第二十七話 唐変木
時は逢魔時、城壁の中にあるリングの上には私――偽カインと壮年の角刈りにオリハルコン装備の男――近衛騎士団長の姿があった。
リングの外周には観客席があり、帝都民も抽選で入れる。
ちなみに優勝者の関係者扱いでセリアとレティは観客席にいる。
あの……恥ずかしい『カイン!! がんばれー!!』というのぼりのようなものを振り回している辺りだ。
テンションが落ちるので見なかったことにしよう……うん。
嫉妬の力で覗き見したときと違い、近衛騎士団長は兜を被っており、表情を窺がい知ることはできない。
ここは一つ――挑発の類でもしてみよう。
それで隙を作るのではなく、あくまで物語を彩る演出だ。
「あー、楽しみだぜ。あんたに勝てば、上玉のお姫さんと今夜辺りしっぽりと出来るのだからな」
「ふん、下種が……しかし、強ければ姫様のご寵愛を受けられるのも道理」
「ふーん。あんたにそういう下種い気持ちはないのかよ?」
「……いや、あるよ」と私の予想に反し、この男は肯定した。
「へぇー。あんたお堅そうなのにな」
「あの方に必要なのは強くそして同じ世代の若人よ。俺のようなロートルでは断じてない」と表情がわからなくてもその吐露した言葉には万感の意味が込められているようだ。
「くだらないな」と軽い調子で私はのたまう。
「……なんだと?」と棘のある声が表情のみえない兜からする。
他の者に聞こえないから恥も外聞もなく万が一にも自分が負けた場合、第二王女を託したいがために、本音で私に答えているのだろう。
この男は女を舐めている――第二王女がどうして強い男が好きなのかわかっていないし、年齢というもので逃げている。
(「まあ、こういう場合は女に原因がないとは言わないけどね」
よくある勘違い系の物語だ。
嫉妬で見た第二王女がこの男を見る眼差しでわかってしまった。
よって、この試合に勝った後の余興も一つ思い浮かんでしまった。
なので――勝つ。
「それでは試合開始!!」という合図と共に私は横に転がるように、これまでと同じ広さのリングの端まで移動する!!
私が今までいた場所にはオリハルコンの刃が五本、空を切っている。
――勇者が以前使った『五重奏』による五つに分身しての攻撃だ。
騎士団長は剣聖の領域に達している。
ゲーム上でこの敵ははじめから大技を使ってくる。なので、ゲームでは最大HPがある程度高くないと瞬殺されてしまう。
まあ、現実では素早さが劣っていても前もってわかれば十二分に避けられるわけだけどね。
騎士団長は警戒したように片手剣のオリハルコンソード左手に、そして右手にオリハルコンの盾を構えている。
(「ゲームでは大技をつかった後は、守りに入るのよね……」
私は駆けて騎士団長に向かい――円月刀を横薙ぎに払う!
かきんっ!!とゲーム上の最強クラスの防具の一角であるオリハルコンの盾は私の攻撃を完璧に防御するが――構わず私は”嫉妬の大罪の力”を使用しつつ、盾に何度も切りつける。
――それは技ではなく単なる剣撃、単調かつ何の工夫もない攻撃である。
だが、せっかくギャラリーがいるのだからとまるで剣舞のように――ときに荒々しく、ときに狙いすましたように円月刀を振るう。
もちろん、盾破壊をもくろんでいるわけではない。
現にオリハルコンの盾には傷一つない。
この円月刀の強度では無理だし、そんな技取得していない。
故に狙いは別のことだ。
――私の視点とは別方向、騎士団長の後方に置いた嫉妬の無色の魔力眼が騎士団長の左手の力みをとらえた。
(「くる!!」
私は攻撃を切り上げて開始早々したことと同じように横に転がる!
横にずれた私の視界には先程と同じように『五重奏』による五分身が私が先程いた場所を五つの正確無比な剣撃で襲っている。
これでは先程と同じ焼きまわしである。なので――
私は急いで技を放って技硬直を起こしている騎士団長のところに向かい、
「『セイクリッドセイバー』!!」と筋肉男ときと同じように光の剣と化した一瞬間に発生する円月刀の推進力を使って勢いをつけさらに、
「『ダブルスラッシュ』」を放って――円月刀でオリハルコンソードを狙う!!
光の剣で増した剣の勢いに鋭くなった剣閃が二回オリハルコンソードを襲う!!
「ぐっ」
騎士団長はまずいと思ったのか右手に思っていた盾を放り投げ、オリハルコンソードを両手で握って死守しようとする。
一撃目は手に痺れをおぼえながらも防ぎきったが、二撃目で”かきーん”とオリハルコンソードは場外ホームランよろしく吹き飛ばされる!!
「あっ」と呆然とした騎士団長の声が漏れる。
――リングより後方へとくるくる回って……地面にオリハルコンソードが突き刺さる。
「し、試合終了ー!! 勝者――カイン!!」と驚きながらも審判が判定を下す。
剣を失えば、戦闘不能とみなされるのは自明の理。
情報差で私は程々の緊張感の中勝利を収めたのだ。
「番狂わせだー!!」などと騒ぐギャラリーの声は聞こえた。
わたしの控え室に向かったレティたちに会うために私もそちらに向かいながら手を振りつつリングを後にした。
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控え室の扉を開けると――
「カイン。おめでとー!!」と喜びをあらわにしてレティが私――というか偽カインに飛びつく。
朝抱きしめたセリアとは違い、年齢にしては程よく丸みを帯びた我がままボディが私に柔い感触を伝える。
「ちょっと! レティ離れなさいよ!! あなた試合前は第二王女とお兄様が結婚すること反対していたでしょ!!」とセリアは私とレティを引き離そうとする。
「そ、そうだった」と力を失ったアホ毛の如くレティの抱きしめる力が弱まり、セリアによって私から離れるレティ。
別に残念と思ってないわよ?
「ね、ねぇ。お姫様とカインは結婚するの? わたしたちの冒険ってここで終わりなの?」と少し震えながらも自分の腕を抱きしめて私に聞いてくるレティ。
――私の返答は、
「そんなことあるわけないじゃないか……そのためにマチルダの力が必要だから――代わってもらえるか?」
「そうなんだー! よかった!! 今、代わるねー」とレティのアホ毛がぴょこぴょこ動いて元気を取り戻したように弾んだ声を出したレティが――マチルダと代わる。
「え、えーと、何の御用でしょうかー」と何か不穏な気配を感じた元聖女マチルダは不安げに聞いてくる。
「安心しろ。別におまえたちに危害が加わらないようにするためだ」
「な、なんか話すりかわってませんかー?」
「今から急いで仮眠をとって、そうだな……今から5時間後くらいに宿屋から出て、聖なる結界を張って宿屋の裏手に張って耐えるんだ――別にセリアやマチルダに悪影響はないだろう?」
「け、結界の中にいるだけなら、それに触れなければセリアお姉ちゃんにも影響はないと思いますがー。た、耐えるですかー?」
「いいか。途中でレティに代わるなよ。もしかしたら――死ぬことになるからな」
「お、お兄様」
二人とも事情を知りたがっていたが無理に納得させて、私が来るまで耐えるように丸めこんだ。
それにしても男言葉も割りと板についてきたような気がする――今日この頃である。




