第二十九話 スカーレット
私は無人の王城内の廊下を早足で走破し、スカーレットのいる部屋を目指す。
私が誰にも会わないのには訳がある。
近衛騎士団長と戦ったときに使った”嫉妬”の無色透明の魔力眼を私が通ろうと思っているルートに配置し、巡回している兵を避けているからだ。
よって、私の視界のあちこちには王城の廊下の映像が映っているありさまだ。
(「まるで監視カメラみたいね……」と思いながら、先を目指す。
素人でも問題なく、ある意味優雅な侵入劇だ……それに公爵令嬢としての知識が王城含め貴族の屋敷の内部は人力で警戒するのが主になっているのを知っているため、このような形をとることにした。
(「でも、大罪の力をいくら使ってもばれないのは意外だったわね……」と貴族の屋敷と違って調度品の類がない廊下を歩きながら、そんなことを思った。
帝国の王城の調度品は各部屋のみに置く事が義務付けられている。
きっと昔の王族か貴族に無茶をした輩がいたのだろう……というのが専らな見方だ。
(「大罪はそれだけ特殊なのでしょうね……なんといっても魔王の一部であるセリアの主戦力な訳だし」
そうこうする間にスカーレットがいる部屋の前についた。
私は魔力眼で周りに人がいないことを確認してから”がんがん”と大きめな音を立ててドアを叩きつつ、「スカーレット……私よ。開けてくれる?」とこれまた大きな声を出す。
(「まあ、さすがに中まで私の声は聞こえないでしょうけどね」
”がたん!!”という音が部屋からしたかと思うと、勢いよくドアが開かれる。
「ミ、ミレット!!」とその碧眼の瞳を真っ赤充血させ、頬に涙の跡が残し、セピア色のネグリジェ姿のスカーレットが部屋を飛び出てきた。
「ゆ、夢……なのかしら?」と私の前ではいつも男口調であることも忘れ、その心地よい子犬を思わせる声な明朗な声を聞かせてくれる。
「別にどっちだっていいのではないかしら? 現実こそ夢、夢こそ真という言葉もあるそうよ?」
「そ、そうねっ!!」とスカーレットが両手を広げて私に抱きついてくる。
スカーレットの体温が伝わってくる……「夢なら醒めないで……私ミレットがいない世界なんて……嫌なの」と枯れたはずなのに、まだスカーレットの眼から雫がこぼれ出る。
「……スカーレット、ちょっと臭いわよ」と言う私の言は届きそうにない。
(「女の子なのに……全く、でも……嬉しいと思ってしまうわね」
私を構成しているものがミレットだけなら一緒に号泣していただろう。
今の私の気持ちは嬉しさと気恥ずかしさ、そして物語でもみているような第三者視点で自分をみているようなものでごちゃまぜだ。
だから私は――
(「スカーレットが……私をどう思っているのかわかってしまった」
私はスカーレットに抱きしめられ、王城を巡回している兵士にみつからないことを祈りながら――とあるエピソードを思い出していた。
私がスカーレットに初めて会ったのは八歳の時で。
両親にお城に連れていかれ、子供だけのお遊戯会という後の社交界の訓練の場として設けられた催しに参加していたときだった。
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「おまえは俺の嫁になること!! いいな!!」
私はいきなり同い年の第三王女さまにそんなことを言われた。
どうやら一目ぼれらしい……困った……お父様からは王女さまには特に粗相がない様に言われているのに――
「……おたわむれを、お友達からはどうでしょうか?」と言ってから私は後悔した。
仮にも王女様にお友達なんて恐れ多い。
私はびくつきながらも王女様の顔色をのぞき見る。
王女さまはその両目の碧眼をぱちくりしながら、「そうだな!! 最初はそこからだよな!!」と嬉しそうにうんうん頷いてみせた。
そんな王女さまをみながら、私は――
(「せっかくきれいなのに髪を男の子ように短く切ってしまわれて、格好もラフな男の子の服装……私が王女さまをしゅくじょになるようにみちびかなきゃ」ときずなを結べた私はそのような決意を新たにしたのだった。
そしてこの後――私は第四王女と出会うことになる
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「ひ、ひどいぞ〜。俺だって女なのに臭うなんて」とスカーレットは私の前でネグリジェを脱ぎ、ベットの上に座って裸身をさらけ出している。
「はいはい。腕あげて」と寝汗を拭くための水瓶から水を絞ったタオルで力を込めず丁寧にスカーレットの玉の肌を拭いて清潔にしていく。
「うひゃあ、冷たいな」と言いぶるっとするスカーレット。
確かに今宵は寒いので素早く済ませてしまおう。
(「それにしても、男言葉になって調子づいてきたわね」と内心苦笑してしまう。
初めてあったとき、男みたいな王女さまを更正させようと奮闘した私だったが……ついに私とエミリアの前だけは男言葉で話すことは止められなかった。
「はい、これでおしまいよ」と言ってからタオルをじゃぶじゃぶ洗い、水瓶の入り口に置く。
「さんきゅー」と言いながらネグリジェを着始めるスカーレット。
「…………」
死霊の女王アンナローゼに会いに行くならはやいほうがいいだろう。
でも、ミレットとしてスカーレットには応えないといけない。
「ねぇ、スカーレット」
「どうかしたか?」と相変わらず声と合わない言葉遣いで私の問いかけに答えてくれる。
きっとこの言葉遣いは女らしくなってしまった彼女の唯一の抵抗なんだろう。
「私のことまだ好きかな?」
「…………好きだ。もちろん、親友としてな」とどこか煮えきれない態度とりながらも明るい調子でスカーレットは答える。
「本当のことをこたえて」と言いながら、色欲の力を軽く使う。
――私の蒼い双眸に薄い桃色の光が宿る――
どこか夢心地のような表情をしたスカーレットがいきなり私をベットに押し倒した。
「好きに!! 好きに決まっているだろう……女としてミレットが好きだ!!」と情熱的な愛の告白をしてくれる。
(「全く私は度し難いわね……ひどく歪んでいる。でも――」
「本当は言わないはずだったのに……」と私の返事を恐れるかのように、先程返事に後悔した表情を浮かべるスカーレットに私は告げる。
「人攫いに暴行された私でよければ……」と毛皮の防具を器用にはずし、上半身はインナーような服になる。
「そんなの関係ない……ミレットは綺麗だ」
(「本当に……なんでスカーレットは男じゃないのかしら。ミレットとしての私はそれさえなければ――」
そしてスカーレットは私に覆いかぶさるようにキスを交わし――野獣となった。
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「時間を喰い過ぎたわね……」と身支度を整えた私は部屋から出て行くスカーレットの後姿を見送った。
スカーレットにもレティにしたようなミレットという存在を夢の彼方にやり、偶然出会ったカインの言に乗って旅に行くというちょっと強引な夢をみせた。
夢の最後は何故か夜中に宿の裏手に集合という摩訶不思議な約束をしたことにした。
あとは、セリアに金髪ポニーテールの第三王女を保護するように頼んでおいたので大丈夫だろう。
また、王城から抜け出す常習犯であるスカーレットが宿に向かうことは特に心配していない。
(「それにしても、仕方ないとはいえ。カイン次第でカインのハーレムが完成してしまうわね」と内心苦笑する。
でも、それでスカーレットが幸せになるならそれでいいと思う。
私の真実を知れば――彼女は私の破滅への旅路について来かねない。
(「私への恋心はカインへと――全くもって鬼畜な所業ね」
私はスカーレットの首にかけられていた翡翠の宝石がついたネックレスを自分の首にかけ、第四王女の元に向かうのだった。
ここであったことは乱れたベットとそれを照らした満月のみが知っている。




