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第三十七話 魔道書


 特に道中、混乱――と言えば、帝都のありさまに戦々恐々とする人々と出くわしたくらいでさして問題もなく、エミリアが住まう屋敷の離れに私は来ていた。


 時間は昼時を越えたくらいで、だからだろう。

 木に吊るしてあったハンモックでお昼寝をしているエミリアに出くわしたのは――。


(「ふふ、どうにも――気勢ががれるわね」と若干諦め気味にエミリアに近づく。


「エミリア。時期的に外で寝ていると風邪を引くわよ」と毛布のたぐいを全くしていないエミリアを手で揺すって起こそうとする。


「う、うーん」とくりっとした眼を見開き、エミリアは

「あれー。ミレットちゃんどうしたの? 遊びに来てくれたのかな?」とのんきそうにその天真爛漫てんしんらんまんな笑顔をのそかせる。


「ええ、そのとおりよ。それより私のことで何か言われなかったかしら?」と聞くと、


「えーと、ミレットちゃんが死んだって聞いたけど。わたしは信じてなかったよ。

 だって、わたしがみたわけじゃないし」とある意味核心的なことを言った。


(「馬鹿はある意味……あなどれないかもしれない」と認識を改めるのだった。






「ミレットちゃーん。これくらいでいいのかな?」と私たちが作る砂のお城に井戸からんできた水が入ったおけから水を両手ですくったエミリアは――水を大量にかけ、城が崩れてしまった。


「ちょっとかけすぎよ。これで何回よ」とある意味毛皮の装備をしていてよかったなと思った私はエミリアと二人で砂遊びに興じていた。

 砂というよりもスコップで土を掘り起こしてなんとか体裁を整えているだけで、なんとも上手くいかないが私たちが楽しめればいいのでさして問題はなかった。


「えへへ。今度は大丈夫だよ」と水のかけすぎでぐちゃぐちゃになってしまった土をこねくりまわしてお城を作るエミリア。

 いつも以上に上機嫌で”ふっふーっ”と陽気な鼻歌まじりに精力的に砂遊びをする。


(「よく考えれば――エミリアには私とスカーレットと遊ぶときでさえ窮屈きゅうくつな思いをさせてしまったのかもしれない」といまさらながらに後悔がよぎる。


 こんな砂遊びをしようと気になったのは天王寺菫の感覚があるからに他ならない。

 ミレット・ガーファイナスの視点ではこんなことをする意味を見出せず、いたずらに「不毛なことはおよしなさいな」とエミリアを軽く注意していたことだろう。


 まあ、ミレット・ガーファイナスとしてもエミリアが喜ぶさまは好きなので、こんな笑顔がみれると知っていれば、砂遊びなどの遊戯に興じるのも悪くないと思っただろうことは想像にかたくない。


 顔の至るところに跳ねた泥をつけながら「あーあ、これでスカーレットちゃんもいればよかったのに……」と心底残念そうな――いや、スカーレットが可哀相だというエミリア独自の価値観が如実に出ている気がする。


「……本当にそうね」


 なんでだろう……本当にもっとこういうことをしてればよかったとつくづく思う。

 真にスカーレットを含めた3人で遊ぶなんてことはこの先訪れないだろうことはわかっている。


 私はもう止まれないのだ。


 私はもうミレット・ガーファイナスというだけの存在ではなく、されど天王寺菫だけというわけではない。

 破滅願望そして虚言癖を持った狂人。


 しばし、泥だらけになり砂遊びならぬ、泥遊びに時間を費やし、ミレットには存在しえなかった童心にかえるのだった。

 


 時よとまれ。時よとまれ。と願いつつ、この愛すべき馬鹿がこれからもこんな笑顔をしてくれることを願わずにはいられなかった。



 





 遊び疲れて眠そうにしているエミリアを離れの屋敷に連れて行く前に水浴びをさせ、エリッダ家のメイドに「自分たちがやりますので」と言われたげんを固辞し、服を着替えさせた私はエミリアのぬいぐるみだらけの部屋のベットに寝かしつけた。


――私の蒼い双眸に青色の光がうっすらとともる――


 相も変わらず、自分勝手で独りよがりな怠惰の能力を使い――ミレットを忘却の彼方においやる夢をエミリアにみせていた。

 そしてエミリアの意中にあるとある人物についても――そしてその感情はカインへと向けさせる。

 彼女がどういう表情するのかはみたくなかったのですぐさま部屋から出て行こうとすると、勝手にドアが開き、そこには知的そうな少年がいた。



「ミレットさん。ご無事だったのですね」とエミリアと違い年齢相応でエミリアより少し背が高いくらいで鼻の辺りにはそばかすがあり、愛嬌の笑みをこちらに向けている。

 エミリアと同じ緑髪の短髪は彼をエミリアの親族と思わせる。


――カーサル・エリッダ、いないはずのエミリアの弟である。






 エミリアが悪役令嬢とゲーム上で呼ばれる由来は彼女がいつも見つけているクマのポーチの中にある。

 別にクマが問題でくまったわけではないのだが――その中に存在する魔道書グリモアが原因である。

 この魔道書は持ち主のあらゆる願いをかなえてくれるもの――一種の願望器で一見すると無害なものように感じられるが、それ相応なりの代償がある。

 願いに応じて持ち主の寿命を削るのだ。

 そして真に願ったものしか叶えなく、それを拒否することができないというおまけつきだ。

 なので、怠惰の夢で真に何かを願わないようにエミリアにはストッパーをかけておいたが――どこまで通用するかは未知数である。


(「難点としては魔道書自体を破棄はできないということね」


 魔道書は焼こうが遠くに捨てようが持ち主の元に戻ってくる呪われたアイテムだと、ゲームの辞書機能には載っていた。

 そして、願った願いを具現化しつづけるのは結局は命を削ってしまう。



 よって、カーサルにその辺りの事情を話し、屋敷から少し離れた森林地帯に連れてきた。



「悪いわね。カーサル。あなたには面識があるし、私にとっても弟みたいなものだけど――」


「いえ、構いませんよ。それでお姉さまが助かるなら本望です」とその年で至れないような達観したものの見方を示す。



「……大人過ぎるわね。それは弟として姉を想う気持ちなの?」とついつい疑問をていしてしまう。


「いえ、僕は女性としてお姉さまが好きなんです」


「え?」と素で驚いてしまう。


 あのエミリアを好きな男がいるなんて――しかも、エミリアが作り上げた弟。


「勘違いしないでくださいね。お姉さまにそんな倒錯とうさくした趣味はないでしょうし……これは生まれ落ちて自らはぐくんだ気持ちです」と左手で胸を押さえながらそんなことをのたまう。


「……強い男ね。れてしまいそうだわ」


「ご冗談を……」とはかない笑みを浮かべるカーサル。


「いまさらだけど――そのことは告げなくいいの?」


「ええ……でも、一つだけ。姉を――僕が愛した人をよろしくお願いします」とカーサルは頭を下げる。


 私は――そんな少年の首を円月刀で……切り落とす。


 少年の首は地面に落ちる前に、まるで陽炎かげろうのように消え、その体も同じく消えてしまう。


 日が落ち出し、夕日が漏れる森林地帯をとぼとぼと私は歩き、


「任されたわ……」と幻想に消えたものに告げるのだった。



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