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ハルちゃんは仕事をサボって缶けりの選手になった


「あれって男の子がやるものだと思ってた」


 ベンチの隣で、サラダを摘まむシクラソさんに、同意する。


「男の子の遊びだよね。缶けり」


 いつもの夜想の青猫亭前。2人でお昼を食べていた。

 ここにはいないハルちゃんが、男の子に混じって走り回る姿を想像しながら。

 それほど違和感はなさそうな気もする。


「ああいう遊びが珍しいのかな。ハルちゃんってどこ生まれ?」

「わかんない。聞いてもトーキョーとかヘーセーとかジェーケーとか変なこと言うの」

「缶とか見たことなかったのかもね」

「こっちじゃ常識なのにね」


 ハルちゃんは、最近あまり仕事熱心じゃない。

 缶けりをして大会まで出ているらしい。娼婦なのに。

 おかげで昨夜も相手にされず行き場を失っていたスモーブさんの差し入れのチキンを、ありがとうって思いながらかじる。


「まあ、やりたいことがあるってのはいいことだよね」


 風に吹かれたシクラソさんの髪飾りが音を立てた。

 確かに趣味が多いのはいいことだ。行動的なのも羨ましい。

 わたしの毎日って代わり映えしないなとしみじみ思う。

 売上1位のあの子のお世話をなんとなく任されちゃってるのもあって、ずうっとお店にいることも多い。

 ハルちゃんは缶けりが楽しいのかもしれないけど、お昼くらいこっちで食べればいいのに。なんて思ってしまうんだ。

 話したいこともいろいろあるのに。


「それより、こないだビスクさんが言ってたんだけどー」


 ハルちゃんがいないと、シクラソさんは男の話ばっかする。

 とか。


「ルペちゃんのこといいっていう部下さんがいて、同伴に誘いたいんだって」

「あー……あの人かな。髪の短い筋肉の」


 声が大きくて後輩には威張ってる感じの。

 ああいう人って意外とわたしのお客さんになる。規律とか好きな人。上下関係のどっちも好きで、誰とでもそういう関係になりたがる。

 女の子相手だと特にそのへんハッキリさせたがるんだ。

 まあ、よくいるお客さん。

 上でも下でも、わたしはどちらでも。


「同伴してもいいけど、夕方からがいいなあ」

「わかる。いきなりお昼ご飯とか嫌だよね。1日中同伴させたがる人ってなんなんだろうね」

「わたし、昼間は病気のお父さんのお世話してるんだぁ。いないけど」

「私は歌の練習。してないけど」

「したほうがいいよね、それは」


 少し前までなら、シクラソさんともこんなにしゃべらなかった。

 ただの娼婦仲間って感じで、もちろん冗談を言って笑ったりとかはしてたけど、そういうのも営業会話を上手く回していくためというか、仕事の一部だった。


「絶対みんなに言わないほうがいいよ。練習してると思ってるからシクラソさんだけお店の掃除とか免除されてるのに」

「え、初めて知った」

「逆にどうして今まで疑問に思わなかったの……?」


 今は頭をからっぽにする時間だ。

 たわいのないこと。遠慮のないこと。仕事やお客さんの愚痴。

 どんどん口に出してって、いよいよしゃべることがなくなったら一緒にため息なんかついちゃって。

 何のためのおしゃべりかというと、すっきりしたいとか、この人を笑わせたいとか、とにかく気持ちよくなるためだ。

 そういう会話をシクラソさんとしているのが不思議で面白かったりする。

 なるほど。わたしの趣味はこれか。


「練習はしてないけど、唄いたい歌がいっぱいあるから唄ってるよ」


 シクラソさんの考え方にもちょっと影響されちゃってる。

 自分のためにしゃべりたいこと、じつはいっぱいあったんだよね。


「……子守歌とかも、いつか唄いたいし」


 すかさず人さし指を2本つきつけ「や~らし~!」とからかう。

 シクラソさんは焦って真っ赤になった。こういう表情も昔は見せてくれてなかったと思う。


「やらしくない! いいでしょ、そのくらい思っても!」


 強い風が吹いて、からんからんと空き缶が転がってくる。

 その絶妙な登場の仕方が、ハルちゃんのツッコミを連想させて2人で笑った。


「誰も見てないよね?」


 シクラソさんがあたりを見回して立ち上がる。

 空き缶に向かってそろそろと近づくと、長い足を伸ばして思いっきり――空振りをする。


「ウソでしょ? 冗談だよね、シクラソさん?」

「いや、難しいってこれ! やってみてルペちゃん。ハルちゃんやっぱりすごいかも!」


 ウソだあ。

 わたしもベンチを立って、狙いをすまし、助走をつけて――足を振り上げる。


 意外と音が大きくてびっくりした。

 つま先がびりびりした。


 飛んでいく空き缶に、いろんなものが重なった。

 ハルちゃんやシクラソさん、チバくんやスモーブさん。

 1位のあの子のこともなぜか。

 そうして空き缶は風の中をくるくる回り、けっこうな距離を飛んで、石畳に硬い音を響かせ転がってった。


「おおー」


 シクラソさんは呑気に拍手なんてしているけど、いい年した娼婦が缶けりなんてして騒がしくしてたら、男の人に怒られる。

 指でバッテンを作って口をふさぐ。シクラソさんもハッとして同じ格好する。

 こそこそと空き缶を回収して、店のゴミ箱に証拠隠滅し、ほっと一息。

 何してんだと、おかしくなってシクラソさんと笑った。


「3人でチーム作ろっか?」

「蹴れないくせに~!」


 今度、ハルちゃんにもこっそり見せてあげよう。

 わたしのファーストキック。



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