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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集

また明日

作者: らら

また明日


「罰ゲームなんて、白鷹しらたかの奴さいっっってーじゃん!?」


人目のない校舎裏で槙野まきのは頬をぷっくりと膨らませ怒鳴った。彼の怒りは凄まじく、当事者である砂月陽太すなづきようたが驚いてしまう程だ。少しだけ呆気に取られた後、槙野の可愛らしい顔を眺めながら「まあまあ」と何とも気の抜けた宥め方をして「罰ゲームじゃないよ」と白鷹をフォローをした。槙野が自分の為に怒ってくれるのはとても嬉しい。けれど槙野と一緒になって白鷹を怒る気にはなれない。


「同じ事じゃん! 告白は嘘だった訳でしょ!?」

「それはそうだけど……」


陽太は言葉に詰まった。どう言えば槙野の白鷹に対する怒りを霧散出来るだろうか。そもそも陽太自身は嘘の告白を怒ってはいないのだ。それは白鷹に対しても同じ事が言えた。自分の為に怒ってくれている槙野には言い辛いがむしろ好意さえ抱いていた。白鷹は実に良い人だったからだ。平凡を絵に描いた様な陽太と対極の位置にいる白鷹はその場に佇んでいるだけで人を惹きつけてしまう絶対的なオーラを持っていた。母親がイギリス人だと言っていたハーフの彼はどの角度から見ても男らしい美しさがあり、さらに文武両道だとくればモテないはずがない。どんな相手でも選り取り見取りだ。そんな白鷹が何の取り柄もない陽太を見初めるなどそもそもおかしい話で、奇妙だと言っても言い過ぎではないくらいである。陽太は今年で17歳になる。世間での自分の立ち位置や価値はだいたい分かっているつもりだ。だから白鷹から「一目惚れだ」と告白された時、有り得ないと冷静に思ってしまったので断ろうと思った。学園内でも目立つ白鷹の存在は告白される前から知っていたし、容姿端麗、文武両道な彼に対し“凄いな”とは感じていたもののただそれだけなのだ。白鷹は雲の上にいる男。好きとか嫌いとかそんな感情を持つ事すらない、所詮自分と関わり合う事のない存在。それが陽太から見た白鷹の全てだった。そんな白鷹と付き合うなど想像出来ない。白鷹からの告白を受けないつもりだった。ーーけれど。


告白され、初めて白鷹と至近距離で見つめ合ううちに陽太の中に閉じ込めていた思い出の箱の鍵がカチリと開いた。日本人離れした色素を持つ白鷹の薄茶色の瞳を見ていると幼い頃の記憶が鮮明に蘇ってくる。


『ヨータ!』


懐かしい声が脳裏に響いた。陽太の初恋は幼稚園の頃。同じ組のハルキという名前の男の子だった。ハルキは男の子とは思えないくらい可愛らしく日本人とは思えないくらい色素が薄い少年だった。幼少期の頃は分からなかったが、今思えばハルキも日本人ではない血が流れていたのだろう。昔から聞き分けの良かった陽太だが、ハルキに対してだけは例外だった。ほぼ毎日の様にハルキと遊んだのだが別れ際になると「ハーちゃんとずっと一緒にいるんだ」と駄々を捏ねて母親を困らせた。叱ろうとする母親が口を開く前にハルキが「また明日。ね? 約束。明日になったらまた明日の約束をしよう。僕達はずっと一緒だよ、ヨータ」と手を握って陽太を慰めてくれた。自分よりも体温が低いのか、ハルキのひんやりとした手の感触に陽太は胸が一杯になる。ハルキの薄茶色の瞳に見つめられると悲しくもないのにじんと目頭が熱くなる。この感情が恋なのだと自覚したのは随分経ってからだったが自分は確かにハルキに夢中だった。ハルキは帰り際毎日“明日”の約束をくれる。まだ幼稚園児だった陽太は明日が永遠に続くものだと信じていた。だから突然ハルキがいなくなる現実を受け入れられなかった。ハルキが引っ越すと言う。


「ずっと一緒だって言ったのにウソツキ! ハーちゃんなんてキライっ!」


実に苦い思い出だ。誰もが時折思い出したくなる初恋の人を極力思い出さない様に心の奥で鍵を締めていたのはあまりに悲しい別れ方だったからに違いない。ハルキに理不尽とも言える言葉をぶつけた後の事はよく覚えていないが、ハルキとはそれっきりになってしまった。陽太自身も中学に上がる前に引っ越したのでハルキとの接点は完全に断たれた。もう二度とハルキに会うことはないだろう。


白鷹の薄茶色に引き込まれる様にして、気付けば白鷹の告白を受け入れていた。喜ぶ白鷹を目の前にしてまず感じたのは罪悪感だった。けれど一度肯定したものを突き放す勇気はなく、罪悪感を抱えながらも白鷹と付き合い始めた。今まで一度も話た事のない二人だったが、妙に馬が合った。全てにおいて恵まれていた白鷹だが、そんな自分を鼻にかけている節はなく性格も実に良く出来ていて、白鷹の穏やかで優しい心根に触れる度、陽太の中に芽生えていた罪悪感は益々深く大きいものとなる。ついに耐えられなくなり、白鷹との付き合いを止めようと決意した直後だった。事の真相が白鷹の口によって明るみになる。告白は嘘だったと。嘘の告白をする事になった経緯は、白鷹が好きな相手に焼き餅を焼かせたかった。単純に言えばただそれだけ。白鷹の想い人は小悪魔の様で複数の相手と同時に恋愛出来るらしく、一途な白鷹ばかり想いを募らせていた。何とか自分だけを見て欲しい。つい友人に弱音を漏らすと「お前も別の相手をつまんじゃえよ」と提案された。最初はとんでもないと蹴ったが「今さー、お前アイツに夢中じゃん。一途なのは美しいけど、それじゃあお前の気持ちに胡座かかれるだけだって。でもお前が別の相手にとられると思うとようやくアイツも危機感を持つんじゃね? で、アイツも一途になってハッピーエンド」の友人の言葉にぐらつき、軽い気持ちでやってしまった。相手は学園内の生徒なら誰でも良かったのだと。だからたまたま白鷹の近くを通りかかった陽太に白羽の矢が立った。ただそれだけの事。白鷹は全てを吐き出した後、悲痛さが浮かび上がった表情を貼り付けながら土下座する勢いで謝ってきた。陽太は慌てて止めた。そんな陽太を見て白鷹は端正な顔を歪め、懺悔を口にする。


「本当に最低だ、俺。本当に御免。砂月は良い奴過ぎる」

「そんな事ないよ。俺も似たようなもんだからさ」

「?」

「……白鷹さ、初恋の人に似てたんだ。だから好きでもないのにオッケーした」


お互い様なんだ、と笑う陽太はすっきりした顔をしていた。自分の中で限界まで膨れ上がっていた罪悪感が萎んでいくのが分かる。


「初恋?」


一瞬、白鷹の表情が険しくなった様に見えたが気のせいだったらしい。罪悪感からか白鷹は益々顔を歪めている。


「ん。だから気にしなくていいよ。今まで有り難う。短い間だったけど白鷹といれて楽しかった」


陽太は頷くとはにかむ様にしてまた笑った。白鷹とはきっとこれが最後だ。白鷹は良い奴だし、今後は友人として付き合っていきたいという欲はあったがそれを口に出来る程、陽太は子供ではない。陽太の願いは白鷹にとって迷惑でしかないだろうから一方的な自分の感情を押し付けてはいけないのだ。だからせめてハルキの時には出来なかった綺麗な別れ方をしたかったのだが。


「友達でいるのさえ駄目か?」


白鷹の呟きに陽太は耳を疑った。こうして晴れて白鷹とは友人関係を結べたのだがめでたしめでたし……とはいかなかった。この時の会話を学園内の生徒に盗み聞きされていたらしいのだ。生徒は悪びれる事なく、脚色一杯に染め上げた話を学園中に広めた。ただでさえ事実がねじ曲がっている上、人から人へと伝わっていくうちに一人歩きした噂は日々おもしろおかしく変化していく。白鷹から告白された時にも妙な噂を流されたが今回はその比ではない。白鷹と付き合っている間かなりのやっかみを買っていたのだろう。白鷹の告白が嘘だったと分かると学園中の生徒が陽太を嘲った。証拠に最終的に纏まった噂は“白鷹が罰ゲームで嫌々陽太に告白した。白鷹は直ぐに嘘だと種合かしをしたが陽太は納得せず無理矢理白鷹につきまとった”で陽太への負の感情がありありと浮かぶ内容だった。そんな悪意たっぷりの噂と共に向けられる嫌悪の視線。気にならない、と言えば嘘になる。しかし持ち前の呑気な性格が幸いし、そこまで落ち込む事はなった。ただ友人である槙野にだけは誤解されたくない。槙野とは高校からの付き合いで年月こそ浅いが陽太にとって大切な友人だ。槙野は白鷹と付き合い始めた時も妙な詮索はせず静かに見守ってくれた。そんな槙野に今回の出来事をどんな風に話そうか、試行錯誤していた矢先だった。たまりかねた様に槙野の方から白鷹の話題が出た。槙野はそれはそれは怒っていた。白鷹に、だ。何やら色々と誤解してるらしい。槙野は優しいが一度思い込むと止まらない猪突猛進な所がある。それに陽太の言葉足らずな性質も手伝い、槙野を上手く説得出来ない。話し始めたのは朝のホームルーム前だったが一限目の授業開始を知らせるチャイムはとうの昔に鳴っていた。白鷹への怒りを露わにする槙野と共に図らずもとも授業をサボる事になった。そして話は冒頭へと続く。槙野が抱いている白鷹への誤解を解くには一から十まで全て話した方がいいのかも知れない。陽太がそう決意した時だった。


「すみません」


聞き覚えのない男の声がした。反射的に男の方へと顔を向けた陽太は息を飲む。陽太の視線の先にはまるで絵画の中から抜け出て来たかのような美しい男が佇んでいた。男は日本人離れした薄い色素を持っていたが、目力は強く男らしい色気も醸し出していた。普段色気などに頓着しない陽太が目を細めてしまう程、男の鍛え抜かれたバランス良い長身の体躯が眩しく映る。


「もしかして転校生?」


陽太が男に見惚れている横で槙野は男の正体を分析する。そう言えば担任が明日転校生が来ると話してたような。槙野の言葉を切っ掛けに頭の隅に追いやられた朧気な記憶を引っ張り出してきた。


「うん。でも迷っちゃってね。広過ぎるね、ここ」

「良かったら教室まで案内しようか? 俺、槙野」

「俺は砂月です」


予想打にしなかった転校生の出現に二人の話し合いは中止された。少し遅れてしまったが授業に出る事にする。槙野の軽い自己紹介の後、陽太も続けた。「ん。覚えた」転校生は薄茶色の瞳を細めてにこりと笑う。てっきり転校生も名乗るのかと思ったら彼は口を噤んでしまった。


「おい。名前くらい言えよ」


槙野がムッとする。喧嘩腰の物言いに陽太はハラハラしたが槙野の言ってる事は間違っていない。名乗った相手には名乗り返すのが礼儀ではないか。


「御免。でも言い訳させて貰うとヨータが悪いんだよ。ようやく“明日”がきたのに僕に気づかないなんて冷たいよ」


転校生の言葉に陽太はこれ以上ないくらい目を見開いた。陽太は転校生の名前が分かってしまった。まさか。でも、だって。信じられない気持ち以上に彼の正体を確信した。陽太の中から熱いものがこみ上げ当てくる。


「知り合いなのか?」


陽太の横で困惑する槙野に対して頷くだけで精一杯だ。


「意地悪して御免ね」


子供の様に茶目っ気たっぷりに笑う転校生に手を引かれる。久し振りに触れた彼の手はあの頃とは比べものにならないくらい大きく力強い。時間の流れをまざまざと感じてしまう。けれど体温の低さは相変わらずで思い出のままだ。陽太の目頭が熱くなる。言いたい事は沢山あるはずなのにどれも言葉にならない。


「ハーちゃん」


手を握り返してようやく紡げた第一声は転校生の名前だった。

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