外の空気を二人で分けた
日が傾いた街を兵士さんと歩いている。
ふわふわした髪を揺らす隣の彼はビスクさんの部下の一人で、前に店で会ったあたしのことを気に入ってくれたらしく、店外デートに誘ってくれた。
なのでとうとう逮捕されたとかそういう話ではなく、いわゆる「同伴」という、ちゃんとしたサービス中だ。
お店にお金も払われ、嬢にも配分がある。そして同伴中に奢ってもらったりプレゼントされたものはもちろん嬢のもの。
まぁまぁおいしいときもあるけど、貴重なプライベートを潰されるのはだりぃなっていう、そんなお仕事の最中だった。
「――で、馬のせいだって先輩がうるさいから馬を代えて走ったんだ。それでもやっぱり俺が一番だった」
「えーすごーい! さすが馬!」
「いや、俺の乗馬が上手いって話っ」
「それはあたしもよく知ってるし。へへっ」
思わせぶりに体をくっつけたら、ふわふわ頭も顔を赤くして笑う。
一度は二階に上がった相手なので、何が得意で自慢なのかはよくわかってた。
そうなっちゃえば営業トークはバッチリ決まる。
ポキャマズのように計算づくで、レラマップみたいに臨機応変に、そしてグネースの決定力でバチクソに盛り上げる。
体にも磨きはかけてるけど、どっちかと言えばトークとキャラで勝負しているあたしは、この店外デートこそがチャンスといえなくもない。
でも普段はあまり気持ちの乗らない仕事だ。
デートって、好きな人とするから楽しいんだよねっていう。
プロの娼婦のつもりでいるけど、お店の外に出ちゃうと、いまだになりきれないとこあるよね。
「あー。楽しいな、やっぱ。ずっと男だらけの兵舎は息詰まるんだよな。新しい百隊長もなんか怖えーし」
森林区画の近くを流れる川のそばで、ふわふわ頭は伸びをする。
長いまつげに高い鼻。顔に嫌なとこがない。子犬系のくせに引き締まった体してるのも知っていた。
余裕でデートくらいできそうなのに、兵士さんも出会いがないっていうしね。
「兵舎の中にも酒場がいればいいのに。思わない?」
「えー、なんか怖い」
「大丈夫。みんな優しいし女の子は守るよ」
「優しいけどー。でもビスクさんのところはみんな面白いし、男だらけでも楽しそう」
「楽しいよ。いい人多いし。でも俺、やっぱ兵士は向いてない気がして。団体行動ってじつは苦手でさ」
外の空気ってやばいよね。
自分の居場所をすぐ忘れさせようとする。
吸いすぎ注意だ。
「金貯めて牧場やりたいんだ。馬が好きだから。どこまでも走って、馬と夕陽を眺めて1日が終わるって感じの人生やりたい。ハルちゃんって馬に乗ったことないだろ?」
もちろんあるわけがない。
馬のマークが付いた車なら乗りたい。
「女も乗れればいいんだけどな。絶対に気持ちいいんだって」
そう言ってあたしの肩に腕を回してくる。
兵士のくせに、異世界男子のくせに、甘い匂いまでさせている。
「俺が自分の馬を買ったらおいでよ。ナイショで乗せてあげる」
この人のことは好きだ。
ちゃんと優しいし、ちゃんと口説こうとしてくれる。
でもそれは若い兵士さんでは珍しくなくて、世間知らずなだけなんだって嬢の先輩たちが言っていた。
だから本気の恋愛しても、新米兵士が娼婦のカモにされてると思って、向こうの怖い上司さんが出てきちゃう。そういうもんなんだってさ。
「怒られるからやめたほうがいいよ~。お金を貯めなきゃなんでしょ?」
「俺はそれよりハルちゃんと仲良くなりたいの」
「マジ? うれしー。でも、あたしのせいであなたが謹慎になるのやだ~。もっとお店で会いたいなっ」
体をぶつけて見上げる。
ふわふわ頭は、唇を片っぽ持ち上げて肩をすくめる。
「ハルちゃんってすぐ営業にするよな。俺ってそんなに軽い男に見える?」
見える。
でも、そこが居心地のいいときもあるよ。
仕事じゃなくても、本気じゃなくても許してくれそうな甘いとこが好き。
「あたしのほうこそ、そんな真面目な娼婦に見える?」
彼は優しい顔で笑い、あたりに人影がないのを確かめるように、キョロキョロと目を動かした。
その仕草がまるで同級生の男の子みたいで、くすぐられる。
「俺、ハルちゃんの娼婦っぽくないとこ好き」
放課後の匂いがした。ソワソワするあの空気。
元の世界に帰るのまだ諦めてないけど、JKはいつか卒業しなきゃならないものだと、それは前からわかっていたから、こんなところで終わっちゃうのが惜しい気持ちはずっとある。
今日のデートは楽しかった。
「……そのうち馬にも乗っちゃったりしてね」
あごを軽く持ち上げられて、長いまつげが近づいてくる。
右手で触れたその髪が、まだ柔らかかったときの話。