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第三十五話 先代


 ミレットたちが去り、幾日か経った帝都は日中は無人のゴーストタウンである。

 たまに訪れる廃墟漁りや帝都近くの領地で情報通な我欲が強い貴族の軍・いろいろなしがらみで他の貴族から大義名分の元に送られた貴族軍は一つの例外もなく、アンデットモンスターの仲間入りを果たした。

 そのおかげか――生き物の命を奪う死霊の女王ノーライフクィーンの領域は帝都を超え、少しずつ拡大していった。

 奪った命数がノーライフ・クィーンの力の増大になっているのは哀れな生贄となった貴族の状況を知った上位の貴族たちの間では有力視される見方となっており、聖女なき帝国には死の女王の存在は重くのしかかることとなった。




 帝国の王城……謁見の間では王冠をかぶったガイコツが座っている。


 そう――忘れられた皇帝その人である。





 ノーライフ・クィーンは謁見の間などではなく、ミレットが訪れた封印の間にその姿があった。

 せっかく自由を得たというのに、封印の間の椅子に座ったまま動こうとしない。


 彼女にはいくらでも眼となり耳となり体となってくれるアンデットモンスターがいるおかげで、実験の検証などに事欠ことかかなかったようだ。


 実験がひと段落ついたのか、骸骨の身体の上半身をみじろぎして、


『封印されている間に組んだ術式は綻びもなく上手くはまったみたいだね』と独りがつぶやく。


 死者が増え、自分の実験の披検体にはことかかないようでアンナローゼはただ端的にその事実を再確認する。

 目にともった蒼い炎とガイコツの体では表情などはうかがい知ることはできないが――

 生前の彼女を知る者はただただその膨大な知識の再確認、そして誰も当たり前に思う事象の裏づけをする彼女にとっての未知を既知に変える作業に感慨のようなものを感じられず、天王寺菫の世界の機械のような印象をもたらすだろう。


『僕の先代が確か……』


 これはアンナローゼには実際には経験がないが既知であり、未知――先代の記憶が彼女の中で眠る無貌むぼうな闇の中から浮かび上がる。



〜・〜・〜・〜・〜・〜・



 これはアンナローゼの中に眠る先代の話。

 そも大魔道の記憶とはあらゆるこの世界の魔道に精通しているものであって、自らを死霊共の主とし生きたしかばねとなる死霊の女王ノーライフ・クィーンは一つの解にしか過ぎない。

 代を重ねるごとに増える生まれてから死ぬまでのそれまでの大魔道たちの記憶は――記憶を引き継いで生まれた者の性格を歪ませ、変に人生観を老成させてしまう。

 要は狂人ないしは変人として――一般の人間が目を覆うような人間になってしまうということだ。


 これはそれにあらがった一人の男の話である。




「よーし、今日も頑張るぞー」と掘っ建て小屋の入り口に『どんな怪我・病気治します!!』という小さな板のようなものをつるし、朝日を浴びながら背伸びをする男がいる。


 彼はマクレインという名の青年で清潔感のある白衣に、黒縁眼鏡くろぶちめがね、頬は多少こけているがいつもニコニコしており、彼の柔和そうな人柄が出ている。背は175cmほどの優男やさおとこである。


 都会の片隅でいつものように安価で治療をし、貧しい者たちの味方であるその証拠に――



「先生、いつもありがとうー」と子供にお礼を言われ、


「腰痛がおさまりましたじゃー」と老人からは感謝され、


「他ではさじを投げられたときに――私がこうして生きているのは先生のお陰です」とある女性には崇拝の域にまで至る者さえいる。


 曰く聖人君子、曰くどんな病も治す天からの御使みつかいとこの小さなコミュニティの中で称されている。

 彼マクレインは今人生の中で絶頂期におり、そんな自分に誇りを持っていた。

 大魔道の知識ありきのその善行だったが――彼の先代が自我を失い、その力にほんろうされた最期さいごを迎え、それまでの大魔道を引き継いだ者達も大なり小なり狂っていたこともかんがみてもこの男は生まれ持ってのある種の器があったといえるだろう。


 しかし、そんな彼の栄華えいがも――いや、彼にとっての栄華は終わりを迎えることになる。

 彼がとある患者の診察を行うため別の区画に赴いていたとき、胸をおさえて苦しむ貴族をみつけてしまい、その病をあっさり治してしまったことに起因する。

 それからは貴族から果ては隣国の者まで彼の小さな治療院に患者が殺到してしまったのだ。

 無論、助けられた貴族が奇跡の御業みわざを吹聴してしまったからだ。


 朝から晩までひっきりなしに来る患者たちにさすがの彼も疲労困憊ひろうこんぱいとなり、持ち前の明るさもかげりがみえるようになってきた。

 貴族の専属のお抱え治癒術士としての話もあったがそういう誘いは断り、かたくなにこの小さな掘っ立て小屋で治療しつづけることを望んだ。

 今までの大魔道の記憶たちがろくなものにならないと教えてくれたのもあっただろう。

 それにじきに嵐がおさまり、前のように両手数えるほどの患者たちに感謝される日々が戻ってくることを夢想していたのかもしれない。

 だが、マクレインの期待通りに嵐はおさまることなく、むしろ風は強くなるばかりだった。


 だからだろう――彼の治療院の近くに住んでいる5、6歳ほどの男の子が両親をともなって治療院の扉を叩くのを、たまたま外に出てたマクレインが物陰に隠れてやり過ごしたのは――


(「多少咳き込んでいるが――単なる風邪だろう。明日見てあげればいいな」と3人が帰るのを待ってからマクレインは自分の寝室に向かい、泥のように眠るのだった。





「あ、あ、あ、あ」


 マクレインは人間の言葉を忘れたかのように、その事実に打ちのめさせられていた。


 いつものように治療院を開こうとして彼の目に入ったのは昨日の男の子の両親が運ばれていくひつぎのそばで恥も外聞なしに泣き続ける姿だった。


 棺の中は昨日の少年だろうということはマクレインには予想がついた。

 死者は治すことができないことに絶望し、彼は他の大魔道を継いだ者達と同じように狂ってしまった。


 別に凶行に及んだことはなく、寝る間も惜しんで病の者を探し出し、狂ったように治していったのだ。

 でも、どんなに治しても彼の心は安寧を取り戻すことなく――マクレインは過労のため、この世を去った。

 結局は他の大魔道を引き継いだ者達の後塵こうじんを踏むことになってしまった――


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