表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/49

第二話 ひまわり

 

 合魔の指輪を手に入れた翌日、私は自分を乗せた豪奢な馬車を奴隷商の館に向かわせた。”とある件”で主に貴族同士の結びつきを強くするために通う帝都の学院にも通わず、自由の身の私は公爵家が開く年に一度の自分の誕生会以外社交の場に出席する義務は――いえ、むしろされても困るだろうから。この状況を存分に利用しようと思う。地球式でいえば、”ニートといえるだろう。まあ、常時20人はいるメイドたちが服を着せたり、身の回りの世話や屋敷の清掃などをしてくれるのだから――”家事手伝い”にはなれそうにない。


 昨日は結局、部屋に戻る時に屋敷の警備員に会ってしまったがのらりくらりと誤魔化しすぐさま部屋に帰還することができた。ちなみに合魔の指輪があった部屋は部屋を出て少ししてから入り口が閉まってくれたので助かった。なんであの隠し部屋にあんなもの(合魔の指輪)があったかは不明だが……ゲームでもたまたま、あの時計の仕掛けに気づいたミレットが入手したしかわからなかった。おそらく公爵家の祖先の誰かが迷宮みたいなところで発見したのだろう。まあ、使えれば良いから気にしなくてもいいか。


 魔晶石については四つ中三つを信用できる使用人に売りに行かせている。お駄賃も多めに渡すと確約したら大喜びだった。まあ、持ち逃げする度胸はないだろうし、もし持ち逃げされたら私の見る眼がなかったのだろう。『お金を貸すならあげる気でいろ』の発展版だと思えば……少し違うか。


 その使用人にはその魔晶石を売ったお金である魔物を生け捕りにしろという依頼を冒険者ギルドに出しておくように頼んである。そちらもそつなくこなしてくれるとありがたいな――私が行くと大騒ぎになるだろうし、ああいう場所は絡まれるテンプレがあるからあまり行きたくない。今後も誰か代理で行かせよう。



「お嬢様、着きやした」と馬車を止め、でっぷりした40歳台ほどの御者が操車台と車内を繋ぐ引き戸を開け、私に声をかける。


「ご苦労様です。少ないですがこれはチップです」と銀貨一枚を握らせる。


「え? あ、ありがとうごぜえます」と御者は面食らったように受け取る。


(「意味がわかってないようね」と思いながら私は嘆息たんそくする。


「……ここで何を買ったのかは内密にするように、わかりましたね? お父様達にも聞かれるまで話してはいけませんよ」


「そ、そういことですかい。わかりやした」と慣れない笑顔浮かべる努力して御者はへこへこする。 


 まあ、彼も雇われ……お父様たちに言うなというのは酷なことだからね。ちなみに別に秘密にする必要はなかったりする――ただやりたかっただけだ。わかるでしょ? こういう意味深なやりとりがしたい気持ち……。


 ちなみにこの世界の貨幣は下から銭貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨の五種類である。下の貨幣十枚で上の貨幣一枚の価値がある。冒険者や貴族などを除いて一般市民は日常生活で銀貨くらいまでしか使わないだろう。



(「いけないいけない。どこか浮かれているようね」と別に気を引き締める必要はまだないのだけど、どこに重要なことが眠っているかはわからない。さて、物語をはじめましょうか。




 御者の男性に奴隷商の館にはついてこないように言い、単身入り口に立つ。


 入り口にはドアボーイが立っており、私の歩調に合わせタイミングよくドアを開けてくれる。

 この館は古くからあるので石作りに多少コケが生えているが、老舗だけあって商品の取り扱い随一らしい。現代日本の天王寺菫としては奴隷商と聞くと忌避感を多少感じるが、ミレットとしての感覚だと気にしないという感じだ。菫としても郷に入れば郷に従えという感じなので幾分平静でいられる。


 受付で待機するように待っていた指の全てに大きな色とりどりの宝石がはめられた指輪をした――いかにも奴隷商館の主という感じの男性が大仰な挨拶をした後「どのような奴隷をお望みでしょうか。ガーファイナス公爵令嬢さま」と私に聞き、私は「私と同年代ほどの女奴隷を見繕(みつくろ)ってくれる? 話相手が欲しいの」と頼むと、「かしこまりました」とこれまた大仰の仕草をし、近くに控えていた従業員に指示を出す。私はそのまま奴隷商館の主に応接間へと案内される。


 表向きのコンセプトは貴族のお嬢様が戯れに傍付きの話し相手になるメイドを欲しがっている感じだ。貴族に紹介して問題になるようなものはこの奴隷商人の責任になるから変な者は紹介しないだろうし。また、没落貴族の令嬢なんかも情報通であろうこの奴隷商人なら私に紹介しないだろう。さて、ここにいるはずのお目当てはすぐ見つかるかな。






 11人目の紹介でようやく本命の奴隷にたどりつけた。


 肩より少し伸ばした茶髪に茶色の瞳には活発そうな印象を与える目力めぢからを感じる。奴隷だというのに悲嘆にくれたところはなく、彼女を表現するにはひまわりがそのイメージに沿うだろう。惜しむらくは質素な貫頭衣かんとういのため、有象無象の雑草にみえてしまうところか……手入れをしなければ、輝かない花といったところね。


 ひまわり少女は年齢が私と二歳ほど下のはずなのにどことなく母性を感じる。まあ、彼女の年齢よりも大きな胸に男性諸氏は母性を感じるだろう。



「この子にするわ」と奴隷商館の主に即決のGOサインを出す。


「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします。ご主人様」と買われると思わなかったのか。びっくりしたように頭を下げる少女――彼女はレティシア。主人公の冒険の仲間に加わる人物であり、シナリオ上で主人公と恋仲になるヒロインだ。






 帰りの馬車に一緒に乗ったレティシアは私の隣で緊張しながらも笑顔を絶やさず座っている。


(「何も説明していないのによく笑顔でいれるものね」


 きっと生まれ持ったポジティブシンキングがそうさせていることはゲーム上の彼女を知っている私にはわかる。




 レティシアは孤児だ……後に聖女の娘だということが聖印イベントでわかるのだが――それはおいておいて。レティシアがいた孤児院が潰れそうになっていたところ、彼女は志願して奴隷となり資金を工面することを決意する。ファンタジーRPGのヒロインに相応しい善性を持った人物だ。


 彼女は主人公に会うまでには買い手がつかず、奴隷商人に違う町に運ばれている最中に、その奴隷商人は盗賊に襲われて殺され、レティシアの身柄も盗賊の手に渡ってしまう。そこで主人公がさっそうと登場して助け出して仲間になるというわけだ。端折はしょってるけど、だいたいこんな感じ。


 そして、彼女は孤児院に戻るがそこは流行病はやりやまいのせいで全員が亡くなっているという状況だった。この世界は治癒魔法でよほど特殊な病でなければ治すことができる。ただ、治療院の診療料は高く、スラムや孤児院などは全く手が出せない。この帝国には福利厚生なんてないしね。まあ、農民たちが全滅するような自体になってようやく貴族が重い腰を動かすくらいだ。


 主人公――勇者に滅ぼされることを私は第一目標にあげようと思う。それには魔王を私が倒さないといけない――この世界においての一番の悪である魔王を超える存在として勇者に討伐される。なんて甘美なんだろう。ふふふ、死のダンスを踊るのが楽しみね。


 よって、勇者パーティ唯一の一員であるレティシアはなんとしても聖女と呼ばれた母親よりも名声を高めさせようと思っている。まあ、なんだ。せっかくだし、格が高い相手に滅ぼされたいじゃない。


「ねえ、あなたのことレティって呼んでいいかしら?」


「はい、ご主人様。私も愛称で呼ばれた方が嬉しいです」とレティは固い言葉遣いで答える。


「……」


 わたしは無言のまま、すまし顔で両手をレティの顔に近づける。


 レティは少し怯えたように感じる。



――思いっきりレティの口に両手の中指を入れ、口を大きく開くように引っ張る――



「い、いひゃい!いひゃいです!!」


「他に誰もいないときや使用人しかいないときは敬語など不要よ。あなたそんなタマじゃないでしょ?」


「にゃ、にゃんで〜」と涙ながらに驚くレティ。


「あなたみたいな単純な子の裏を読むなど誰だってわかる」


 嘘だ――この嘘は虚言癖は関係ない。ゲーム上はたまに変なダジャレを言ったり、なかなかひょうきんキャラなのだ。彼女は。


「わひゃったから〜。はなしてひゃい〜」と言ったので私は手を離した。


「ミレィは見た目と違ってヤンチャなのね〜って、ミレィと呼んでいい?」


「いいわよ。改めてよろしく。レティ」


「よっろしく〜。まっかしてよ〜。わたしを買ったからには毎日笑いの渦に巻き込んであげるから〜」

「……そういう期待はしてないのだけど」


「ひどっ」と言いながら、レティは私の両手をその体温が高い両手で包み込む。



 彼女の本性を暴いて少し後悔している私がいた。

 まあ、仲良くなって最後にこっぴどく裏切るのが悪役としての本懐。


 親友と呼べるまでになりましょうか……。


 さすがにレティをこのままの格好にするのはしのびなかったので、服屋に寄って彼女の服を購入して、着替えさせてから屋敷に帰ることになった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ