とある転生者、殺されそうになったお嬢様を助けるためモブキャラ執事をやめることにした-3-
★
失敗した?
紅蘭は言葉を失う。
完璧なはずだった。
術式も呪文も、発動条件もすべて整っていたはずだった。
それなのに激しい頭痛を覚えた瞬間、力が霧散した。
第3者が何らかの力をくわえたとは思えない。
それなら原因は・・・・・
「悪魔召喚の闇魔法。紅蘭。キミはどこまで愚かなんだ」
マルスの声が聞こえてはっ、とすると冷めた視線とぶつかった。
「なぜ失敗したのか、わかるか?」
「マルス様。アナタには心当たりが?」
「賢者の石」
マルスのかわりにイシスが小さく口を開いた。
「悪魔召喚には召喚石の他に賢者の石が必要なんです。召喚陣の中心に賢者の石を配置することによって願った者が姿を現します」
「賢者の石!?そんなの聞いてない!それにイシス!なぜアナタはそんなことを知っているの!?」
数千人以上の命を犠牲にしてつくられるのが賢者の石。
それはあまりにも残酷で禁忌の魔法の1つとされ、その存在はごく1部の者しか知らない。
それなのになぜ、平民の出であるイシスが?
「アナタ━━何者!?」
「私はイシスですよ。紅蘭様。アナタがよく知っている」
言葉の柔らかさは紅蘭の知るそれだが違和感を感じた。
それに気づいているのは紅蘭ただ1人だろう。
「紅蘭。キミには失望した」
「失望するほど私を見なかったくせに」
「キミは近いうちに審問にかけて処罰されることになる」
「命はどうでもいいわ。悔しいのはアナタたちに一矢報いることができなかったこと」
紅蘭の瞳から涙がこぼれ出る。
「審問を待たずにアナタの手で今すぐ殺してくれない?」
「それは出来ない。俺にはそう言った権利はないからな。連れていけ」
マルスが部下に命令した時。
「悪いんだがお嬢様は大事な人なんだ。お前らに渡すことはできないな」
紅蘭を拘束しようとしたマルスの部下が吹き飛んだと同時に現れたのは━━
「煉!?」
その名前を呼んだのは紅蘭ただ1人だった。
☆
このまま手出しをしなければ確実に死刑だ。
バッドエンドに直進する。
そう思った時、俺は動いていた。
呆然としているお嬢様をお姫様抱っこし、俺は笑いかける。
「煉、どうして!?」
「お嬢様1人じゃ失敗するのは目に見えていましたからね。こっそりあとをつけてきました」
「悪魔召喚は失敗したわ」
「でしょうね。俺がそう仕向けました。賢者の石があるなしは別にして。召喚陣の文字の中に嘘の文字をまぜるようにして」
「なぜそんなこと」
「あとで後悔するのを知ってますから。死刑台に向かうお嬢様は本当に悔やんでいた。だから俺は変えさせてもらった。お嬢様の進むべき未来を」
「煉にそんな力が?」
「煉。確か何度か会ったことがあるな。城の中で」
マルスは小さく呟いた。
「お久しぶりです、マルス様。アナタのお父様には大変お世話になっております。そして先日アナタのお父様にお会いしたのですが、紅蘭様との婚約破棄はお父様に許しもなく無断で行ったようですね?アナタのお父様ははカンカンでしたよ?」
「父上はあとで説得するつもりだった。父上もイシスを気に入ると思う」
「確かに見た目素敵なお嬢さんではありますが、マルス様は彼女のことを何を知ってますか?」
「すべてだが?イシスから聞いたからな」
「それを鵜呑みにされているのですからアナタの頭は花畑ですか?」
「何が言いたい?お前こそイシスの何を知っている?」
「まあ、マルス様よりも詳しいですよ」
「何?」
「この学園の連中も彼女のことを知らない」
「イシスの何を疑っているのか分からないが、彼女を侮辱するなら剣をもってお前を成敗するぞ?」
言ってマルス様は剣を抜いた。
代々一族に伝わる聖剣のようだ。
刃に聖剣特有の青白い火花が散っていた。
「成敗する相手が違いますよ?」
「紅蘭に手を出してもいいということか?」
「もしそんなことをすれば俺としても黙ってませんけどね」
「ベラベラと喋るヤツだ。マルス様のかわりに俺たちが相手をしてやるよ」
俺のまわりに集まったマルス様の部下たちが斬りかかってきた。
俺はそれらを紙一重で避けてから宙に逃れる。
何もない場所からマルス様たちを見下ろした。
俺を見上げているマルス様たちは半ば呆然としたような表情だ。
「空を飛ぶ魔法だと?そんな魔法見たことないぞ?」
マルス様の部下たちがざわつく。
「煉。お前も魔に魅了された人間の1人か?紅蘭同様に禁断の力に溺れたのか」
「お嬢様のためなら悪魔にもなりますが、俺は魔に魅了された人間ではありませんよ。ただ規格外の力が備わっているだけで」
「魔法使いが頭に乗るな!」
学園の生徒と教師たちが口々に呪文を唱えて魔法を解き放つのが見えた。
「お嬢様がいるからあまり手加減はできないが恨むなよ?」
学園関係者の魔法は跳ね返り、荒れ狂いながら地面を粉砕した。
それを俺の腕の中でお嬢様は震えながら見ている。
「煉、アナタ・・・・ただの魔法使いじゃないの?詠唱破棄なんて。トップクラスの魔法使いでも無理だわ」
「お嬢様、申し訳ありません」
「何が?」
怪訝そうに聞いてきた紅蘭に俺は答えた。
「実は俺、魔法使いじゃありません」
「はあ!?」
お嬢様は頓狂な声をあげた。