第三十九話 弟
「えー、これからミレットさんの懺悔をはじめます〜」
「…………」
私は無言のままとある教会の懺悔室を教会の神父に無理をいって頼んだマチルダに連れていかれて、セーリアの女神像と窓をさまざまな色のステンドグラスによって彩られた狭い部屋に存在した。
ちなみにミレットの姿である。
カイン姿の私はレティたちと合流を果たしたのだが――何故かマチルダに悩みがあるでしょうと決め付けられ、連れて来られたのだ。
(「はぁ、それで拒否できないところが……私は大分キテイルわね」と自分らしくない有様に内心溜息をつく。
「えーと、どーんとわたしに相談してください〜。お願いします〜」と頭を下げるマチルダ。
なんか違う――これ懺悔じゃないし、「これ邪魔ですね」と相談者と懺悔を聞くもののカーテンを取り払われるし、おかしい。
「くふふっはっはあはははあははは!!」と私は今までの鬱憤を果たすように大声で笑う。
「え? え? え?」と頭に多数のはてなマークを置き去りにし、懺悔室が出ようとする私をマチルダが止めようとする。
「ま、待ってください〜わぷっ」と急に止まった私の背中にマチルダは鼻からぶつかり、痛そうにする。
「いひゃいですぅー」と涙目のマチルダに告げる。
「ちょっと数日ばかり出かけてくる……まあ、感謝してあげる」
まるでツンデレのごとき反応が虚言癖から出て、このときばかりは仕事するなと思ってしまった。
教会を歩く私の背中には、
「いってらっしゃーい! がんばってくださーい」というマチルダの声が聞こえた。
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「帰ってきたわね」とミレットとして永年過ごした屋敷の玄関前に立つ。
屋敷を守っていたガーファイナスの衛兵は怠惰の能力で眠ってもらっている。
私はまるで何十年も帰ってない古里への帰郷のごとく、いいようのない感情の元、扉を開き、中に入る。
時間は夜中、相変わらず、夜は見慣れた調度品の類を不気味なものに演出する。
私はまっすぐに弟の部屋――レイズ・ガーファイナスの部屋を目指す。
(「ああ、会って私は何をいいたいのだろうか――」
この身を物語の最期に滅ぼしたいという一心で過ごしたこの数ヶ月間、まだ道半ばである私の覇道――そのためには畜生に落ちても構わないと思うし、そこに忌避感はない。
なのに、大量虐殺をした自分への忌避感が一瞬でもあったのは――意外だった。
(「どんなに下等であってもまた、わたしも人だということなのでしょうね」
全ては――心さえも所詮うつりゆくもの、でも決して”最初に抱いた自らの破滅”は放棄しない。
そんな益もあるか分からない――弱気な自分のまま、弟の部屋にたどりついた。
――こんこんとドアを叩くが……中からはなんらリアクションはありはしない。
私は数十秒ほど待って無言でドアを開ける。
そこにはベットの上で、体を毛布に包まりながら、私と同じ銀髪でいわゆる坊ちゃんカットの端麗な美少年が私と同じ蒼い双眸で窓からみえる月をみていた。
「レイズ……また、月をみていたのね。そろそろ夕食の時間よ」とまるで定型句のようにそんな言葉が私から漏れ出す。
「ね、ねえさん」と先程まで月に魅入られていた少年がこちらをみる。
私は――ただ黙って後ろから弟を抱きしめた。
(「そういえば、人攫いにあってからまともに弟と言葉を交わしたことがあっただろうか――」
無意識に男である弟を避けていたのかもしれない。
「……俺を迎いに来てくれたのですか?」とどこか心あらずの様子で聞いてくる。
ああ、やめてほしい。
本当にやめてほしい。
「そうだと言ったらどうします?」と心身喪失中の弟に問いただす。
「……そうだったらいいなと少し疲れました」
この弟をみていると何かを思い出してくる――これは一体なんだ?
記憶にない――――でも、体が勝手に動き、私はその両手で弟の首を絞めていた。
「うぐぐっ」と弟の眼に力が蘇り、あまつさえ抵抗しようとする。
――私はその様をみてなんとか自分を自制し、両手を離す。
「ごほっごほっ」と咳き込む弟に告げる。
「なんて可哀相な無知蒙昧なのかしら?
ねぇ、件のノーライフ・クィーンは誰が呼び起こしたと思う?」
「え?」
「私よ――私、つまらない実につまらない。あなたには失望する。
もっと私を楽しませてよ――あなたが苦しむさまがみたくてやったのだから」
私は自らの意思で狂言回しを演じる。
弟の表情に感情がともる――それは憤怒だろうか。嘆きだろうか。
月明かりしかないこの部屋は暗くて明確な判別がつかない。
「もっと苦しんで私を楽しませてよ――とりあえず、今宵はお暇するわ」と言い、窓ガラスに体当たりをして割って外に飛び出る!!
「まっ!」という声が聞こえるが気にしない。
三階から落ち、ちょうど池の中にどばん!!と落ちる。
ガラスによって切ったのか手で顔を拭うと手には血がついた。
「くくく、きゃはあははあはははははははははは」
おかしくてたまらない。
きゃあはははっはははあははっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
あー、教えて欲しい。私はどうしてしまったのだろう。
自分がわからない。
最高なる破滅をよこせ。
まだ舞台は整わないのか――そんな感情に私は支配された。




