謡われる伝奇
モーレピアの下級民層区域へ、ヴァイオリンを弾きに来ていたコキア。そこにはレウィシアの姿もあった。みんながその音色を楽しそうに聴いている。未だ、問題が解決したわけではない。レウィシアのことを悪く言う者も少なくなかった。
「みんな、聞いてくれ!」
コキアの演奏は中断され、全員の前にレウィシアが立った。
「今日は鬼の伝奇を歌にしたよ」
「ちょっと長いけれど聴いてください」
音楽はゆったりとしたバラード調で始まった。
演奏はコキア。歌うのはレウィシアらしい。
何故鬼は生まれた
それは命を宿すため
五人の使徒を求めて
アゼルは旅をする
何故鬼は月壊させた
それは命の代償
五つの言葉交わりし時
鬼は二人の人となる
何故鬼は一人になった
それはテスラの祈り
五人の使徒は自由になり
それぞれ生きていく
何故鬼は孤独を望む
それはニコラの願い
五人の使徒はその後
物語を紡いでいくだろう
「どうだい?」
「よくわかんない」
返ってきた言葉は大抵そんな感じだった。中には鼻をほじりながら聴く者も居た。彼らの苦労は誰も知らない。試練で死に掛けたことや、少しの間だけだが、冒険が出来たこと。ニコラとテスラの悲願。この歌にはそんな想いがこもっているのだ。
奏者のコキアさえもこの歌詞の意味を知らない。だが、この歌は下級民層の中で流行し、末永く歌われるようになった。やがて、この歌は“月壊”という題目がついて、聖歌のように謡われていくのであるが、今の彼女はそんなことなど知りもしないだろう。




