
『香織の事、幸せにするから』
『俺のことも幸せにしてよ。』
香織は自分が今、本当に幸せであると実感している。女優復帰に際して辛いこともあったが、祐介と二人で乗り越えた。
祐介は今、幸せだと思ってくれているだろうか。あの日仙台の小さなチャペルで誓った約束は果せているだろうか。
祐介の顔を見て、香織は自分のお腹に宿ったばかりの小さな命をそっと優しく撫でる。
「あ、そうだ!今日はもう一つ重大発表があるんだった!」
香織が声をあげるとテーブルの三人が注目する。
「麗花、奈緒理。弟か妹、どっちが欲しい?」
「弟!」「妹!」
双子とは言え、同じ考え方にはならないらしい。
「ママ...それって。」
祐介が驚きを隠せない表情で香織を見る。
「うん...オメデタだって。今二カ月。」
「そうだったんだ!おめでとう!良かったね!!」
「ちょっとパパ、それじゃまるで他人事みたいじゃない。」
「いや、素直に嬉しいよ!良かったね奈緒理、麗花。弟か妹、楽しみだね!」
「「うん!」」
香織は微笑みながら三人を見つめる。
いつか麗花や奈緒理にも、自分のように素敵な男性が見つかり、幸せな家庭を持つ日が来るだろうか。
燃えるような、身を焦がすような恋に落ち、不安と喜びの中、愛を育んでいけるだろうか。
目の前の愛しい二人の愛娘と、お腹の中の新しい命には大きな希望と将来がある。
一つの不安も無いかと言われればそんなことはなく、健やかに、何事もなく無事に育って欲しいと願っている。
しかし、祐介と二人ならどんな事があったとしてもきっと乗り越えていけると信じている。
「ねえ、ユウ。いつもありがとう。これからも一緒に、もっと幸せになろうね。」
香織はいつものように笑顔で祐介に話しかける。祐介は子どもの前で名前を呼ばれた事に一瞬だけ、少し驚いた表情を見せたが、いつものように優しい笑顔で香織を見て口を開いた。
「こちらこそいつもありがとう。俺はずっと一緒に香織と、家族と一緒に居られて凄く幸せだよ。」
リビングのテレビからCMが流れている。名倉香織が小さな子どもを抱きかかえて満面の笑みで子どもに頬ずりをしている。
八か月後の年末には、数年前に見かけなくなったばかりのあの商品を再び家の中で見かけるようになるだろう。
これから二人の子供たちと一緒に、新しい家族の名前を考えることになる。
きっと子供たちから自分たちの名前の由来を聞かれる事だろう。そのとき、祐介たちはこう答える。
『麗花と奈緒理の名前は、パパとママの大切な恩人とママから、それぞれの名前を貰ったんだよ』 と。
祐介は食事を終えると香織の元に行き、新たな命を授かったばかりのお腹を優しくさする。
香織は祐介の手にそっと自分の手を添える。
祐介がその手を包むように両手を重ねる。お互いの薬指に付けられている銀色の指輪がリビングの光を受けて輝いた。
【了】




