疑惑
かえで先生と別れた後、幸佳は教室に戻った。そして、次の授業が始まり、真山も教室に戻ってきた。
真山と目があった幸佳は、こみ上げる不快感を堪えながら、そのまま無言で着席した。
真山は、ただ不満そうに鼻を鳴らしただけだった。
それから、授業が始まったが、とりあえず何の問題も無く進行し、やがて無事終了した。
その次の授業も、そのまた次の授業も、同様だった。空気は相変わらず暗く沈んでいたものの、暴力の鬼がヒステリーを起こして暴れる事も無く、平穏な時間が経過した。
この調子なら、今日は比較的楽な一日かもしれない、と幸佳は期待した。
そして、給食の時間が始まった。
本日の献立は、アジの干物と野菜炒めと味噌汁、である。
こういう時ばかりは、生徒達も子供らしい笑顔を見せて、少しは騒がしくなる。
と言う訳で結構ざわついている教室内を見渡して、幸佳は不安になった。
真山が、またキレて怒鳴り散らさないだろうか?
信じられないくらい些細な事でも、すぐに怒りを爆発させて喚き散らす真山のことだ。油断は、決してできない。
そう思った幸佳は、教室の隅、一角を占めている大きな教卓にふんぞり返っている真山の姿を見た。
生徒達と同じように、真山もムシャムシャと給食を食べている。食事に夢中になっているのか、その一心不乱にアジをつついている様子からは、とりあえず、怒りのオーラは感じられなかった。
幸佳は、ほっと胸を撫で下ろす。どうやら、杞憂だったようだ。一安心した後、悲しくなった。自分はいつの間にか、真山の顔色を窺う事に慣れてしまっていることに気づいたからである。あの暴力の鬼の影に怯え、ビクビクオドオドしながら緊張して過ごす日々が、すっかり自分にとっての「日常」になってしまっている事に、幸佳は落胆した。
次に、先程会った、かえで先生の美しい笑顔を思い出した。
かえで先生が自分達のクラスの担任だったら、今頃、学校という場所は天国であり楽園であっただろうに。
そんな風に夢想しながら、立ち尽くしていると、突然肩を叩かれた。
「柴田さん!ど、う、し、た、の?」
赤星ゆかりだった。
「あ、赤星さん」
「ボ――ッと突っ立っちゃって、何か考え事でもしてたの?」
「ああ、まあね」
「もー、しっかりしてよ。ほら、早く給食を取りに行こう!」
ゆかりの言う通り、セルフサービスなのだ。係のクラスメイト達がよそってくれる給食を、幸佳達は自分で取りに行く。
「今日の給食は、アジの干物なんだよね~、えへへ」
ゆかりが満面の笑顔を浮かべている。そういえば、魚料理はゆかりの大好物だった。
「お代わりしちゃおっかな~」
今にも飛び跳ねそうなくらい、ゆかりは喜んでいる。
ここで幸佳は、あの時はできなかった質問を試みることにした。
「突然だけど、赤星さんはさ、魔法って信じる?」
「・・・へ、え、あ!ええ?」
ゆかりは、目に見えて動揺した。
「な、な、何を言っているのかな、柴田さん?ホント、突然過ぎるよ」
「いや、さっきね、休み時間中に赤星さん達が、町内に最近出没する魔法少女の噂話をしていたからさ」
「き、聞いてたの?」
「うん」
「わ、私は魔法少女なんかじゃないからね、ホントだよ?」
「その割には、随分と慌てているみたいだけど」
「あ、それは、その」
ゆかりが返答に詰まった所、ゆかりを呼ぶ別の声が飛んできた。クラスメイトの女子が呼んでいる。
「あ、はい、ちょっと待って、今行く!じゃあ、そう言う事で、その話はまた今度ね。ごめんね、柴田さん」
ゆかりは、救われたような面持ちでそそくさと幸佳の前から離れて行った。やはり、おかしい。ゆかりの態度は不自然である。
幸佳は首をかしげた。まさか、ゆかりは本当に、噂の魔法少女なのだろうか?