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因果の果て  作者: 中田英二
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第一章 暴力の鬼

靴を履きかえ、階段を上り、廊下を歩く。ただそれだけの動作が、大変困難なものに感じられた。

これから待ち受けているものについて想いを馳せると、体が重くなってしまうのも無理はない。

「柴田さん、深呼吸して」

「う、うん」

ゆかりに促されるまま、幸佳は息を深く吸って吐いた。ほんの少し、気持ちが落ち着いたと思う。

そして、五年四組の教室に入った。

既に、クラスメイトが十数人ほど来ており、教室の中はざわついていた。

ただ、他の教室に比べると明らかにテンションが低く、活気がない。どことなく、空気そのものが暗く

淀んでいて、重く沈みこんでいるように見えた。

あいつのせいだ。

幸佳は心の中で断定する。今年になって、あいつがこの学校に赴任して私達のクラスの担任になってからというもの、私達は子供らしい笑顔を奪われ続けてきたんだ。

「先生、もうすぐ来るね」

ゆかりがぽつりと呟いた。幸佳も頷く。そう、「あいつ」は先生なのだ。

クラスの中を見回すと、多くの子供達が「先生」であり「あいつ」でもある「モノ」の悪口を並べ立てていた。

聞くに堪えない、罵詈雑言。

「柴田さんも、あの人の事、嫌い?」

唐突にゆかりから、核心を突いた質問を投げかけられて、幸佳はたじろいだ。無論、好きではない。

ただ、嫌いというより、怖かった。おとなしくて真面目な少女である柴田幸佳は、「あいつ」の事を心の底から恐れているのだった。

ゆえに、もつれる舌をどうにか動かしながら少女は答えを返す。

「嫌い、じゃない、けど。でも、ねえ」

「好きにはなれない、よね。やっぱり」

ゆかりは、肩を落としながら辛そうな表情で言った。どういうわけか、「あいつ」が五年四組の生徒達から嫌われて、憎まれて、恐れられて、疎まれて、恨まれている事に対して、ゆかりは心を痛めているらしかった。

ゆかりは心の優しい女の子だから、人が人を嫌うことを悲しんでいるのだろう、と幸佳は思っている。

友達の少女を元気づけたい一心で、言った。

「赤星さんが落ち込む必要なんて無いよ。これは、仕方のないことなんだから。誰のせいでもない」

「うん・・・・・・ありがとう、柴田さん」

ゆかりが笑顔を浮かべた時、始業ベルが鳴った。

始まる。

五年四組の教室中が、緊張した。今日もまた、苦難に満ちた一日が始まる。

しばらくすると、足音が聞こえてきた。ハイヒールが、廊下を踏み鳴らす耳障りな音。

間違いない。「あいつ」だ。

足音が大きくなるにつれて、幸佳を含む生徒達の表情が鬱々としたものになっていく。

そして。

教室のドアが無遠慮に大きく開いた。

次の瞬間、スーツ姿の大柄な女性が入ってきた。

生徒達の全身が硬直した。

「あいつ」が来た。

「あいつ」は、不機嫌そうな表情で大股で歩き教壇の前に立つと、家来を眺める女王のように、萎縮している生徒達を睥睨した。同時に、「あいつ」がかけている度の強い近視用メガネのレンズがきらりと光る。そして、聞く者に不快感を喚起させるほど冷たい声で一日の開始を告げた。

「皆さん、おはようございます。では、出席をとりましょう」


五年四組担任、真山徹子まやま てつこ。二十九歳、独身。通称「暴力の鬼」。


彼女こそ、現在、学校中から忌避されている「モノ」であった。


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