第四十三話 雪化粧
眼を覚ましたとき、私の視界に入ったのは眼元に涙を浮かべ、不安そうにこちらをみる黒髪ロングの少女――その少女の涙の雫が落ち、私の頬を濡らした。
「お姉さま!!」とまるで愛する人が死の淵から舞い戻ったような喜びを体現するように、その少女は大声をあげる。
だからだろう……耳元に叫ばれたのに――不快に思わなかったのは、
その少女は――漆黒の髪を腰まで伸ばしており、頭からは丸まった角が二本伸びている。
目は切れ長で身長は私よりも少し低いくらいだ。
骸骨の首輪、紫色のビキニのような服に黒いマント――魔王の娘であるエクセリア……略してセリアだ。
(「魔王は死んだ……なら、魔王の娘という称号はなんか違う気がする」と思考が回らず益もないことを考えてしまう。
「ご、ご無事でよかったですぅ……」とセリアは鼻を真っ赤にして頬を若干はらし、私の安否が無事だったことを喜んでいる。
でも、なにか――違和感を感じる。
何故だろう?
私はセリアから視線を外し、辺りをみる。
私はどうやら、セリアに膝枕をされており、辺りはしんしんと雪が降っている。
降り始めなのだろう――木々や地面にはうっすらとした雪化粧がほどこされたばかりのようだ。
北にある魔の大地のどこかだろうことは予想がつく。 ゲーム上では、魔王討伐イベントのみ北の方の大地にいけるのだ。
(「来たときは、雪なんて振ってなかったのだけどね」
いままで雪の存在に気づかなかったのはセリアが雪避けになってくれていたためだろう。
だから、セリアの髪や背中には雪がこれまたうっすらと積もっている。
(「えーと、確か私は――ミレットとして”弟に真実を話して『あなたのために帝都を滅ぼした』むねを伝えたはず”……ふふふ、楽しみね。
勇者カインが私を滅ぼしに来てくれることも楽しみだけど――あの甘えたがりの弟が奮起して私の破滅にどう彩を演出してくれるか……まあ、これは程々(ほどほど)の期待ということにしましょう」
ふと気づく、私の視界からみえる雪景色がまるで乗り物にでも乗っているように動いているのだ。
私が下をみやると、汚れたピンク色の皮膚がみえる――それと今ここにいるのはセリア。
(「ということは、七つの大罪が一つ――豚の化け物を乗り物代わりにしているのね」
体長10mほどの豚の化け物が乗り物か……これなら、盗賊にも魔物にも襲われにくいわね。
(「そうそう、それから屋敷を出た私は興が乗って、魔王復活の触媒のセリアを拉致して、魔王に戦いを挑んだのよね――まあ、なかなかに楽しめたわね。
死線をかいくぐる感覚は甘美だった……まあ、戦いだけがそうじゃないのだけどね」
だからか――セリアに”違和感”を感じた。
滅びの美学として――男なら戦いの中でのみ感じる輩もいるだろう。
ちょっと違うが、それを人は戦闘狂と呼ぶ。
謀略や果ては痴情のもつれによる滅びも、私は等しく破滅願望を抱く者として受け入れる心積もりだ。
だから解せない――何故セリアは私に復讐しないのか?
魔王との戦いで消耗している今が私を殺したり、利用したりする絶好のチャンスだ。
切った張っただけがこの殺伐な世界を生きる手段ではない――卑怯なことだろうと自分に利することをするのは、特に魔族という種族にとっては当たり前のことだろう。
だから、私は声にあげる。
自分が好調になるまで様子見する?
そんな選択――盲打ちとしての私にありはしなかった。
「ねぇ、セリア……」
「はい、なんですか? 考え事はもうよろしいのですか?」と瞬時にセリアが私の呼びかけにこたえる。
どうやら、私が長考していたから黙っていたようだ。
どこかの忠犬のようだ。
「今がチャンスよ……私を殺さないの? 憎くないの?」
「え?」と鳩が豆鉄砲をくらったような顔をするセリア。
(「何その……想定外みたいな反応は――」
魔王復活の触媒として衰弱させられ、あまつさえその存在を無視するような――つまりは死んでも構わないような戦いに巻き込まれたのだ。
恨みつらみがあって当然だろう。
一瞬思考停止していたセリアだったが、
「全然!! これっぽっちもそんなこと考えていません!!」と大声をあげた。
「……うるさい」と回答がつまらなかったこともあり、私が本音をいう。
「も、申し訳ありません」としゅんとした様子でセリアが押し黙る。
(「ゲームでもチョロインだったかしら――要は一度忠誠を誓った相手には死ぬまでついていくという……そういうノリかしら」
まあ、戦国時代とか、聖戦とかの漫画のキャラにはそういうの出てくるわよね。
ならどうするか――まあ、セリアが今襲い掛かって来ても、出来る限りのことはするつもりだった。
まあ、身体がだるくて頭もあまりまわらないし、それに”大罪の力も数日は使えない”かもしれない。
(「魔王に勇者の奥義使うために瀕死の状態にしたしね」
まあ、魔王に対する奥義四連発のからくりは私と繋がっている大罪三体を瀕死な状態にして放ったからだ。
副作用として瀕死にした大罪の能力が使えなくなるようだ。
思考がそれた――不安そうにセリアは私の顔を覗きこんでいる。
「好きにしなさい――いままで通りついてくるなら、またセリアのことを利用するからね?」
と好き勝手なことをわたしはのたまう。
「……はい」と大きな声でなかったが、まるで何かをかみしめるようにセリアがこたえる。
(「まあ、こういうノリも冷静に考えると面白いか――なにせ私は全ての物語を愛しているのだから」とセリアの膝枕されたままの私は自分の顔をセリアの腹にうずめる。
「ひゃぁっ!」といいながらも文句など言わないセリア。
私は肉付きよくはないが温かいセリアのお腹をゆたんぽ代わりにして――また眠りにつくのだった。




