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12/15

【十一】

一部に性的描写を含みます。ご注意ください。

【十一】

お互いの両親に電話をし、年始に両家の顔合わせをすることで約束を取り付けた。

その場で結婚式の日取りも決める予定にしていた。式場は祐介の出向元である東京にするつもりだった。

中京圏出身の二人と、現在の居住地である仙台、大学時代を過ごし、多くの友人、知人、同僚がいる東京が最も便が良いというのが理由だ。


新婚旅行の行先は香織が決めることになった。

香織は飛行機があまり好きではないらしく、海外に行くなら東南アジアまでと言い、一気に選択肢を狭めた。

普段は横から口を挟む事がない祐介だったが、余りの即決振りに心配になり、あそこはどうだ、ここはどうだと口出しし始めた。香織はとにかく長時間のフライトが嫌らしく、最後に香織が放った言葉は、『そんなに長時間飛行機に乗る位だったら、東京ネズミ―ワールドに日帰りでいい。』と暴言を吐いた。祐介はそれなら本場のアメリカだろうと言い出し、二人のハネムーンの行先は実に一週間も掛かって決定した。

最後はタイのプーケットにするか、インドネシアのバリにするかの二択になり、祐介の子会社が進出していて入社時にお世話になった先輩が出向しているインドネシア、つまりバリにする事で落ち着いた。現地の情報など色々と細かく教えてくれる面倒見のいい先輩に甘えようと思っていた。


そんな風に日々が過ぎ去り、酷暑と言われた真夏が終わり、九月になった。

この日、祐介は生検試験中の試験量産されたR-POINTERを使って、自身の血液による二度目の検査を行った。

今度は全ての段取りを自分で行い、恐る恐る顕微鏡を覗き込んだ。


発色は、認められなかった。


再発していないことが喜ばしいというのもあったが、何より患部を取り出して三か月で、R-POINTERが正しく機能したであろうことが、祐介を喜ばせた。


その晩、祐介は香織を抱くつもりだった。今まで自分も我慢してきたし、香織にも我慢を強いてきた。

近所の薬局で初めて避妊具を買った。

香織の女優復帰を考えれば、婚約したとはいえ、妊娠させてしまうのは時期早尚だと考えた。


祐介は紙袋に包み隠されたそれを鞄に放り込んでアパートに戻る。


「ただいま」

「おかえりー」

いつものように香織が台所に立って鼻歌を歌いながら台所に立っている。

楽し気な香織をしり目に、ベッドの上のボードに紙袋を置き、香織の作る料理を後ろから覗き見る。


「な、なに?」

「最終安全確認。」

「な、なんの?」

「俺の味覚が耐えられるか」

「もー!今日は普通だって!!」

「安全確認よし!」

祐介は指差し呼称の要領で、人差し指を立ててフライパンに向かって腕を振り、ビシッとフライパンを指す。


「酷いなあ!祐君の晩御飯だけ特製にしようか?」

「ええ!自覚があったの!?」

「もうチャレンジはしないと誓ったよ...」

「インターネットで調べてちゃんと作れば良いだけなんじゃないか?」

「私にも憧れがあったの!美味しいご飯を即興で手際よく作るって...なんてカッコいいじゃない?」

「料理もお菓子作りも、全ては化学反応の作用です。適量の材料と加熱、冷却時間の組み合わせを正しくすれば誰にでも似たような味を作り出せる。インスタント食品が美味しく大量生産出来るのには理由があるんだから。愛情と空腹は最後の隠し味だから。」


「ふーんだ。どうせ私は文系人間ですよ!祐君は理系男子だもんね!東大の理系が理詰めで私をいじめるよー!ふーんだ!」

「いいよね香織さんは。芸術専攻がそのまま仕事に活かせてさ。俺なんか理学じゃないのに化学の仕事で結構大変だよ。俺も理学に行けばよかったなー。」

「あー!嫌味言ったぁー!今東大卒の3K男子が暴言吐いたよー!」

「3Kって何なの?テレビ?」

「カッコいい、高身長の、婚約者。で3K。かな?」

「Kのイニシャル、そんなのだった?高身長しか合ってないような...」

「とにかく!私だっていい加減憧れと現実の区別がつくようになってるんだから!」

「憧れを実現するにはレシピを覚えてその通りに作ればいいんだけど...」

「だって仕方ないじゃない。あのイカ墨のリゾットは...」

「まあまあ、そう落ち込むなよ。普通に作ってさえくれればどこに出しても恥ずかしくないんだからさ。」


祐介は香織の頭をポンポンと軽く叩くと、思い出したように口を開いた。

「あ、そうだ。香織に言っておかないといけないことがあって」

祐介が前置きをする。香織は手を止めて祐介を見つめる。


「今日の検査の結果、今度は反応が無かった。今の俺にガンは再発していないと思う。」

「本当に?」

「ああ、俺たちの作ったR-POINTERを信じて大丈夫だよ。」

「本当に...良かった...」

香織は涙ぐみながらフライパンに目を落とす。

祐介が香織の背中側から両手を絡めて抱き締める。


二人の間に優しい、落ち着いた時間が流れていく。


フライパンから少し黒っぽい煙が上がり始めている。


「ああっ!!」

香織が慌ててコンロの火を落とすが時すでに遅しで、焦げ目のついた鶏肉の料理が出来上がってしまった。


焦がした部分を取り除き、減ってしまった主菜を補うため、祐介も夕食作りを少しだけ手伝い、二人で一緒に夕食を食べる。

食べ終わった後、二人で並んで食器を洗う。当たり前の時間が二人の間に流れていく。


「そう言えば...」

不意に香織が口を開く。


「祐君って何で私と付き合うのOKしてくれたの?」

「高校の時の話?」

「そう。」

「何で...だろうね?」


「祐君、高校の時凄くモテてたでしょ?私、いつも祐君に纏わりついてたから、祐君の事が好きな女の子のグループたちから結構嫌われてたんだよ。」

「そうだなあ...最初は、別に好きじゃなかったんだよな。」

「ええっ!?そうなの?」

「だって、最初の告白の時は、名前すら知らなくてさ。断るだけでもよかったのかもしれないけど、なんか、告白を断った後って、お互い気まずくなるだろ?」


「だからこそ、まずはお友達からって返事だったんだね。」

「香織にもそう言ったし、他の名前も知らない女の子にもそう言ってた。でも、友達になるって言っても、案外それから連絡くれる子は居なくてさ。」

「ふーん。やっぱり祐君一杯告白されてたんだー。」

香織はジト目で祐介を見る。


「悪かったね。結構な数の告白を受けましたよ。俺のせいなのかな?それって。」

「ううん。祐君は昔から罪な男だったから仕方なし。」

「ははは、何だかな...でも香織が初めてだったかな。友達になろうって返事した翌日から教室出たら待ち伏せしてたのは。それから毎日捕まってたもんな。たまに居ないなって油断すると下駄箱とか校門で待ってたり。」

「あはははー...あの時は夢中だったから...絶対一緒に帰るぞっ!毎日一組より早く終われっ!って先生にテレパシー送ってたもん。」

「ははは...香織って昔からストーカーっぽかったよね。」

「うん。でもそんな事するのは祐君にだけだからね! 祐君が東大志望って聞いて、真っ先に志望先も変えたし。でも模試のE判定を見た時、流石の私でもこれは無理だなってへこんだけど...せめて東京の大学に行きたいっていったらお父さんが大反対して、女子大の寮でならってOK貰うのにすごく苦労したんだから!」


「香織にそこまで想われて今は嬉しいけどね。で、ずっと一緒に、近くにいると、その人の色々な所が見えてくるし、香織が初めて女優になるのが夢だって話してくれた時も、高校生にもなって凄いことを考えてるなって。香織、あの後から物凄く頑張ってたじゃない?」

「夢に向かって妥協しない。諦めない。そうやってひたむきに何かを追いかけている、そんな香織の横顔が凄く輝いて見えた。」


「だから十年前、香織から三回目の告白を聞いた時、正直嬉しかったんだ。」


「正直に言うと、好きだから付き合ったわけじゃなくて、真剣に好きになりたかったから、付き合った。そんな感じかな。」


「そっか...じゃあ、今の私は、あんまり輝いてないから嫌い?」


「嫌いになったりはしないよ。香織のいい所も、悪い所も沢山知ってて、俺が香織の事を愛してるんだから。じゃなかったらプロポーズなんてしないよ。」

「でも、本音を言えば一度別れたあの時、俺たちはもっと真剣に話し合いをして、お互い妥協することが出来ていれば、香織が女優を引退するまでにはならなかったんじゃないかって後悔はしてる。」


「私が引退して後悔したの?」


「それは当然だよ。だって俺が草津香織のファン第一号なんだから。」


香織は祐介から初めて聞く『ファン』という言葉を聞いて胸が締め付けられた。

祐介はいつも香織の事を考えてくれていた。しかし香織はいつも自分の事を考えていた。

祐介から突然別れ話を切り出されからも祐介と離れたくない、元に戻りたいと、そればかりを考えていた。

祐介はメンタル不全で自殺未遂までしていたというのに、いつも香織の将来を、夢を追いかけ続ける事を応援してくれていた。当時メンタル不全だった祐介を麗奈が支えたというのは結果であって、祐介は香織に女優を続けて欲しいといつも願い、香織にそう伝えていた。


香織はそんな祐介の応援を、願いを無下にして女優を引退した。そして昔のように祐介に纏わりついた。


「ねえ、祐君は...どうしてそんなに優しいの?」

香織は俯いて祐介に疑問を投げかける。

急に自分が祐介にしてきた仕打ちがひどく惨いことで、幼稚なことだと思え、恥ずかしさと申し訳なさが胸いっぱいに広がったからだ。


「優しいわけじゃないよ。」

祐介は香織の方に体を向けて、そして静かにそっと近づいて香織を抱き締めた。


「香織をずっと支えてきた俺だから...俺だから言える事と、そして言えないことがあっただけだ。」

「言えない事?」


「今すぐにでも女優を辞めて、ずっと俺の傍に居て欲しい。香織が成功を掴むたびに、忙しくなるたびに、俺から香織が離れていってしまう気がして、ずっと寂しかった。特に俺が社会人になってからは自分の事で追われるようになって、ココロの隙間がどんどん大きくなってきて、いつも香織に逢いたくて、苦しかった。でもあの時の俺はそれを香織には言えなかった。香織が夢を掴むためにどれだけの努力と苦労をしたかを知ってたから。」


「俺は昔から香織の事を愛してたよ。でも、俺が香織を求めれば香織の夢を奪ってしまうと自惚れていた。俺が香織を求める事と、香織が女優を続ける事の両立は絶対に不可能だと思っていた。だからどっちも選べなかったんだ。そうこうしている内にメンタル不全になり、香織からの愛を疑い、絶望して、そして香織との恋愛を諦めて目の前に居てくれた麗奈と共に歩むことを選んだ。」


「俺さ、画面の向こうの草津香織が目の前にいる香織と同じ位好きだった。嫉妬してしまうほど、輝いた顔で笑ったり、涙を流して演技をする草津香織も愛していた。」


「香織が引退するって連絡してきた時さ、俺は自分の愛した二人の女性を失ったと思い涙を流した。」


「優しい訳じゃない。俺は優柔不断で、エゴイストなんだよ。」


「そんな事ないよ!裕君はいつも優しくて、私の事だけを考えてくれてた。私は祐君に操を立てていればそれで良いって思い込んでた。何をしていても優しく笑って包んでくれるって思ってた。どんなに忙しくても、祐君は私の事だけ見てくれているって思いこんでいた。でも祐君が一番辛かった時も自分の事しか考えてなかった!」

「そんな私に...祐君は結婚しようって言ってくれた...もう一回女優を...夢を追いかけても良いって言ってくれた...」


「本当にありがとう、祐君... ねえ、祐君、もう一度女優をしてる私を見てみたい?」

「ずっと前からそう言ってるよ。俺は女優の草津香織も愛してるんだから。」

香織の瞳を真っすぐに見て、祐介は微笑みながら香織に語る。


やがて少し意地悪な表情をして、香織の頭を撫でながら更に口を開く。


「でも無理しなくていいよ。香織は昔から視野が狭くて向こう見ずなんだから。やり始めたらきっとまた俺は置き去りだろうし。まあ、仕事人間で香織を置き去りの俺が言うのは間違いなんだけど。」

「置き去りにしないし!って、視野が狭くて向こう見ずってまるで猪じゃない!」

「そ、猪突猛進の香織さん。ブヒー!」

祐介は香織の鼻を人差し指で軽く突き上げる。


「ブヒ~!どうせ私は猪ですよ!!祐君の意地悪!」

「はは。まあ、気が向いたら考えておいてよ。俺の可愛い奥さん。」

「うん。私、もう一度頑張ってみようかな。旦那さんのために。」


「復帰したら俺、香織を追いかけて東京行くよ。」

「本当?」

「でも仕事もあるしなあ...本社勤務の希望は前に出したけど、どうなるか分からないし。」

「別に東京じゃなくても大丈夫。仕事のある時だけ新幹線でビューっと移動するから。」

「それは何ともセレブっぽい通勤だな。毎日朝ご飯は牛タン弁当?」

「ぶっぶー!エンガワ弁当と鮭弁当のローテーションでしたー!残念賞でしたー!」


二人の笑い声がアパートに響く。検査結果が良かったこともあり、二人はココロの底から笑い合った。



時計が十時を回った所でテレビを消し、部屋の明かりを消す。

香織はいつものように半裸で布団を被る。祐介はそのまま香織の谷間に顔をうずめる。


「おやすみ、ゆう、ひゃん!えっ?な、なにっ?」


突然祐介が香織の膨らみの頂点にある桃色の突起を口に含んだ。

膨らみが口の中で更に大きくなっていく。祐介はその突起を舌で転がしながら優しく吸い込む。


「ゆ、ゆうくンっ!」

祐介は構わず突起を転がし続け、左手で反対の白い膨らみを優しく撫でる。


香織の体がピクリと小さく震える。少しずつだが、熱く、荒れ始めた息が祐介の髪を撫でる。

祐介の手は、香織の柔肌を丁寧になぞっていく。胸から背中へ、背中から腰へ。腰から下半身へ。


香織の口から、声にならない荒い息が甘く、切なく吐き出され、祐介の髪に当たる。


祐介の指がへそから下に、パジャマのズボンの中に滑り込んでいく。

香織が嬌声を上げ、体がビクンと反応する。


「香織、今日の昼間、してたでしょ?」

「えっ?な、なんで!?み、みてたの? ああっ!」

「驚かそうと思ってこっそり帰ったら、俺が驚く羽目になったよ。ごめん。今まで我慢してたんだろ?」


「香織、我慢しないで...もっと...もっと感じて。」


「香織...愛してる。」

祐介は香織を優しく刺激し続けながら耳元で愛を囁き、耳たぶにキスをして、舌を這わせる。


香織は祐介の上腕部を強く掴むと、何かに耐える様に眉間に皺をよせる。

伏せられた瞳から伸びる、長いまつ毛が妖艶に映った。

昇りつめた香織が落ち着くのを待って祐介は再び唇を重ねる。


「香織...愛してる。」


「愛してるよ。ユウ君...お願い...私の初めて、貰って...」

「ありがとう、香織。待たせてごめんね。」


埋没の途中、香織が苦しそうに眉間に皺を寄せる。祐介は動きを止め、香織の様子を伺うように瞳を覗き込む。

「香織、大丈夫?」

「祐君...好きにして大丈夫だから...」


「祐君...嬉しい...私の初めて...祐君でよかった...」


「痛い?」

「ちょっと痛いけど...嬉しいから...幸せだから...大丈夫だよ...もっと動いて...」


二人の熱い息遣いと、お互いの名前を呼び合う声が部屋に響き渡る。


「香織! 香織ッ!...愛してる!」

「ユウくんっ! 私も! ゆうっ!!」

「香織っ!!」

部屋の中に祐介の荒い息が大きく響く。


祐介は全てを出し終えると、息を荒げながら香織の鼻の頭と自分の鼻の頭をチョコンとくっ付ける。

香織は瞳に涙を浮かべながら、とろける様な目で祐介を見つめている。


「痛かった?」

「少しだけ...でも最後は気持ちよかったよ。」

「よかった。これからは我慢しなくても大丈夫だよ。」

「祐君こそ。もう毎朝のご奉仕は終わりだからね?」

「ま、毎朝えっちするの?」

「私はいいよ。一人でするよりも全然気持ちよかったもん。」

「まあ...そこは二人のココロの赴くままにってことで。」

「祐君、大好き...ありがとう。」


チュッ


長い長いキスをして、祐介はその日初めて香織を胸に包んで眠った。



十月のある日、会社で昼食をとっている祐介のスマホに、見慣れない番号から電話が掛かってきた。

電話に出ると、香織にプロポーズしたホテルの中にある貸衣装の店からだった。

なんでもホテルがケーブルテレビの取材を受けた際に、貸衣装の店頭に飾ってあった二人の写真のその女性が草津香織だという事に気が付いた人間がおり、局内で話が進んでケーブルテレビ自主製作のドラマに出演して欲しいとの事らしかった。


本人に伝えますと返事をして、そのまま香織に電話をする。


「...という訳で返事を待っているそうだ。」

「うん...わかった。今晩、相談してもいい?」

「勿論。よく考えておいて欲しいな。」

「うん...じゃあ、また後で。」



その夜、夕食を取りながら二人で香織の復帰について話し合いをする。


「迷ってるの?」

「うん...自信ない。」

「確かにブランクは長いし、随分と練習もしてないから、気持ちはわかる様な気がする。でもいいじゃないか、逆に練習だと思って気軽にやれば。」

「あの後、電話して聞いてみたんだけど...随分本格的なの。東北出身の俳優を集めて宮城を中心にその魅力を伝えるってコンセプトで、ロケばっかりみたいだし。」

「いい機会だよ。俺のメンタル不全が本当に治ったか、不安なんだろ?大丈夫。昔みたいに溜め込んだりしないさ。」


「背中を押すだけなら、いくらでも押してやる。頑張れ、香織。俺もそのドラマ、楽しみにしてるから。」


祐介はそう言って微笑むと、新聞の折り込み広告をあさり始めた。


「何を探してるの?」

「電気屋の広告。早速録画の準備を進めないとな。」

「まだ出演するってきまったわけ」

「いいや。香織なら出来る。俺の為にやってくれる。そう信じてるから。」


祐介の余りにも嬉しそうな笑顔に、香織は小さくため息をついて、そして小さな決意をした。

愛する男性から、こんなにも望まれている。自分の夢のためではなく、何より愛しい彼のために演技をする。

そう考えると、肩の力がふっと抜けて、やる気が生まれてくる。


「祐君がそこまで楽しみにしてくれるなら...ちょっと頑張っちゃおっかな?」

「そうそう、その意気だ。あ、テレビも買い替えちゃうか。」


オリンピックでもないのに、テレビを買い替え、レコーダーを購入しようとしている祐介はまるでおもちゃの広告を見る子供のような笑顔で織込み広告を見ている。

この調子だと明日の仕事帰りに家電屋により、週末には配送されることになるのだろう。


祐介が大学の時から、社会人二年の途中まで香織の出演作やスクラップをひたすら収集していたことを香織は知らなかった。

それらは、少し古い段ボールに収められ、押し入れの一番奥にしまわれているからだ。


香織は少しだけ気恥ずかしいようなムズムズした気持ちになり、広告を眺めている祐介の背中目掛け、飛びつくようにしてしがみ付いた。


九月末から香織が女優復帰することになった。ロケのスケジュールは一週間、缶詰且つ泊まり込みで撮影が行われる。

十月以降は祐介の仕事もひと段落する予定だった。香織が居ない間、寂しいと思う事はあったが、今はその寂しさが心地よく、祐介は久しぶりに研究センターに夜遅くまで籠り、データの確認や量産に関する資料のまとめに打ち込んでいた。


あっと言う間に一週間が過ぎた。

祐介が早目に帰宅し、料理を作り終えたタイミングで外からバタバタと足音が聞こえてくる。

もどかしそうに鍵をガチャガチャと開ける音が聞こえ、玄関のドアが勢いよく開いた。


「ゆうくーーん!寂しかったよーー!」

着替えの入ったスーツケースもそのままに、香織は玄関に迎えに向かう途中だった祐介に飛びつく。

ムギュっと祐介の体にしがみ付いた香織は、そのままくっ付いたままでしばらく動きそうにない。


「俺も寂しかったよ。おかえり、よく頑張ったね。」

祐介が香織の頭を愛おしそうに撫でる。香織は祐介のドレスシャツに顔をうずめる。


うずめたままピクリとも動かず、胸元で何やらスンスンと鼻を鳴らしている。


「何やってるの?」

「祐君急速充電中。電池が切れたから。」

「可愛いな。それ。いつ切れたの?」

「二泊目。」

「電池切れ早いな!」


「本当にお疲れ様。ご飯出来てるし、お風呂も沸いてるよ。それとも、俺にする?」

「祐君が良い。」

そう言うと香織は背伸びをする。祐介が膝を曲げて香織の唇に口づけをした。


「冗談だよ。夕食の準備をしておくから先にお風呂入っておいで。俺は後で一杯味わえるから。」

「えへへ。ありがとう。祐君。」


玄関に放置されたスーツケースを運び込み、リビングで鍵を開けて着替えを取り出すと、浴室からシャワーの音が聞こえ始めた。祐介は脱衣所にある洗濯機に下着類以外を放り込み、洗剤を受け皿に入れてスイッチを押す。

軽快なビープ音と共に、洗濯機が動き始める。


「香織、着替えここに置いておくから。」

「ありがとー」


ドアを閉め、夕食を皿に盛り付け、缶ビールを飲みながらテレビのチャンネルを回す。

ふとブルーレイレコーダーの方に目を向けると、独り言を小さな声で呟く。


「こいつは役に立ったなあ...」


押し入れの奥から取り出した段ボールが開けられていた。

香織の女優復帰を記念して、長らく閉じ込めていた大量のブルーレイディスク、草津香織コレクションの封印を解いた。


真新しいテレビとレコーダーで見る草津香織の初々しい演技と、今とそんなに変わり映えしない美しさが祐介のココロを慰めた。

そして、そのコレクションに新たな一枚が加わる日をココロから楽しみにしている自分に気付き、祐介はやはり自分が一番のファンなんだと改めて思った。


風呂上がりの香織はうっかりしまい忘れていたメディアを目ざとく見つけた。

祐介の秘蔵コレクションが明らかになり、懐かしの映像たちを二人で見た。

香織は自分の出演作を殆ど見て来なかったらしく、顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。


その姿が可愛らしく愛おしい。祐介はそんな香織を押し倒し、二人は遅くまで睦みあった。



翌日以降も日帰りながら香織の仕事は夜遅くまで続けられている。

スタジオ収録は少なかったが、編集会議が長引き、香織の帰りは連日九時を過ぎていた。

たった一本のドラマの収録で、ここまで掛かるものかと思うと、全盛期の香織は一体どれだけの仕事をこなしていたのだろうと思う。そんな香織を裏切り、引退へ追い込んだのは自分自身なんだと思うと、祐介は過去の自分の弱さを呪った。


そんな風にあっという間に二週間という時間は過ぎ去り、草津香織の復帰作品の放送日が決まった。

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