第三十六話 愛すべき馬鹿
結果からして無理やりであるが、私の単独行動はごり押しして承認された。
(「まあ、道中で示した私とレティたちとの力の差は歴然としていたしね」
ぐうの音も出ないとはこのことだろう。
レティたちには帝都から離れたところでレベル上げをしてもらっている。
それに魔力眼をレティのアホ毛に縛り付けておいたので状況把握は一方的にだができる。
(「でも、この魔力眼って覗き放題よね……」
私が男でなくてよかったわね……とレティたちにいいたくなる。
私が向かうのはエリッダ男爵領――エミリアの元だ。
レティやエミリアのときのように彼女にミレットとして一方的な別離を施すためだ。
私にとっての――ミレットにとってのエミリア・エリッダという存在は”対等”な存在だ。
すぐに癇癪を起こすは、感情を制御しきれずに暴走することもしばしば。
たまに会うスカーレットと私はエミリアという愛すべき馬鹿に翻弄されるのを楽しんでいた節がある。
どうして私がエミリアをスカーレットと同様特別に思うかは今までの積み重ねもあるけど――
(「あの出来事に象徴されるのかもしれないわね――」と愛すべき馬鹿との思い出をしばし思い返すのだった。
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わたくしは荒んでいた――いつもは子犬のようにじゃれついてくる弟でさえも邪険に扱い、両親が利用価値のなくなったわたくしをほうっておいてくれたのは唯一の救いであった。
家中の者には誰も私の私室であるこの部屋には通すなと告げている。
趣味で描いた私のこの屋敷の絵画も真っ二つとなり床に転がり、羽毛布団は破れ、その羽を床に散らばっている。ドレスや部屋着もまるで盗賊などに家探しをされたかのように床にちらばったり、タンスから無造作に飛び出たりしている。
「な、なんでわたくしこんな目に……」
いくら拭おうともこの涙は止まってくれない。
いや、止まろうとも真の意味でわたくしの涙は――悲しみは収まることはないのだ。
――人攫いに会い、陵辱の限りを尽くされた――
齢10を超えぬこの身に――どうしてこんな災禍が降り注いだのか。
セーリアさまの試練だとしてもあまりにもむごい。
わたしくしの心はばらばらになりそうで、これからの生になんら展望も描けない。
『命だけは無事でよかった』などという我が屋敷の執事のなんとも本質を理解しない言葉を思い返す。
(「ふふふ、女という生き物を理解できない執事ですね――ですから夫婦仲が悪いのでしょう」と薄ら寒いものが私の身からあふれてくる。
寒い、凍えてしまう。
こんな生から逃げ出したくなる。
いっそのこと――
「こ、困ります。ミレットお嬢様より通すなと――あっ」といううちのメイドの声がドアの前から聞こえた思ったら、次の瞬間ドアが開く。
「やっほー。ミレットちゃん、遊びにきたよ♪」と緑髪のふわふわヘヤーが肩までかかっており、くりっとした目に茶色の瞳、クマのポーチをしている小学校低学年だろう少女が入ってきたのだ。今日も今日とて服装もピンクのドレスのモコモコしたもので少女の愛くるしさを表現している。
「エミリア……」
いつもは小言を言って――されど直る見込みのないエミリアに嘆息するのだが、今はそんな親友に構っていられない。
「出て行って……エミリア。あなたと遊んでいる気分じゃないの」という私の言をものともせず、エミリアは床に座っているわたくしに近づき、「ねぇねぇ、そんなこと言わずに遊ぼうよー」とわたくしの手をとろうとする。
――ぱしっとわたくしは無意識にその手を叩いて拒絶する。
「わたくしに触れないで!! あなたみたいなお子様にはわからないでしょう!! 愛すべき殿方にではなく、純潔を奪われたわたくしの気持ちなど!!」
「純潔?」と叩かれた手などさして気にせずにエミリアは疑問を口にする。
「あなた……突っ立ってないでお客人にお帰り頂きなさい」とドアの向こうにいるメイドに命じる。
「は、はい。エリッダ男爵令嬢さま。ささっ、こちらへと」とメイドは部屋に入り、緊張した面持ちでエミリアを部屋から出て行くようにうながす。
愚図ると思われたエミリアは意外なことにその指示に従い、わたくしの部屋から退去する。
メイドが「失礼します」と閉じたドアみつつ、
(「あの子にも最低限の機微を察することができたのね――」と安堵する一方、どこか親友にも見捨てられたようなちぐはぐな感想を抱いてしまった。
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それから一刻も経たずに――「ミレットちゃーん!!」とエミリアのキンキン声がしたかと思ったら、ドアが”ばん!!”と開かれる。
いや、一刻も経ってないのかもしれない。
わたくしにとって時間はただただ長く感じるうっとしいものに様変わりにしているのだから。
面倒になったわたくしはエミリアをいないものと考え、ただ空虚にその場にあった。
激情さえもおきざりにし、どうでもよくなってしまったのだ。
少し――疲れてしまった。
生きることにも、命を絶とうとすることにも――、
「ねぇねぇ。ミレットちゃん。
あのね……わたしもミレットちゃんと同じになったよ。
だから仲間外れにしないでほしいな」とわたくしの乱れたネグリジェを両手で立ったまま引っ張るエミリア。
わたくしの視線がエミリアの太ももに向かい、そこには――何筋もの血の跡があった。
え? これって?
「エ、エミリア……怪我でもしたの? 家の者にみせてきなさいな」とどこか震えた声をわたくしは出していた。
「違うよー。痛かったけど、これでミレットちゃんと同じだね。
だから、遊ぼうよー」というエミリアの眼にうっすらと涙の跡が残っていた。
「あ、あなた……まさか――」
わたくしは最悪の想像にいきつき――血の原因を確認する。
「恥ずかしいよー。ミレットちゃん」というエミリアの言葉など頭に入らなかった。
「馬鹿……なんであなたは――」
わたくしは感極まってしまい、この愛すべき馬鹿を抱きしめてしまった。
「もう、馬鹿っていうほうが馬鹿なんですー。
でも、ミレットちゃんは温かいから馬鹿じゃないよ」とよくわからないことをエミリアがいい、目を細め、私を抱きしめかえす。
しばし、私たちは抱きしめあっていた。
エミリアの出血のことを思い出したわたくしは慌ててメイドを呼んだときには以前のわたくしだったような気がした。




