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夜想の青猫亭殺人事件

 


 トラックにはねられて異世界に来てるんだけどって、友だちに話したらめっちゃウケるはずだけど、異世界だからスマホも通じない。

 最初はあたしもウソだよねって感じだった。でも、そこからさらにウソみたいな紆余&曲折いろいろあって、今はもう仕方なしとして普通に生活してる。

 人間、生きていればどんなことにも馴染んでしまうあたりが結構やばいというか、たくましいぜ命って思う。もちろん、平気だっていう意味ではないんだけど。

 娼婦なんて仕事にも慣れてしまった。それどころかもうプロじゃんって自覚までできてきた。神様がいて魔物がいて勇者もいるっていう世界観も、それなりに理解している。

 でも、どこか現実離れした夢の中を歩いているような感覚も、頭のどこかにずっとあって。

 たぶん、あたしたちに備わっているチートとかいう命綱が太すぎるせいかなと思う。これが一番、現実感を奪ってる。ゲーム感覚が強すぎる。

 かなり過酷な毎日も、便利な力でどうにかしちゃいがち。卑怯なやつだからなるべく使わないようにと思ってるけど、実際これにかなり救われている。

 だからいつまでもこっちの人になりきれない。学園祭を待ってたあの日のまま、いまだに高校生のノリで非日常を楽しんでいる自分を、みんなには悪いなと思いつつ感じちゃう。

 これは、そんなある日に起きた事件だ。


「青猫亭で下着がなくなった? しかも干していたのが全部?」


 声が大きいですってキヨリが赤くなる。ルペちゃんは周りを気にして肩をすぼめる。

 スモーブ食堂での朝食会。突然の事件の予感についつい興奮しちゃった。周りのおじさんたちが舌打ちをする。

 あたしたちの提案で作られたテラス席の存在も、他のお客さんたちも利用する程度には認知されてきたけど、やはりまだまだおっさん率が百パーセントに近く、女性客はそう増えていないんだ。スモーブ食堂カフェ化計画の道のりは遠い。

 まあ、その問題はそのうちどうにかするとして。

「じつはね、前から一枚二枚なくなることがたまにあって。誰かにイタズラされてるんだろうなと思って、あまり気にしないようにって言ってたの。わたしたち、嫌がらせとか、からかいとはよくあるし」

「……そうなんですか」

 キヨリは驚いた顔しているけど、ルペちゃんの言うとおり今に始まったことじゃない。娼婦は何かとナメられがちだ。男にも女にも。

 もちろん、くやしいし腹が立つ。でもそれは、ここの世界だけの話じゃないんだ。キヨリも顔を伏せる。誰にだって心当たりはある。こっちもいちいち気にしていたらきりがない。

 だけど、それにしたって。

「やりすぎだよ。そんなのもう泥棒じゃん。官兵さんに訴えよう」

「無駄だよ。なくなったのは娼婦の下着だもん。相手にしてくれるわけないし」

 官兵ってのは前の世界でいう警察&自衛隊みたいなもんだ。庶民のパンツを守る義務があるはず。

 でも、娼婦の地位は場合によってはパンツよりも低かったりするんだ。いや、パンツよりもは言いすぎか。あたしも娼婦じゃん。

「だけどそのままじゃ、盗まれた人が困りますよね」

 キヨリは、「教会を通して官兵さんに訴えてみますか?」と言ってくれた。でもそれをすると教会の人たちやキヨリにも面倒をかけるかもなので、あたしたちはありがたく遠慮した。

「自分たちで犯人を捕まえるしかないよ」

「え、そこまでしなくてもよくない? 危険なことはしちゃダメだよ」

「泣き寝入りはもっとよくないっ。大事なものを盗られたなら我慢なんかしちゃダメ。女だって、娼婦だって、許せないことには許せないって言わないと」

「そのとおりだと思います!」

 今度はキヨリが興奮気味に食いついてきた。そして、周りのおっさんに「うるさい」と言われて小さくなる。

「し、静かにしようよ、二人とも。下着はまた買えばいいし、なんならわたしがみんなの分も―――」

「ルペちゃん、そういうのはいいから。あたしに任せて。危険なことをしなくても捕まえる方法はある。こういうの、犯人は必ず現場に戻ってくるもんだって相棒の右京さんが言ってたし」

「誰それ……?」

「官兵が動いてないとわかったら、味をしめた犯人はまた青猫亭の干し場を狙ってくる。そこに罠を仕掛けておくの。とりあえず、う~ん、古くさい手だけど、落とし穴でも掘ってみるかな」


 犯人はさっそく捕まった。

 スキル『掘削』を持つあたしが職人根性を全開にして掘った落とし穴に、大量の下着を背負った千葉が埋まっていたのだ。

「おまえか、歩く性的好奇心っ」

 がっかりだ。こんなオチ、じつは多少はあるんじゃないかと予想はしていたけど、本当にそのとおりになっちゃうとはがっかりした。

 昔はどうしようもなかった千葉も、最近少しは女のことも覚えて、あとルペちゃんに調教されて、ちょっとはいい感じに変わりつつあるんじゃないのかなって期待してたのに。

 周りの期待は全て裏切る、その性根は全然変わってないな!

「ちょ、ちょっと待て。俺の話も聞いてくれって」

「うっさい。いくら知り合いでも罪は罪っ。こじれた性癖もかわいそうっちゃかわいそうだけど、犯罪行為を正当化することなんてできないの!」

 そうだよね、右京?

「だから違くって、俺がこれを持ってるのは―――」

 千葉はなにやら弁解めいたことを言おうとしていたが、集まって落とし穴を覗き込む娼婦たちの軽蔑の視線をぐるりと見渡すと、諦めたように肩を落とす。

「……性的好奇心が……抑えられなくて」

「はい、自白いただきました。誰か官兵さん呼んできてっ。異世界らしく残酷で容赦ない死刑でお願いしよ。オーク葬とか!」

「ハルちゃん、ちょっと落ち着いて。チバくんにも何か事情があるんだよ。話を聞いてあげようよ」

「ルペちゃん、甘いっ。そうやって甘やかせば甘やかすほど性癖ってのは増長するんだよ。性癖は心に巣くう化け物なんだよっ。手がつけられなくなったから、コイツは今こうしてパンツと一緒に土に埋まってるの。人間こうなったらお終いだよっ」

「たしかにチバくんは、わたしの脱いだ下着も広げて見ようとしているときあったけど、でも、ダメだよって言ったらやめてくれたよ。話せばわかる性癖だよ」

「それ、あたしのパンツにもしたことある。コイツ本当パンツ大好きマンだよね。階段上がるときとか絶対に覗いてるし」

「短い服を着てたら、だいたい太もものあたり見てるよね。期待してるのがひしひしわかるよね。後ろから覗こうとしているのも、バレてるの気づかないでずっと見てるし」

「え、ちょっと待って。今もこのアングル、ラッキースケベチャンスじゃない? コイツ、ずっと土の中にいたいとか考えてない?」

「もうやめろっ! みんなのいる前で話し合いも暴露大会も拒否するっ。事情は後で説明するから、さっさとここから出せ!」

「何を偉そうにコイツは……あたしは話し合うつもりなんてさらっさらないんだけどなぁ!」

「ハルちゃん。とりあえずは、ね? 聞いてあげてからにしよ。お願い」

 もう本当にルペちゃんはママかよ。

 彼女にここまで言われたら、あたしも逆らえない。ただしコイツが逃げないように捕縛はさせてもらうけど。

 スキル『緊縛』を解除する。首絞めのおっさんの双子の弟が持っていたやつだ。

 あいつらみたいに性癖がスキルにまで昇華されてしまう前に、千葉は更正させないと。

「ここまでする必要あるのかよ!」

 亀の甲羅模様に上半身を縛り上げ納屋に転がす。樽で買ったお酒や古い備品なんかをしまってある湿った場所。千葉は足をバタバタさせて文句言ってたけど、カギをかけて閉じ込める。とりあえずここで頭を冷やせ。

 盗まれた下着は千葉が何をしたかわからないし、あたしとルペちゃんで洗濯してから返すとみんなに言って、スモーブのとこへ行くことにした。

 騒がせたお詫びに、嬢のみんなにケーキでも買ってこようと思って。もちろん、代金はあとで千葉に払わせるけど。

 部屋でお金をかき集めていたら、「一人じゃ大変でしょ」ってルペちゃんもついてきてくれた。

 本当にもう、ママかよ。ついつい、ルペちゃんにはあたしまで甘えちゃうんだ。ケーキを二人で分けて持つ帰り道、いつものように愚痴を聞かせてしまう。

「今回はマジでムカついてるよ。なんであたしがこんなことまでしなきゃならないの。身内の恥って感じ。死刑は半分本気だから」

 ルペちゃんは、なんでか知らないけどニコニコしている。基本彼女は、いつもあたしの話を笑顔で聞いてくれる。

「でも優しいよね、ハルちゃんは」

「はあ? あたしのどこが?」

「身内の恥、なんだよね」

「え、や、そこに深い意味ないから。たまたま同郷だからそう言っただけで、もともと話もしたことないし。友だちでもなかったから」

 それは本当だ。今でも別に仲の良い友だちだとは思っていない。

 クラスが一緒だったってだけで、向こうもあたしのこと教室のペーストとか意味わかんないこと言ってるし。お互いの友だちもかぶってなかった。ラインのグループもなかった。はず。

 そもそも、あたしの友だちは千葉たちのこと『キモオタ』ってバカにしてたし、たまに笑ってたし。

 いや、あたしが一番バカにしてたかもしれない。その話の笑いどころがわからなかったから、合わせるの面倒だなって思いながら笑ってた。千葉がどういう人間かも知らなかった。興味がなかった。

 でも一緒にこっちの世界に来て、しゃべったり寝たりしてわかったのは、とにかくコミュニケーションが意味不明で、距離感がめちゃくちゃだなってこと。

 オドオドしてたと思ったら急に馴れ馴れしいし、いきなり体に触ってくるのも不気味。頭はいいのか知らないけど、細かいことに妙に詳しくてこだわるわりに、他人の意見はいっさい受けつけない。

 そのくせ傷つきやすくてすぐ怒る。こっちが怒ったらソッコーでへこむのも面倒くさい。自分の期待と違うことを相手が言うのが許せないんだ。そういうとこが、たまに本気で気持ち悪いし、腹が立つ。

 あんなのが身内なわけない。ただの恥じゃん。

 でも、前にルペちゃんにやんわりと「千葉に冷たすぎ」みたいなことを言われたので、まあ、一応は気にしてるだけ。むしろ冷たすぎるくらいじゃないと、あいつにこっちの感情が伝わらないと思うんだけどね。

「面白いよね。ハルちゃんが一番チバくんのことわかってるのに、興味ないとか言ったりするし」

「いや詳しくない。知りたくないこともなんとなくわかってしまうの。同郷だっていうだけでっ」

 あいつは「オタク」で「陰キャ」で「キモい」んだと、言ってしまえばそれだけだ。その三つでだいたい説明できる。

 でも、こっちの世界はスマホもないし、新聞っぽいものはあっても淡々と出来事だけしか書いてないし、噂とか口コミでしか話題を共有しない。顔を知っている相手としかしゃべらないんだ。

 だからなのかわからないけど、たとえば人のことを「気持ち悪い」とか言わないし、「オタク」みたいな言葉もない。そういうカテゴリがそもそもない。かろうじて「童貞っぽい」で「あー、わかる」となるくらい。娼婦ならでは。

 共通カテゴリが少ないから、『○○っぽい』で簡単に相手を分類しない。偏見とか先入観とかもないわけじゃないけど、そっちの意識は薄い感じ。話してみないとわからないよねってみんな思ってる。

 この街が魔王との最前線で、人の入れ替わりが多いからってだけかもしれない。あと、男尊と女卑はこっちのほうが絶対ひどいことしてる思うけど。

「二人でチバくんと話そうよ。ハルちゃんが叱りすぎてると思ったら、わたしが止めるし。その代わり、わたしが甘すぎたらハルちゃんが止めて。でも大声で怒るのはナシね。こっちがしっかりしてたら、チバくんもちゃんと理由を話せると思うから」

「……うん」

 でもコミュニケーションに関しては、こっちの人のが大人っていうか、あたしも千葉のこと言えないんだって焦るときある。

 そこだけは自信あったんだけど、そもそもの器の大きさが違う感じ。吐き出すよりも飲む込む量で決まる世界なんだ。あたしは吐き出すことで勝負してきたとこあるから。

 スマホぐらいあればいいのに。千葉もひょっとして、あたしと同じこと思ってるかもね。ストレスで犯行に走ってしまったかもね。

 もしもここが教室だったら、ルペちゃんのおかげで千葉と同じライングループぐらいはあって、そうしたらあいつとも程よい距離で付き合いもできてたよ。そのくらいがちょうどよかったんだよね。

 あたしたちは、寝たら友だちにはなれない二人だった。最初に誘ったりしたのが失敗だった。

 なんて、少しだけ懐かしさと後悔を思い出しつつ、ルペちゃんといい雰囲気で詫びケーキを買って帰ってくる。

 そうしたら、ビックリした。


 千葉が死んでた。

 

「えええええええええっ!?」

 あたしはひっくり返ったし、ルペちゃんも腰を抜かした。

 もともとそんなに片付いてはいない納屋だったけど、千葉が転がっているのはその中央。ごちゃっとした箱やら何やらが奥に積んである手前。

 全身ぐるぐる巻きになった千葉は、あたしが緊縛してやった状態そのままで、こっちに足を向け、うつぶせで倒れていた。隙間から入ってくる外の光で、はっきりと千葉の口から吐き出された血と彼の白い顔が見えた。

「ち、チバくん!」

「待ってルペちゃん、近づかないで」

 千葉に駆け寄ろうとしていたルペちゃんの肩をつかむ。

 科学捜査の基本、現場保存の法則。そうだよね、右京。六角。

 床に落ちてるものを踏まないように慎重に近づき、首筋に手を触れた。脈なし。背中に耳を当てる。鼓動……聞こえない。

 咳払いをして、できるだけ冷静に、ルペちゃんを刺激しないように伝える。

「ご臨終です」

「ウソおおおおっ!」

 崩れ落ちる彼女を抱きしめた。小さな背中の震えが、これがどうしようもない現実だってことをあたしに知らしめる。

 いつも異世界のちょっとした非日常的な事件を、心のどこかで楽しもうとしていた自分に気づく。ぶっちゃけ、今日もいつもの千葉イジリかよって、そのくらいのイベントレベルで緊縛も監禁もした。でもまさか死ぬとか。血を吐いてとか。

 コイツの父さん母さんになんて説明していいのかわからない。

 問題は、どうして死んだのかだ。

「ろくな死に方はしない男だと思ってたけど……まさかここまでろくな死に方をしないとは思わなかったね」

 異世界で自分の限界を知り、絶望のうちに下着泥棒をして捕まって死ぬなんて。あいつがいつも言ってた『異世界転生系』って、みんなこんな悲しい結末なのかしら。一度読んでみたい。

「でも、これは殺人事件だよ。千葉は誰かに殺されたんだ」

 間違いなく自殺じゃない。あたしなら恥ずかしくて死にたい状況だけど、千葉にとっては日常だし。絶対に自分から死ぬようなタイプじゃなかったし。

 千葉を殺した人物が必ずいる。

「うん……まずチバくんを動けないようにきつく縛り上げたのはハルちゃんだし」

「そう」

「この納屋に閉じ込めたのもハルちゃん」

「うん」

「カギを持ってるのもハルちゃんだよね?」

「ちょっと待って。あたしじゃないから。だってアリバイあるもんっ。ずっとルペちゃんと一緒だったもん!」

「死ねばいい的なことも何度か言ってた……」

「言ったけどっ。そりゃもう何回も言ってたけどっ。本当に違うから一度冷静になろっ。ね、冷静に!」

 犯人はあたし?

 いやいや、それはないから。あたしという語り手は信用できるから。マジで。

「まずは情報の整理をしようよ。そしてクールに推理しよう。必ず犯人はあたしたちの手で捕まえる」

「う、うん。でもそういうのは、官兵さんに任せたほうが……」

「それはダメだよ。だってどういう捜査をするかわかるでしょ。ここは娼館で、ガイシャは下着泥棒だよ。あたしたちの誰かを犯人に仕立て上げてさっさと終わらせるに決まってる。まともに調べてなんてくれないよ、絶対。犯人はこっちで見つけないとかえって危険」

 千葉の無念もあたしの容疑も晴らしてみせる。

 これは、夜想の青猫亭殺人事件なんだから!


 犯行場所は、娼館の納屋。

 店の裏にある干し場の横にあって、通りからは見えない。店の横を回るか、厨房横の裏口からじゃないと行けない場所にある。

 発見時には扉にカギはかかっていた。合いカギはない。納屋は壁も扉も木製。カギを壊された形跡はなく、壁は木窓もない密室。

 カギを持っていたのはあたしだけ。でもしつこく言わせてもらうと、あたしが買い物に出かけていた間に……千葉は血を吐いて死んでいた。外傷はなかったことから毒殺の線が濃厚だ。

 犯行時間は、あたしとルペちゃんがスモーブの店に行って、詫びケーキを買って帰ってくるまでの間だ。一時間もなかったと思うけど、三十分以上はかかっていたから、時間的には誰でも犯行は可能。

 ただ、下着泥棒の千葉がここにいることを知っていたのは、店の嬢たちだけだ。

 そこだけは考えたくないけど、疑わしいのは彼女たちしかいない。なにしろ下着を盗まれたんだもん。それって立派な殺人動機だよね、コナンくん。

 千葉―――あんた、なんでこんなことしちゃったの。

「とりあえず、店にいる嬢たちに聞き込みをしよう。ただし、まだ千葉が殺されたことは言っちゃダメ。騒ぎになる前に話を聞いておきたいから」

「う、うん……」

 あたしとルペちゃんは、ケーキを振る舞いながら変わったことはなかったか全員に聞いた。

 嬢たちのプライバシー保護のため、名前を伏せて証言を並べると。



嬢A「二階の廊下掃除をしてました。気がついたこと? 特にないです」

嬢B「私は今日の当番じゃないから部屋にいた」

嬢C「ケーキ? いらない。変わったこと? あんたがまたバカ騒ぎしてた」

嬢D「嬢Aの掃除がいいかげんだから、私がそのあとやってた」

嬢E「一階の掃除をしてたら、嬢Cが廊下をうろうろしてました」

嬢F「厨房で今日の下ごしらえしてた。嬢Bが水を飲みにきてたと思う」

嬢G~L「楽隊の練習をしていた。誰も一度も席を外していない」

嬢M「部屋にいたけど、嬢AとDが少し揉めてた」



 全っ然、わかんな~い。

 とりあえずここからわかる事実って、あたしが嬢Cにめっちゃ嫌われてることくらい。なんでなのよ。

 じゃあもう楽隊の子たちは全員容疑者から外しちゃうかな。そしたら半分減るし。嬢AとDも外してよさげかも。あとは―――

「だけど、カギは誰も開けられないよね?」

「そうなんだけど。でも、そこはあたしもちょっと考えてることがあって」

 もう一度現場に行こうとルペちゃんに言う。さっきは慌ててよく観察できてなかったけど、気になることがあった。

 納屋は、お酒と肉の匂いがする。獣くさいような、ひんやりとして不気味な空気だ。なるべく千葉のほうは見ないようにして、ルペちゃんに解説する。

「もしも犯人がこの扉から来て、そして何を飲まされたのなら、千葉はこんな風に背中をこっちに向けて倒れてないと思うんだ」

 まあ、殺されそうになったから奥へ逃げようとしたってことも考えられるけど。でも、千葉だってレベル九〇くらいの冒険者だ。もしも犯人がここの嬢だとしたら、いくら両手を縛られてたとはいえ、背中を向けて逃げる前にすることのひとつやふたつあるだろう。まあ、それを言ったら、そもそも千葉を殺せる嬢がここにあたし以外にいるかって話にもなるけど。

 毒を無理やり飲まされたにしろ、騙されて飲んだにしろ、体の向きにちょっとした違和感があった。千葉は扉の反対側を向いて倒れた。

「それに、ここは隙間が多すぎるよ。照明も窓もないのに外の光で中が見える。おんぼろもいいとこ」

 つまり千葉もその気になれば壁を壊して逃げ出せた。なのに逃げなかった理由は……それは、もう聞けない。バカだったから気づかなっただけかもしれないけど。

 本当に、最後までバカなんだから。

「見て、これ」

「なにこれ……足跡?」

 犯人は千葉の吐いた血を踏んでいた。靴底の一部だけだからわからないけど、小さい足だ。たぶん女の子。その跡は納屋の奥に積んである箱や椅子をいくつか踏んで―――奥の壁の前で止まっていた。

 あたしは、そこの壁を押してみて、緩いと思ったところを上にずらしてみる。

「えっ!?」

 思ったとおり壁の一部が外れた。女の子ならくぐれるくらいの穴ができた。試しにあたしが通ってみると、簡単に外に出られる。

「ルペちゃんもおいでよ」

「う、うん。ちょっと怖いかも……」

 高い位置にあるから少し危ないけど、その出口からはルペちゃんでも出られた。太陽と虫の声。外の空気は明るい。

 納屋に入るのに、カギなんて最初から必要なかったんだ。

 ただ、ルペちゃんですら知らない秘密の出入り口ってことは、犯人は結構ベテランの子かも。

 あたしは娼館を睨みつけて見上げる。やっぱり千葉を殺したやつはこの中にいるんだ。

 気持ちはすごいシェアできるけど、それはやっちゃいけないことだよ。

「ルペちゃん。次は千葉の死体を調べよう。殺害状況を詳しく知りたい」

「え、う、うぅ……」

 正直あたしも見たくはない。でもこのままじゃ千葉の無念は晴らせない。犯人は絶対に捕まえてやる。

「行こう。大丈夫、犯人は必ずあたしが見つけてみせるから」

 再び納屋を回って、震えるルペちゃんの手を握って入る。

 そして再び、死ぬほどビックリすることになった。


 千葉の死体が消えていた。


「えええええええっ!?」

 あたしとルペちゃんはまたもやひっくり返った。

 やだもう、なんなのこれ。千葉、早くも怪奇現象になったの。マジで迷惑っ。死後くらい落ち着いたらどうなの、多動性がやばすぎない!

「誰かが……死体を盗んだ、とか?」

 でも、あたしたちが納屋の秘密の出口に気づいて、いったん外に出てから入り口に戻るまで一分もないくらい。それで死んだ人を担いで逃げられる?

 ただ呆然と、誰もいない納屋で腰を抜かす。やがてルペちゃんが、ポンと手を叩いた。

「もしかして、チバくんは死んでなかったってことじゃないかなっ」

「そっか!」

 ルペちゃんが嬉しそうに言うから、うっかりあたしもホッとしてしまうとこだった。だけど、それもどうなの。じゃあ、あの血は何だったの。心臓だって止まっていた。

 喜ぶのはまだ早い。普通にゾンビになっただけって説もありうる。

 ここは異世界、娼婦の館。何が起こるかわからないよね!

「とりあえず千葉もしくは千葉だったものを探さないと。そんなに遠くには行ってないはず」

 足跡らしきものはなかった。通りに出ても、それらしい人影は見えない。亀さん模様に体を縛られたゾンビが歩いていたら騒ぎにもなるはず。そんな様子もない。

 だったら、千葉は青猫亭の中に?

 あたしたちは、もう一度娼館の中を捜索した。

 さっき見たときと特に変わったことはない。掃除や準備で少し動いている物はあった。ゴミ箱はきれいになっていた。楽隊のみんなも店内に揃っている。厨房ではお客さんに振る舞うお料理の下ごしらえが進んでいて、さっきみんなに配ったケーキの皿も人数分残っていた。

 それ以外に新しく増えていた物も人もいなかった。いなくなっている人もいない。千葉の姿も、ない。

 同じように、みんなに話を聞いて回った。



嬢A「通りまでゴミ出しに行ってました。下着泥棒は見ませんでしたよ」

嬢B「何も見てないけど……嬢Cがバタバタしてた」

嬢C「うっさいな。何してようとあんたに関係ないでしょ」

嬢D「あれからずっと掃除してた。嬢A、本当にとろくてイヤになる」

嬢E「嬢Fと店内の準備してました。楽隊はずっと練習してました」

嬢F「店内の準備。楽隊はいたけど変な人はきてないよ」

嬢G~L「(省略)」

嬢M「嬢A、店の前のベンチでサボってたよ」



 嬢C、なんなの。

 そんな言い方なくない? こっちなんて人が死んでるのよ?

 全然ダメ。コイツのイヤな感じが強くて他の情報入ってこない。何がそんなに気に入らないっていうのよ。

 ていうかもう、全然わかんないし!

 店のテーブルであたしは頭を抱える。自分のバカさがイヤになって、ぽかぽか叩く。

 千葉が殺され、千葉もしくは千葉だったものまでいなくなったっていうのに、何にもしてやれない。友だちらしいこと、最後までしてやれなかった。アイツだって無念はあるはずなのに。

 なんだよ。

 チートなんて、ちっとも役に立たないじゃん。あたしが欲しいものはいつもここにないんだ。

 たとえばスキル『探偵』でもあれば。スキル『相棒』とかスキル『体は子ども頭脳は大人』とかあれば、犯人をボコにしてやれるのに。

 大体なんなの。『掘削』とか『緊縛』とかって。そんなの全然欲しくなかった。仕事だから相手を選べなかったし。

 初めて自分から寝たいと思った人も、何もくれなかったし。

 あたしの体から、妖しいオーラが薫り立つのがわかった。

 こうなったら、寝るしかないよね。ちょっと反則っぽいけど、ここから先は手当たり次第だ。

 使えるスキルに当たるまでやるしかない。ウェルカムトゥアンダーグラウンドインアナザーワールド。元東京JK小山ハル十八才。今から異世界男子を食いまくりまーす!

「ハルちゃんっ、ちょっとこっちきて」

「ん?」

 やけになりかけたところで、ルペちゃんが厨房から手招きする。

 何かと思ったら、嬢たちに配ったケーキの空き皿だ。ていうかそれ、さっきも見たし枚数まで数えたけど。

「これがどうかしたの?」

「えと、あんまり関係ないかもしれないけど、ケーキは一つ余ってたはずだよね」

「そうだっけ?」

 あたしは人数分買ってきたつもり。

 全員に一つずつだねって言って、ルペちゃんも一緒に配ったはずだけど。

「……あのね、もしかしてなんだけど」

 ルペちゃんは、なぜかちょっと言いづらそうに、スカートの端を掴んでもじもじする。

「チバくんのいる場所、わかったかもしれない」


 犯人は再び現場に戻ってくる。

 一応探偵役だったはずのあたしも、何度ものこのこと戻ってきたこの現場に、もう一度ルペちゃんに連れられて戻ってきた。

 夜想の青猫亭の納屋。

 そこに本日の犯人かつ被害者かつ生ける屍の人が、床にちょこんと腰かけ、手にべっとりついたケーキを舐めとっているとこだった。

「あ、やべ」

 あたしらに見つかって、慌ててケーキを後ろに隠す。

 オンボロ納屋の隙間から差し込む夕日を、カープファンの誇りである赤頭が反射していた。貧相な顔立ちはさすが生ける屍だよねって一瞬思わせるけど、そういや前からそうだったよねと、混乱しつつも徐々に頭が整理されていく。

 群馬が息を吹き返した。

 関東の奇跡をあたしは見た。

「この……バカー!」

 首を絞めてやろうと、しがみつく。ムカついてしょうがないから耳元で怒鳴ってやる。

「バカっ、バカぁ! あんたなんて死ねばいいっ。死ねばいいって、思ってた! うぅ~~っ」

 頭にくるし悔しいし、しかもなんか気が抜けちゃったしで、よくわかんない涙がでる。

 コイツ本当にバカ。カープに申し訳ないくらい。こんなのがこっちの世界で唯一の同郷だなんて恥ずかしくてしょうがない。あたしの恥。リアタイ黒歴史。なのに。

「……どしたの、コイツ?」

 などと、とぼけたこと言いやがって。

「安心しちゃったんだよ」

 ルペちゃんまで、なんだか変なこと勘違いしてるし。

 もう、ほんとムカついてきた。

 

 ―――で。


「説明しろや」

 再び亀さん模様に縛り上げた千葉を納屋の外に転がし、尋問を再開する。

 よくよくこれまでのこと考えたら、本当にシャレにならないくらいの怒りになってきた。最初から最後まで、あたしがなんでこんなヤツのためにあれこれ驚かされたり走り回ったりしてんのか、意味がわからない。

 レベバイ(スキル『レベル・バインド』のことね)解除しちゃう?

 もうやっちゃう、コイツ?

「あー……えーと」

 千葉はきょろきょろ視線を泳がせる。

 娼館のほうを見て、あたしを見て、そしてルペちゃんを見て唇を噛む。

「そうっ、俺は、性的好奇心を抑えきれずに君たちの下着を盗んだっ。パンツが大好きだからっ。愛してるからっ。俺は変態なのかもしれない!」

「知ってるっつーの。それからのこと聞いてるの。あの死んだふりはなに? マジで死んだんじゃないの?」

「え、あれはトリップしてただけというか……」

「トリップ?」

 千葉は目をぱちぱちさせると、唇を舐めて答える。

「あ、あー、いや死んだふりはあれだ。魔物の森での厳しい修行で身につけた俺の新しいスキルだ。あそこ、熊とか出るからな」

「え、まーくー出るの? やだ、森最強の生き物じゃん」

 魔物はまだしも熊はやばい。また行くことあったら腰に鈴をつけよう。

「だってハル、官兵を呼ぶとか死刑だとか言ってたから、やばいと思って。先に死んだことにしとこうと思って、そんだけ!」

「はあ……やること姑息すぎない? これだから千葉は!」

 ルペちゃんが、「まあまあ」とあたしをなだめる。

「何事もなかったんだから、よかったってことにしない? 死んだとか殺されたとか、そういう話はもうしなくてもいいんだし」

 甘いなぁ。体が糖分で出来てるのかな、ルペちゃんって。食べちゃいたいな。

 こんなどうしようもないヤツの心配までしてたら、いちいち身が保たないよ。どうしたらそんなに優しい命を持って生まれてこれるの。

 本当、どうやったらこういう人になれるのかな……。

「下着も返ってきたし、チバくんも無事だったし、よかったよね」

 背中を撫でてもらって、少し落ち着いてきた。そうだね。これでよかったんだよね。なんか、腑に落ちないような気もするけど。

「ん、でも待って。まだ謎が解明されてなくない? あの隠し出入り口から出て行ったのはだれ?」

 千葉の血を踏んで残っていたあの足跡。

 まだ登場していない第三者の存在が残っていると思うんだけど。

「え、出入り口? いや、あ、あれは……」

 あからさまに動揺し始める千葉。あたしの探偵としての勘(推理力ではない)が警告音を鳴らす。

 やはり何かあるんだな。この事件には裏がある。どうする、やっぱりレベバイ解除? 暴力による任意の聴取をやる? 

「あっ、あれはっ、ごめん、わたしなの!」

 ルペちゃんが、ぴんと手を伸ばして突然の告白をする。意外な展開に、あたしと千葉が同時に「え?」と返した。

「えっと、あの、じつは前からその出入り口のことは知ってて、ごめんね。時々、そう、お仕事をサボりに来てたの。本当ごめんね。でね、その、チバくんがどうなってるのか気になって、お買い物から帰ってから、いや、ごめん、お買い物に行く前に、ちょっと覗いてみたのね」

 そうしたら、彼が倒れてたから……と、そこまで言ってルペちゃんは黙る。

 店頭デモを唐突に終わらせたヒューマノイドロボットみたいに、行き先を失った会話を両手に抱え、どっちへ持っていこうかという体勢で固まってしまった。

 目だけが器用に動いて千葉を見る。そのバトンをキャッチした千葉は、物理的に動かせない体を固定したまま、同じように目だけであたしを見る。

 え、あたし?

 二人のスルーパスが集まったので、なぜかあたしが考えてみることにした。

「薄暗くて、寝てるだけだと思ってしまった……?」

「そうそれ!」

 ルペちゃんと千葉がハーモニーを響かせる。勢いづいたあたしは、更にその先も推理する。

「でも死んでいたこと後で知って、自分が容疑者になるのが怖くて言い出せなかったとか……?」

「本当それなの、ハルちゃん!」

「天才じゃねーの、ハル!」

 やだ、こんなの全然あてずっぽうなのに。マジで正解なの、ウソみたい!

 いやマジでこんなのが正解なのウソくさいとか、本当の解決編を後日あたし抜きでやるつもりなのではとか少し思ったけど、口を揃えて天才とか名探偵とか囃し立てられ、照れくさくてクネクネしちゃう。

 あたしって、じつは異世界一の探偵だったみたい。今度勝負ね、ホームズ☆

「……黙っててごめんね、ハルちゃん」

 もちろん、怒ってなんかいないよってルペちゃんに言う。

 一時はあたしを犯人にしようとしてたことも根に持ってないよって笑顔で言う。

「つーかさぁ、そもそもハルが騒ぎすぎたんだよな。たかがパンツによ」

 まだ緊縛状態の千葉は、すっかり事件が終わったつもりなのか、アホみたいにヘラヘラしてた。

 あたしのこめかみあたりが、ぷるっと震えた。

「ちゃんと返しに来てやったのに、死刑だなんだと大げさにさ。もう、おかげでみんながバカバカしい思いしちゃっただろ。反省して。あ、あともうほどいて、これ」

 誰のせいでこんな騒ぎになったのよ、とか、てめえの使用済み下着なんて返品になるわけないだろ、とか、普通に言いたい文句も言わせないほどに相手をブチギレさせる切れ切れの千葉トーク。

 おかげで思い出しちゃった。殺人事件とか別にどうでもよかった。

 くっそムカつく下着泥棒をどんだけ懲らしめてやりたいかって話を、あたしはしてたんじゃーん。

 

「レベル・バインド解除」


 戦闘レベル解放。スキル『剣技+一五〇』、『体術+一二〇』、『素早さ+一四〇』、『精度+一〇〇』、『動体視力・神』、『周辺視野・宇宙』、『反射速度・光』オープン。『状態異常無効』、『攻撃魔法無効』、『即死無効』オープン。『炎魔法』、『氷魔法』、『風魔法』、『土魔法』、『雷魔法』、『召喚魔法』オープンして全ての魔法項目に『賢者の智』補正。『デュアル・スペル』オープン。『スキル殺し』オープン。『ダブル・ブレード』、『バスタード・ソード』、『チャージ・スピア』、『アイギス』オープン。『武装概念具現化』と『魂魄完全破壊説法』をスタンバイ。

 スキル『ステータス・リスト』―――オープン。

 千葉とのレベル差を確認。

 鼻で笑う。

「……他に言い残すことがあれば今のうちだぞ、千葉」

「ハルちゃん、落ち着こうね。チバくんも反省してるもんね? ね?」

 あたしたちの間に体を差し込み、ルペちゃんが必死に止める。

 そうだった。彼女の前でこんなあたしを見せるわけにはいかない。落ち着こう。キレちゃダメ。あたしは異世界で平和主義に生きると決めてるの。普通の女の子になるの。暴力なんて大反対。

 

「おいおい、なに。またキレてんのかよ、この時代遅れの暴力系ヒロインは。おまえの暴力なんてチート主人公の俺にとっちゃ可愛いもんだけど、それにしたって限度あるんだぞ? いいからさっさとほどいてくれって。つーか、よくこんな結び方知ってるよな。スケベかよ」


 チート便利で最高とか、非日常を楽しんで悪いなとか、カフェでゆったり思ってたけどそれは間違いだ。

 今日使ったスキルは、結局この三つ。

 『掘削』

 『緊縛』

 『蝋燭』

 JKに何をやらせてるのよ、異世界。


 

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