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第四十六話 白痴の王子


 朝も早々(そうそう)の時間――私とセリアは何度も通った王宮の廊下を通り、私たちは”お世話をするべき方”の元に向かう。


「……はぁ」とセリアは溜息をつきながら、両手で抱えるようにして持っている陶器で出来た洗面に使う器の”ちゃぷちゃぷっ”と揺れる水面には――落ち込んだセリアの顔が歪んで陰を落としていた。


 今日からセリアは私と一緒にさるお方の面倒をみることになった。

 まあ、ていのいい厄介やっかい払いだ。



 洗濯しようとすれば、服を破き。


 食事の給仕をしようものなら、貴族に紅茶をかぶらせ……。


 男性王族の入浴のお世話では――きゅ……忘れましょう。



 まあ、全ては七つの大罪の力で認識を誤魔化したので特に問題はない。

 セリアが気にしているのは私に迷惑をかけたからだろう。

 そんなことはもちろん感づいてはいるが……大人しくなっているので無駄な指摘などしない。


 そんなこともせずと勝手にリカバリーするくらいはそれなりに一緒に過ごしたので理解している。


「そういえば……ここは雪が降らないのね?」と私の虚言が発動し、セリアの陰鬱いんうつな雰囲気を消し飛ばそうとする。


 仕方ない……乗っかるとしよう。


「そ、そうですね。魔族領域は雪に囲まれている頃だと言うのに――不思議です」


 確かに不思議だ。

 大抵は北側は雪に囲まれるのではないだろうか?

 なのに――魔族領域のみ雪である。


 そんな雑談をしていると前から”眼に優しくない”――きらびやかな衣装に身を包んだ一団が優雅な所作でこちらに向かってくる。


 私はさりげなく、セリアの身体を右手で誘導し、壁の花になって自然と頭を下げる。

 

「あ……」と慌てて口を閉じたセリアは手に持つうつわに四苦八苦しながら頭を下げる気配を感じる。


 頭を下げた姿勢のままさりげなく、まるで大名行列のような一団に軽く眼を走らせる。



――朝日を浴びて際立つ白髪はくはつに、宝石に例えるならまるでルビーのような赤い瞳、身体の線を出さない黄金のロープは中央部分に緑・朱色を交互になした二重線でいろどっており、なかなかに趣味がいい。


 視線がばれないようにすぐさま眼を閉じ、頭の中で取り巻きを除いた王族に検索をかける。


 短髪の男性が第一王子で、長髪が第二王子。

 その王子たちの後ろを淑女の鏡のように半歩下がり歩いていたのが第一王女か……。


 その所作や取り巻き連中などの反応から言って、温室育ちの王族の割りにはなかなかに人心を掌握しているようにみえた。


 まあ、何を話していたかなんて聞こえなかったけどね……と内心苦笑する。


「あ、あの……お姉さま。

 もう通りすぎましたよ?」と遠慮がちにセリアが聞いてくる。

 私に大名行列のフォローにお礼を言わないのは――いつものことだからだ。


「そう……なら、さっさと行きましょう」と顔を上げ、再び歩き出す。


 彼ら王族ならこの魔族領域に接している国でもなんとかしてくれるだろう――期待感がある。


 私にはそんな平穏など興味もなく、なんの物語も紡ぎはしない――というには語弊があるが……そういう物語など”見飽きている”


 故にこの国を統べるのは……





「失礼します」と軽く”トントン”とノックをし、部屋の主の了解など待たずにドアを開け、入室を果たす。


「うぇっ?!」と驚きの声を上げるセリアを無視して、ドアの前でこの部屋の”主”に頭を下げる。


「今日も誠心誠意お世話をさせて頂きます――カーライヤ王子殿下」


 私は挨拶を終えてから、そのいつものように壁に身体を預け座りこみ……軽く掛け布団をまとった姿をみる。




――その濁った右眼しかない単眼は笑顔で微笑む私と慌てて入室を果たし、頭を下げるセリアを映しているが……眼としての機能など有しておらず、主同様に外界などの些事さじに全く興味を持たずに素通りしているようにみえる。


――その肩から生えている両手は本来の機能など有せずにいびつである。されど、元の世界で神仏とされ、像と形なされたものにはこういったいびつの中にある――ある種の常人にはない相反した美しさを感じる。


――足はねじれており、それはまるで古い大木たいぼくの根を思わせる。




「こ、これは――」と驚きの声を上げるセリアの口を軽く左手で制して、開けっ放しの扉を右手で閉める。


「ふふふ、彼こそが”玉座”につくに相応しい王よ。

 まあ、声が出ないのは些細ささいなことでしょう」


「お、お姉さま……」とセリアが不安そうな声を上げ、その瞳はこれからのことに思いを馳せ……不安で揺れていた。


 セリアの瞳に映る私は……カーテンを閉め切った薄く照らされた暗い室内も相まってか――ひどく陰のある笑みを浮かべていた。



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