お話しましょう
ニコラが閉鎖図書館に閉じ込められて数十日。彼は黙々と古代人の本を読んでいた。そんなある日の夜、テスラが彼の力を求めてやってくる。
「一人で寂しくない? よかったらお話でもしましょうか」
その日から、彼女との深夜の会話が始まった。テスラはトーマスの心の病のほかに、「ニホンという国はロボットやAIで発展し、総人口6000人で何不自由なく暮らしている」だの、「化学兵器を使った戦争をしている国がある」だのといった話を彼に語りかけていた。さすが「先生」と呼ばれるだけはある。そういう系の話が大好きなようだ。
「ボクは小説とか詩のほうが興味あるんだけど」
「人間の考えなんて浅はかよ、綺麗ごとばかり」
「だからこそ、理想を文章に焼き付けるんじゃないのかな」
ニコラは本に目をやる。そこには確かに、綺麗な言葉や格言、智恵などを思わせる文章がつらつらと書かれている。しかし、それはエルフの唱える、自然や人類への警鐘と似通っているのだ。だから、面白い。人間の中には、エルフと似通った思考を持つものがいる。それが二コラにとって不思議であったのだ。
「トーマスを治す気は……」
「ないよ」
突然切り出された言葉を遮断するように、ニコラは否定する。すると、彼女は落ち込んですすり泣いた。そんな日が数十日続く。
「今日は桜が咲いたわ」
「そう」
「今日は新しい呪文を開発したわ」
「そう」
「今日は村長の家にリスが入って大変だったのよ」
「ふーん」
毎晩毎晩そのような小話を聞かされて、正直ニコラは迷惑だった。
(ボクは本が読みたいのに……)
というように、不機嫌そうな顔を浮かべながら彼女の話を聞いていた。そして最後には、「トーマスを……」という言葉だ。なんだかそれが不快で不快で仕方なかった。
「ねぇ、あなたは今何を読んでいるの」
「ワーズワスの『水仙』って詩だよ」
「どこがいいの」
「本物の自然よりも美しい情景が浮かぶからかな」
「意外とロマンチストなのね」
ニコラの関心は、自然ではなく本の中にある。この世界がどうなろうが、本の中の世界が綺麗であれば、美しくあればそれでいいのだ。そう思っていた。
しかし、テスラから外の話を聞けば聞くほど、少しずつ外の世界に興味を持ち始めたのである。
「桜ってどんな感触なの」
「適度に水分を含んでいて柔らかいわよ」
「新しい呪文って何」
「無数の光の剣を出す魔法よ」
「リスはどうなった」
「
「無事に森に帰ったわ」
気がつけば、ニコラのほうがテスラに質問をするようになっていた。そして、段々と本を読む手も遅くなっていった。しかし、最後には、
「トーマスは……」
である。ニコラは溜息をついた。そしてついに根負けした彼はトーマスを治すことを約束した。どんな話をしていても、最後にはトーマスのことしか話さない。ニコラにとって、それが心底不快であった。その感情こそが嫉妬であったということに気付くのは、長い長い年月を経てからである。