第二十五話 強い男
ここは帝国の王城のとある一室。
希少金属であるオリハルコンの鎧に身をがっちりとかためた壮年で緑髪の角刈りの男と、年は二十台前半であろう腰まである金髪に頭部には宝石を散りばめたティアラ、赤いドレスに身を包んだ女の二人がいた。
この二人がいる一室はベットがあり、いささか調度品の類は質素ではあるが、窓近くに置かれ陽光を浴びている赤バラを生けた壷から女性の一室だと判断できよう。
なら、この一室にいる男女二人は睦言――愛を囁きあっているかといえばそうではない。
女はベットに腰をかけ、男を冷たい目で見下していて――
男は床に膝をつき、女に頭を垂れている。
二人の関係が第二王女と近衛騎士団長という立場というだけではなく――二人の関係が精神的にも上下関係がはっきりしているからだ。
無論、華奢である女が見た目以上に具体的な力や政治的な力があるわけではない。
ただ単に男が女に惚れているだけなのだ。
見下すのに飽きた女は男に告げる。
「今回の大会も全力を尽くすように……まあ、言われずともわかっているでしょう」とまるで百合を思わせるような女は履き捨てるように下知を下す。
「はっ! 全力を尽くす所存!!」と頭を下げたままに野太いその声で答える近衛騎士団長。
それをつまらそうに――第二王女はみている。
(「全く度し難い。こんな女にいいように使われて……なんのための武の研鑽でしょう。わたくしが欲しいなら力ずくで奪えばいいものを――」
第二王女は何回思ったかわからないその心情に嘆息する。
白髪交じりの角刈りの近衛騎士団長は第二王女が子供の頃、その武をもって王女の命を悪漢から守ったことがある。
王女はそれからというもの強き男に子供ながらに恋情を覚えたものだ。
そのきっかけが今という年になってまで、男をみる絶対的価値基準となっている。
『強い男が好き、強くなければ男ではない』
なのに、身近に存在する――いや、勇者を除けば最強の一角であろうこの男は公務でもないのにほいほい呼び出され、身勝手な一方的な物言いをされても顔色一つ変えるなく、あまつさえ反論一つしようとしない。
つまらない――と第二王女は思う。
彼女が望んでいるのは雄々(おうおう)しく自分を奪ってくれる男である。
故に願うは――
(「この男を打倒してくれる強い男……お父様に無理を言って大会を開いているのですもの」
魔王の脅威が去ったからといっても、強い人材はのどから手が出るほどほしいという国の方針と一致し、王女を賞品とする前代未聞の剣術大会が開かれている。
一般的な帝国民なら事情も知らないので『国に奉じる立派な王女さま』と第二王女を見る向きが多いが、内情は全く別である。
第二王女は国の行く末にはもちろん一定量憂慮している。
だが、気持ちの多くは自分を奪ってくれる蛮勇を望んでいる。
妻子がいるというだけで、第二王女に懸想しながらも手を出さない近衛騎士団長は立ちが悪いと第二王女は思っている。
(「別に望んだ結婚じゃなかったというのに……結婚当時から今まで夫婦仲は冷え切っている典型的な政略結婚。
だから、この男は――」
身じろぎ一つしない近衛騎士団長をみて、
(「奪われたくないのでしょうね……決して決して、自分のものにはならないとわかっているからこそ」
なんとも迂遠で男らしくないと第二王女は思い――
(「これがわたくしの好きな強い男だというのだから、情けなくもなる」と男から視線を逸らし、気持ちよさげに風にあおられるカーテンをみる。
そんな王女の心情を知ってか知らずか――まるで近衛騎士団長は誇らしくただその場にあった。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・
「まあ、ありきたりな話ね」
私は帝都で泊まっている宿屋の一室でカインの姿のまま、嫉妬の召喚獣の能力を使い、王城の中を観察していた。
それでたまたま第二王女と近衛騎士団長の密会を目撃したのだ。
まあ、副産物的なものだが、中々にありきたりで私の愛すべき物語の一つだった。
第一目標はゲームのときとノーライフ・クィーンの居場所が一緒なのかの確認と、スカーレットが王城にいるかだった。
「ノーライフ・クィーンに会う前にスカーレットに会えなければ、ノーライフ・クィーンへの切り札は得られないしね」
――まあ、それよりも私のことでふさぎ込んでいるスカーレットの様子に私は心を痛めていた。
きっと、私の死亡報告がスカーレットに届いたのだろう。
目的云々(もくてきうんぬん)もあるが、剣術大会に勝ってスカーレットに元気な姿をみせてあげたいという気持ちが大きくなった。
(「帝都で成すこともおおむね考えたしね」
私の欲望を満たして、友を救ってみせる盲打ちをね。
今までの温い温い冒険譚は終わりを迎えそうだった。




