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因果の果て  作者: 中田英二
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真山先生の狂気

休み時間の後、五時間目が始まり、真山がまたしても五年四組の教室に入ってきた。

「暴力の鬼」は担任なのだから、教室に入ってくるのは当然なのだけれど、それでも幸佳達にとって、「暴力の鬼」の入室は不快感と恐怖感を喚起させるものでしかなかった。

真山は、既に着席している幸佳を一瞥すると、冷然と鼻で笑った。

「ふん・・・」

ただ、それだけだった。

幸佳は、そんな真山の姿を見ても、特に何も感じなかった。この先生はこういう人なのだと、わかっているつもりだったから。

「授業を始めるわよ」

つまらなそうにそう言いながら、真山は教壇に立つと、教科書を開いてチョークを片手に取った。着席しているクラスメイト達も皆、真山と同様につまらなそうな表情で教科書やノートを広げた。

「えーと、八十八ページの問二から、だったかね」

真山は、気だるげに呟いた。

五時間目の授業は、特に問題も無く、平穏無事に進んだ。

しかし、その間、幸佳は授業ではなく、自分自身の思考を巡らせる事に集中していた。

幸佳の頭からは、まだ微かに残飯の匂いが漂っている。

周囲の生徒達は、自分達の机や椅子を、幸佳から少し離していた。その事を、幸佳は全く気にしていない。ただ、推測を立てる事に心血を注いでいた。

柴田幸佳さんは、考える。

どうして、真山はあんな真似をしたのか。

真山が何の前触れもなくキレるのは日常茶飯事だったけれど、それにしても今回の件はあまりにも唐突ではないかという気がした。

幸佳が給食を残したのが許せないから、真山は幸佳に罰を与えた、という理屈は不自然だとも思った。

あの時、給食の残飯を処理するために、自分の前に並んでいたクラスメイト達の顔を、幸佳は思い浮かべた。そう、給食を残していた生徒は、自分の他にも十人ほどいたのである。自分だけが罰せられる、というのは納得がいかなかった。ここで、深呼吸をひとつ。

幸佳は、今日の午前中に起きた出来事を思い出す。白石かえで先生との一件である。

職員室前の廊下で幸佳はかえで先生と会って、その後真山にも会って、学校中で忌避されている真山が、学校中の人気者であるかえで先生に辛辣な嫌味を投げつけたが、彼女は冷静に対応し、そのため真山は更に気分を害し、しかもその一部始終を生徒である幸佳に見られた事。

あの一件が、真山をいつにも増して苛立たせていたのではないか。

もっとはっきり言えば、幸佳が給食を残したから、というのは単なる口実に過ぎず、本当は、真山はただ幸佳を痛めつけたかっただけではないのだろうか。更に考える。

幸佳に対する真山の仕打ちは、彼女なりの「復讐」だったのではないのか。同じ教師である、かえで先生に仕返しする事は流石の真山にも憚られる。ゆえに、自分よりも下の立場にいる、生徒の幸佳を苛立ちをぶつける事で復讐を果たそうとしたのではないか。そんな気がした。

ここまで考えた幸佳はもう一度、黒板の前に立って授業を続けている暴力の鬼の姿を見た。

真山の理不尽な仕打ちに対して、幸佳はそれほど怒りを感じていなかった。ただ、悲しかった。こんな人間が、自分達の担任だなんて。つくづく、自分達五年四組は貧乏くじを引いたものだと思う。幸佳は、いつもの癖で溜息をついた。すると、それが聞こえたわけではないだろうが、真山がいきなり教科書を閉じた。

「えー、では、本日の授業はここまで」

その言葉を待っていたかのように、五時間目の授業終了を知らせるチャイムが鳴った。教室内の空気が弛緩した。

「では、起立、礼」

困難な一日から解放されたクラスメイト達が、一斉に立ち上がって挨拶をした。幸佳も、教科書とノートを閉じ、それに倣った。あとは、終礼を残すのみである。


窓の外を見ると、既に夕陽が美しく輝いていた。

今日は、特に大変な一日だったなあ。そう思った幸佳は、帰り仕度を始めた。これで、家に帰れると思うと、嬉しかった。周囲にいる他のクラスメイト達からも、解放された喜びのオーラが感じられた。教室の中は、安心感で満ちていた、といえる。しかし、その中で只一人、不穏な空気を漂わせている人物がいた。真山である。

この時、彼女は、教壇の前に立って、不機嫌そうに生徒達の姿を眺めていたのだ。しかし、これはいつもの事だったし、幸佳を含めた五年四組の生徒達も、真山のこのような態度には慣れっこになっていたので大して気に留めなかった。何より、「暴力の鬼」のいる学校から出て、家に帰れるという至上の歓喜が、子供達の判断力や注意力を鈍らせていた。はっきり言って、皆、油断していたのである。真山が、口を開いた。



「体操服」



幸佳達は、一瞬、その単語が何を意味するのか理解できず、硬直した。

「・・・?」

その反応が気に食わなかったのか、真山はいきなり叫んだ。


「体操服を!持って帰る日なのよ!今日は!」


幸佳は、心の中で、しまった、と叫んだ。

多分、他のクラスメイト達も彼女と同様に頭の中で叫んだだろう。

真山の言う通り、今日は学校指定の体操服を、家に持って帰って洗濯する日だった。それは、別に校則ではないが、教師達と生徒達との間で決められていた、暗黙のルールだったのである。その事をすっかり忘れていた。幸佳達の体操服は、教室の奥にある棚の中に放置されていた。




「あんた達、何をグズグズしてんのよ!信じられないわ、もう!」

そう怒鳴り散らしながら、真山は教室の奥に走り寄ると、生徒達の体操服が入ったバッグを

数個掴みとり、いきなり四方八方にポンポン投げ始めた。

「ほら!早く!取りなさいよ!持って帰るんでしょうが!」

ヒステリックに怒鳴り散らしながら、子供達の体操服をあちこちに投げつける真山の姿

幸佳達はしばし呆然と見つめていた。もはや、怒りも悲しみも湧かなかった。ただ確信した。

この先生は、狂っているのだと。

真山はマトモじゃない、という幸佳の予感はド真ん中に的中していたらしい。

暴力の鬼は、更に喚き続ける。




「あんた達って、どうしてそんな、どうしようもないクソガキ共なのよ!私が子供の頃は、あんた達みたいな害虫なんて、どこにもいなかったわよ!」




五年四組の、クラスメイト達の大半はこう思った。




あんたみたいな頭のおかしいババアに子供のころがあった、だなんて絶対ウソだ。そんなの、誰も信じねーよ。




教室を満たしていた安心感は、一瞬で霧散してしまった。幸佳は、ふと赤星ゆかりの姿を見た。ゆかりは、ただ辛そうに、顔を伏せていた。

幸佳も、同様に顔を伏せて、ため息をついた。今日、クラスメイト達が夢中になっていた噂を思い出した。


最近、この町には、一匹の猫をお供に連れた、正義の魔法少女が出没するんだって。


一色小学校五年四組出席番号二十五番柴田幸佳は、ここで再び、心の底から願った。

もし。

もし、正義の魔法少女が本当に存在するのだとしたら。

お願いです。

どうか、私達の目の前にいる「暴力の鬼」をやっつけて下さい。


少女は、真摯な気持ちでそう願った。

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