第八話 運命
私の目の前には椅子にロープで縛られた髭モジャの40歳代の男性がいる。
(「まあ、やったのは私なのだけどね……」
時間は深夜……いわゆる丑三つ時だ。場所はこの縛られている男性の家で、男は独身でさらにここは町から少し離れた自宅兼作業部屋――男の職業は木こりだ。
「ぐがぁー!ぐがぁー!!」とうるさいいびきをかいて寝ている豪胆さに呆れと共にある意味賞賛してしまう。
男は毎晩深酒するのが唯一の楽しみらしい。まあ、ゲーム情報だけどね。
木造の狭い家屋に粗末な木のベットその上にはいつ洗ったか定かではない布団。丸テーブルの上には散乱している酒瓶やおつまみの類があり、私が荒らしたわけでもないが洗濯物がそこら中に無造作に置かれている。だらしない限りだ。
「そろそろかしら」
頼りない光源であるランプを相棒に待ち続けているけど、そろそろ勘弁してほしい。もし、何もないなら一晩ここで過ごすはめになる。
「ぐっ?! がぁ?!」と髭モジャ男が目を開き苦しそうな表情を浮かべたのは一瞬の出来事だった。次の瞬間には目を閉じ首をだらんと下げ、先程BGMの如くしていたいびきすらかきもしない。
「……はぁ、最悪な結果になったわね」と私は念のために脈を計って間違いなく死んでいることを確認する。
この男性はゲーム――ファンタジー・レクイエムの舞台の三年前、とあるイベントで池に落ちて死んだということが判明する。とあるイベントとは毎年同じ日に起きる連続殺人事件を解決するイベントで、オチがすべて偶然というしょうもないものなのだが……それはどうでもいいので捨ておくとして。問題は”池に落ちなくても死んだ”という点に集約される。
(「つまりはこの世界には運命の神様がいるってことね」
ゲーム上起こった死は防げるのか……それを試したかったのだが、酒に酔って池に落ちて死ぬという事象は変えられてもその時間に死ぬというのは変えられなかった。今回の死因は心臓麻痺っぽいし、なかなかに強引である。
私の目的は大きく分けて2つである。
1.勇者(主人公)に最後の敵として滅ぼされること。
2.エミリア、スカーレットの二人の親友の死の回避。
まだ三年あるといってもされど三年である。計画的に物事に取り組まないといけない。
(「運命の神様の打倒の道筋はつかないけど、とりあえずはこの世界の覇者として君臨するところからはじめましょう」
まずはレティの聖女としての活動支援。ダークサイド方面での運命の神打倒を探るのは私がするからいいとして。ジャスティス方面はレティを利用すればいい。結果論だが中々に幸先はいいのかもしれない。
(「何はともあれ一次転職ね……」
私は髭モジャ男の縄をほどき、木材を運搬するための台車を使ってイベント通りの池に髭モジャ男の死体を投げ込みに行くのだった。
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「あさー、あさーだよ。朝ごはん食べて。神殿いくよー!!」というレティのキンキン声が聞こえ、レティは私が寝ている布団を捲り上げる。
やめなさい。
あまり寝てないのよ。
「口を閉じなさい」と言ってレティから布団を取り返した私は布団にくるまる。
ぬくぬくの布団の感触が私を出迎える。
(「はぁ、人間の三大欲求の一つ睡眠欲……それを快適にする布団はリリンがもたらした素晴らしいものね」
――私は意識を……――
「〜っ! 〜ッ!!」と無理やり私の至福の時間を邪魔してレティはまた布団を引っぺがす。眠気眼にみえるのは顔を真っ赤にしたレティ――ああ、息ができないのね……鼻で息をすればいいと思うが言わずに「口を開けていいわよ」と私は慈悲を与える。
「ぷはぁっ! ちょ、ちょっとわたしを殺す気!?」
「まさか……うーん」とベットの上で背筋を伸ばして、伸びをしながら両手をあげて立ち上がる。
「だって、ここじゃ死体の処理が大変でしょう?」と意味深な笑みを浮かべ意趣返しをする。
「え? え? え?」と錯乱するレティ。
昨日いや、今日の未明か……10分ほどでついたけど髭モジャ男の遺体を本来の池に運ぶのは骨だった。それにここじゃ完全犯罪ができないしね……。なんていうのは冗談だけど。
ここはとある町の宿屋である。念のために屋敷にあった魔晶石を売ったお金や現物の魔晶石を持ってきていたため、贅沢をしなければお金に困ることはなさそうだ。
ここにはゲーム上の死は不可避かの実験と一次転職のために来ていた。
基本的に大きな町にはセーリア教会の神殿――ゲーム的には転職神殿があり、必要な”基本レベル”があれば転職できる。ただし、一次転職を一度してしまえば、他の一次転職をすることはできない。また、二次転職・三次転職は一次転職と同じ系統でしかできない。まさに運命の分かれ道だ。そんなにぽんぽんできたら、ゲームとしてのパーティとしての役割がなくなってしまう。まあ、ゲームで転職できたのは主人公のみで仲間も治癒術士一択だったが……。
(「一般人は職につかない人も多いけどね」
ミレット知識では一次転職に至るための鍛錬や魔物の討伐は案外きつかったりする。私とレティは合魔の指輪を使ったズルをしたに過ぎない。あの魔物たちを狩るのは大変だし、命を落とす危険も多い。ゲーム上と同じくレベルが一定以上になれば適正レベル以下の敵を倒してもらえるいわゆる経験値を少なかったり、自分よりレベルが高すぎても少なくなってしまう。ゲーム知識上ここまで来るために狩った魔物(レティが半泣きで魔石回収して売却済み)の総数的に、私たちは一次転職できるはずだ。
(「というより、そうしないと私たちは結構きついのよね……」
人の目のあるところでは合魔化できない。合魔化しないただの小娘に過ぎない私では一番弱い魔物しか狩れない――せめて一次転職の”技”があれば、素人の私でもなんとかなるだろう。ちなみに技や魔法はその系統の熟練度をあげないといけない。つまりはレベルが上がって使えるのではなく、技や魔法を使った頻度によって次の技や魔法が使えるということだ。一次職業の技や魔法を覚えずに転職してしまうと一次職業で覚えていない技や魔法は覚えられなくなってしまう。これで泣いたゲーマーは多いだろう。
レティも今のところ戦力になってないし、回復魔法や防御系の魔法を覚えてくれたらグッとこれからの旅は楽になる。
(「ここまでの道中の合魔化は非常時の措置ね」
それに合魔化できる強い魔物の確保もしたいところだ。
「ねぇねぇ、ミレィ〜。無視しないでよ〜。寂しいよ〜」と私は意識を現実に戻すと寂しそうにレティがこちらをみて話掛けていることに気づく。
「何をしているの? さっさと朝食を食べにいくわよ」とレティに言って部屋を出て食堂に向かう私。
「な、何かがおかしい……」と言いながらアホ毛をだらんと下げながらついてくるレティ。
(「ふふ、中々に愉快だわね」まるでアニメのキャラクターのように反応するレティが少し微笑ましく思えた。
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宿の朝食を食べたあとに行った転職神殿は、特に特筆すべきことがなく終わった。
壮年の神官が私とレティの頭に手をかざして「なりたい職業を頭に浮かべなさい」と言い、神官の前に来るまでに渡された転職案内のパンフレットを頭に思い浮かべていたら、神官の手が光り――はい、終了という感じだった。
ついでに自分達に必要な”これから覚えられる技・魔法を図解入り書かれた巻物まで渡されるという至れりつくせりだったが――もちろんお金は払っている転職料金は銀貨5枚だった。転職のグレードがあがるごとに料金は高くなるそうだ。
(「ぼったりくめ……」と悪態をつきたくなるものだ。
「やったー。治癒術士になれたー。将来安泰だよー、ひゃっーほー」と神殿前でくるくる回って喜ぶレティ――いや、あなた奴隷だから。人生もう積んでるから。
「はいはい。せっかくだから、町の近くで実戦するわよ」というと「はーい」と元気な声を返すレティ。
装備を整えてからレベル上げに行きましょうか。浮かれたレティを引き連れてこの町の職人街に向かうのだった。