缶蹴って、ご飯を食べて笑った
ルペちゃんが、わたしのキックを見てと言ってきた。
「このあたしにキックを見せてやるって?」
今年の缶けりんぐ界ナンバーワンキッカー(誰も言ってくれないけど)の血が騒ぎ、店から空き缶を持っていつものベンチ前に集合。
めっちゃ天気もいいわりに人通りもなく、あたしたちのテンションは謎に高まり、どっちが遠くまで飛ばせるか勝負だと昼ご飯まで賭ける。
「え、待って。面白そう。私もやる!」
もうすぐ昼だというのに起きてきたばかりのシクラソさんまで参加を表明してきた。
じゃあ3人で勝負だとあたしは言ったんだけど、ルペちゃんが「待って」とシクラソさんを止める。
「シクラソさんはやめといたほうがいいよ。前にすっごい空振りして股関節痛いって言ってたよね?」
「なにそれ、ウケる~」
「できるの! あのあと秘かに特訓したし。歌の練習していると思わせておいて、じつはキックの練習してたし!」
「シクラソさん、明日からはみんなと一緒にお店のお掃除してくれる?」
「いいじゃん、なんか熱くなってきた。あたし、こういうの好き。2人のこと大好きだけど、いつかバチバチの勝負もしたいと思ってた!」
「わたしはちょっと缶けりを見せたかっただけなんだけど……」
おっきい声でジャンケンして強引に順番を決める。シクラソさん、あたし、ルペちゃんの順。
シクラソさんは「よぉし!」と気合いのこもったきれいな足を振り上げ――思いっきり空振りをした。
「いつか股関節取れるよ、シクラソさん」
「だって空き缶すぐ逃げるんだもん!」
「あはは。空き缶は逃げないよ~。男じゃあるまいし」
……やってしまった。
ついつい高めのテンションでハシャぎ、シクラソさんの地雷を踏み、全員フリーズさせてしまった。
「そうだよね。私、娼婦だもんね。空き缶も男もいつか逃げていくよね……」
「ビ、ビスクさんはそんなことないと思うよ!」
「そうだよ! 部下連れてよく来てくれるし、売り上げに貢献してくれてるしっ。シクラソさんの仕事にも理解あって超いい彼氏だよ!」
「……えいっ」
幸せと不安の間を常に揺れ動く娼婦心を込めたキックは、空き缶のヘッドに当たってカランコロンと転がした。
「いえーい!」
たいした記録でもないのにあたしたちはハイタッチして騒ぎ「魅惑の足」だの「兵士転がし」だのシクラソさんを讃え、事なきを得る。
得たと思っていた。油断していた。
「次はハルちゃんの番ね。大会優勝選手のキックを見せて」
「まっかせて☆」
機嫌の直ったシクラソさんの声援を受け、あたしはこれがプロのシュートだとばかりに軽やかなステップと虎のような気迫で足を振り上げ――
「そういえばハルちゃん、ビスクさんの部下とデートキスしたんだって?」
思いっきり空振りして股関節もげる。
「え~!? あのふわふわした人!? ハルちゃん、彼氏とかないないって言ってたくせにっ。裏切った!」
「違うし違うし違うし!? いや、したことはしたし? でも付き合うとかじゃなくて、ほんのちょっと心の隙間のJKにあの人が触れてきたというか、ぶっちゃけ雰囲気でしただけで全然あたしは!」
地団駄を踏んだ足に、カコンと空き缶が当たっていた。
「はい、ハルちゃんの番おわりー」
「これが大会優勝選手のキックかー」
「ずっるーい!」
どっかりベンチに足広げて座って、ぶわぁぁぁってあたしの中のJKを吐き出す。二度と帰ってくるな。JK。
「最後はわたしだな~」
勝ち確したルペちゃんが「何食べよっかな」なんてニヤニヤしながら空き缶を立てる。シクラソさんに目配せしても「いじるネタなし」と無言で首を横に振る。優等生め~。
「ルペちゃん、缶けりんぐのルール知ってる? 空き缶を飛ばしすぎて家に当たったり人に当ててもダメ。下着を見せちゃダメ。足を見せすぎてもダメ。会長も蹴っちゃダメなんだよ!」
「どうしてそんなに禁止が多いの?」
「誰が会長を蹴ったの?」
「知らない。前はそうでもなかったみたいだけど、あたしが参加してから急に禁止事項が増えたらしいよ。とにかく反則は即退場だからね!」
「いいもん。スカート押さえて蹴るし」
本当はスカートがまずダメなんだけどね。
ルペちゃんはちょこちょことペンギンみたいに助走して、膝を振り上げ、思っていた以上にいい音を響かせて見事に空き缶を蹴り上げた。
くるくると回りながら飛んでいく空き缶は、あたしたちの「おー」という歓声を乗せ、弧を描いて落ちていった先で――見事なオチも聞かせてくれた。
「おーれーは紅のエンドレスレイーン。チート主人公~♪ 痛え!?」
なぜか脈絡なく現れた千葉の赤頭にカーンと当たって、あたしたちは爆笑する。
かんかんに怒る千葉に「あんたが優勝!」っつってみんなでスモーブの店に行き、「なんでなんだよ!」とうるさい千葉に全部おごらせ、美味しい物をたらふく食べた。
今日はたくさん遊んだね。
またみんなで遊ぼうね。