とある転生者、殺されそうになったお嬢様を助けるためモブキャラ執事をやめることにしたー2-
☆
それは予想通りだった。
俺の両手を掴み、強い目差しでお嬢様は俺を見つめた。
「お嬢様。俺はまだ未熟な魔法使いですよ?悪魔召喚なんで無理ですよ?」
「無理やできないかじゃない。やりなさい!」
「仮にそれが出来たとして、お嬢様は何をなさるのですか?」
「・・・・・・」
「答えなくても大体は予想はつきますが。マルス様とイシスさんへの復讐ですか?」
イシスとはマルス様がお嬢様を裏切って愛してしまった少女。
つまりお嬢様のライバルだ。
入学当初は二人は仲が良かったと記憶している。
だがマルス様が現れた時から二人の仲は最悪なものになった。
「俺自身では無理ですが、願ったモノを召喚する石は持ってますが?」
「それならそれを頂戴!」
気軽にあげられるものではないのだが。
「お嬢様は分かってます?悪魔は他者━━人間にいいように使われるのは嫌います。だから制御するのは難しい。それに制御できなければ被害は甚大ですし、悪魔の敵意は召喚主に向くこともある」
「それは覚悟の上よ」
「悪魔の暴走で王都の人たちを巻き込むかもしれない」
「・・・・・・」
「紅蘭様。そもそもアナタはマルス様をそんなに好きでしたか?お父上が勝手に決めたことだから婚約なんて認めない!なんてことを昔、聞いたことがあるような」
「煉はアタシの召し使い━━魔法使いよね?」
「はい。生まれる前からそう決めてましたから」
「だったら!アタシの命令に従いなさい!」
お嬢様は間近で俺の目を睨んで吠えるように言った。
☆
「俺としては考え直して欲しいところですけど?」
「何よ、今さら」
「悪魔は魔王の眷属でその力はとてつもない。しかし魔王が倒されたように、その眷属たる悪魔も無敵ではない。何故なら天敵やそういった武器があるから。マルス様をふくむ5人の守護騎士は聖騎士でもあります。かつて魔王を退治した勇者の子孫がマルス様たち。マルス様たちの家は代々聖なる武器をまつっていて、マルス様は悪魔殺しなんて称号も持っている。それでもやるおつもりですか?」
俺は紫色の石を握るお嬢様に言った。
この紫色の石こそ召喚石だ。
使えるのは1回かぎり。
それが砕けたらあとはない。
「今さらやらないとは言わないわ。目にものを見せてやる。アタシを見下した奴らは皆殺しよ」
「お嬢様。俺は行かなくてもいいのですか?」
━━このままだと紅蘭お嬢様はバッドエンドに突き進む。
召喚石を与えた時点でそれは決定されたのかもしれない。
ここが分岐点だ。
俺の知っているゲームの中の紅蘭は同行を願い出た魔法使いの言葉をむしして、一人でやった。
「必要ない。これはアタシだけの問題よ。関係ないアナタはアタシのことを忘れて暮らしなさい」
「既にまきこまれていますが。お嬢様。アナタの行動でお家がつぶれるかもしれないのですよ?」
「だからアタシ1人でする。お父様にはお手紙で絶縁するむねをしたためたから」
「お嬢様はお友達はおられますか?」
「そんなのどうでもいいでしょう!アタシは復讐が成功したら喜んで死刑台にも行くし、魔王の花嫁になってもいいわよ。それにマルスさ・・・・マルスたちが勇者の末裔なんていうのも嘘っぱちね」
「根拠は?」
「勇者の証は黒髪と黒目。そして前世の記憶を持っていること。つまりは転生者。マルスたちは金髪や茶色、目もこの世界では珍しくない茶色よ。聖なる武器を持っているからって勇者ではありえないわ。悪魔殺しも怪しいところよ」
お嬢様は召喚石を強く握り締める。
今の彼女は誰の言葉も耳にはかさないだろう。
憎悪の炎が胸に広がっていくのが分かった。
「煉も一般的な特徴よね。茶色の髪と茶色の瞳。アタシは好きよ?」
「お嬢様。やめる気ありませんか?いいことありませんから。おとずれるのは破滅の波」
「引けない。引くわけにはいかない。絶対に成功してやる。煉には感謝しているのよ?」
「俺にはお嬢様を止められなかったんですから、感謝されても困りますよ」
「お父様にはアナタのことも手紙に書いておいたから心配しなくてもいいわよ」
私怨の炎を瞳に宿し、お嬢様は俺を振り返ることもせずに屋敷を出ていった。
これがゲームの中だと魔法使いと別れた紅蘭はシナリオ通りに━━
☆
紅蘭は呆然としていた。
屈強な守護騎士に強く押さえつけられて体が悲鳴をあげているが、それすら気にできないほどに頭が真っ白になっていた。
場所は王都、そして学園の校庭である。
自分を侮辱し、裏切った生徒や教師、憎いイシスやマルスが学園にいるのを確認したあと、紅蘭は煉に教えてもらった呪文を唱えて悪魔召喚を行った。
闇の魔法陣が描かれたまでは良かったのだが、それは一瞬のことで魔法陣は消滅し━━
━━悪魔召喚が失敗した?
それに気づいた時には紅蘭は生徒や教師たちに取り囲まれていた。
その中にイシスとマルスの姿もあった。