法律家への道
「これを全部読むのか……」
ヴォールクはシズメから手渡された、法律関連の書物をげんなりした様子で見やる。彼は今、司法試験に合格するために勉強しているのだ。本は煉瓦ほど分厚く、それが10冊ほどあった。パラパラとページをめくっては溜息をつく彼にシズメは、「言いだしっぺはあなたよ」と言い放った。
「人狼には本を読む文化などなかった。これらは意味不明な言語にしか思えん」
「でもこれを理解できないと法律家にはなれないわよ」
「お前にはわかるのか」
「私の夢はお嫁さんだから、わからなくて良いの」
そう言うと、シズメは専門辞書を机の上にボンッと置いて、「あとは自分で何とかしなさいよ」と部屋を出た。シンと静まる室内。置かれた数十冊の本。ヴォールクは再び深い溜息をついた。
「悪い奴と良い奴くらい法を介さなくてもわかるだろう」
誰に言うでもなく、愚痴は自然と出る。
◇◆◇
一時間程して、ノックの音がした。
「捗っているかしら」
アンナの声だった。ドア越しからアールグレイの香りが漂ってくる。
「あぁ。付箋が足らなくなった」
ヴォールクがそう言うと、彼女は扉を開けて、散らかった彼の机の上を整頓して、紅茶を置いた。
「そう、じゃあまずはお茶でもしましょうか」
ニコリと微笑んだ彼女の顔は、少しだけ彼の頬を赤く染めた。
「……母親とはうまくやっているのか」
ヴォールクは紅茶をすすりながら、アンナとシズメの母について尋ねてみた。すると、彼女は、「全て父に話したらあっちから謝ってきたわ」と答えた。そして、「ざまあみろよ」と自慢げに腕を組んだのである。こういうところは、シズメと似ているのかもしれない。
「また毒を盛られるなよ」
「父とシズメが、メアリーに母を監視するよう命令してあるから大丈夫よ」
「……そこまでして、離婚はしないんだな」
「まぁすごい! 離婚制度について知ったのね♪」
「ま、まぁな……」
ヴォールクが、今は被っていないフードを下げるような仕草をすると、アンナはそれを見て微笑んだ。
「立派な法律家になってね」
「……ああ」
その後、大量の付箋やインク、メモ帳を持ってきたシズメにヴォールクは、「正反対な姉妹だな」と溜息をつくのであった。