第二十一話 廃都の聖女さま(下)
わたし――マチルダは孤児院に身を寄せる孤児だった。
別に取り立てて秀でたところがなく、孤児院の一日二食の具が入ってない味の薄いスープと硬い小さなパンを食べて、それだけと足りなくてお腹をいつも空かしている……どこにでもいる女の子だった。
(「金持ちの商人や貴族さまの隠し子だったりしないかなぁ……」と自分の出自がそういうところでいつの日か迎えがこないかなぁと夢想する毎日――いつかはここを出て行かないといけないし。
(「貴族さまの屋敷なんかでメイドとかできたら勝ち組だよねー」と10歳になったわたしは孤児院も兼ねる教会の前で、ほうきで木枯らしによって落ちた葉を集めていた。
「すまないが……君がミスマチルダかな?」
「はいー?」と言われなれないことを言われ、頭にクエスチョンマークを浮かべたわたしの前にはセーリア教会のお偉いさんっぽい法衣を着たおじさんがいた。
――わたしの運命を変えたのはいつもと変わりのないそんな日で、変わったことはセーリア教会のお偉いさんが来たことだった。
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そこから先はあれよあれよとあっという間だった。
わたしの右手の甲には十字架のようなあざがあり、数年前にいきなり出来てその当時は凄くびっくりしたのだけど。
どうやらこれは”聖印”で、女神さまの神託? なんかでその聖印を持つわたしは聖女らしい。
どうやらわたしには特別な癒しの力や破邪の力があるとかで、魔物とかの戦いで傷ついた兵士を癒したり、加護を与えたりなどしなくてはいけないらしい。
すごく綺麗で真っ白で大きな教会本部に連れて来られたときはこれで贅沢な暮らしが出来るのかなーとか夢を見ていたのだけど――
「……」
無言でわたしは自室のベットに倒れこむ。
時間はもう深夜である。大急ぎで英才教育という名の虐待を受けたわたしに自由な時間などなかった。
孤児院で必要最低限度の読み書きは教わったが……治癒魔法や破邪の魔法の理論などの勉強は頭がパンクしそうだ。あと、礼儀作法とかもね……でも、これを覚えて一活躍すればきっと自由が手に入るはずだ。
布団でごろごろしながら、「わたし頼まれると断れないんだよねー」
いや、断るのがすごく悪いことのように思えていつの間にかいろいろと引き受けて孤児院でも苦労したものだ。
「がんばれー、わたしー」と一度両腕を振り上げてからぱたんと両腕を下ろし、意識を手放すのだった。
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いつの間にか、わたしは苗字持ちになっていた――マチルダ・フォートレオという名の聖女である。
勇者さまがいる前線の後方支援として、治癒魔法や破邪の魔法が使えるようになってから来る日来る日も魔法を使った。 正直辛かった。兵隊さんばかりだし、殺伐としているし、わたしなんて聖女という名の回復アイテムみたいな扱いだったし、世界のために働いていたのかもしれないけど、内情なんてわたしにはよくわからなかった。
でも、ようやくその苦行の日々が報われて、魔王を封印することに成功した勇者さまのおかげで魔族との戦争は終結した。
というより、魔族と戦争していたのを実はわたし知らなかった。なんかみんな知っていると思っていたようだ。
いやだって、孤児院でいたときは時事ネタなんて興味なかったし、近くで生まれた猫のほうが重要だったんだよ!
そして、自由を謳歌するはずの私は何故か自分の何倍も年のいったおじいさんにベットの上で押し倒されていた。
このおじいさんはわたしの旦那さま――いわゆる夫らしい……わたしびっくりだよ。
というか今日初めてあってベットの上である。
いや、最初は断ったんだけど、「聖女さまの血統は残さないといけない」とか「身分の釣り合い」とかいろいろ大義名分を言われて、わたしの反論を全て封じられて……こんなところに連れてこられてしまった。
(「どうしてこんなことになったのだろう……」
わたしは染みのない天井をただ眺めていた。
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愛人がわんさかいたわたしの旦那さまとの愛のない生活にわたしの心は擦り切れていった。
わたしを逃がさないためか……よくわからないけど、旦那さまに呼び出されるまではほぼ自室での軟禁状態だった。
旦那さまの屋敷に来て数ヶ月して妊娠がわかり、それからほぼ予定日に出産した。
元気な女の子だった。
子供が生まれたときだけは生きていてよかったなーと思えた。
――でも、この子にはわたしみたいになってほしくないなぁって、
今思えば、孤児院でお腹を空かしていたときのほうが幸せだった。
メイちゃんや、ブレッドくん孤児院のみんなは元気にしてるかなー。
またみんなと遊びたいよ。
”わたしの時間”は教会の偉いおじさんに会ったときから止まっている。
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旦那さまが年で亡くなり、混乱している屋敷から赤ん坊を連れて逃げ出した。
赤ん坊はセーリア教会のある孤児院に預けた。
教会の人には怒られたけど、預かってくれてよかったよかった。
わたしみたいにならないでほしいなと思った。
そして……いろいろな気持ちを込めて孤児院なのだ。
「疲れたなー。でも、レティシアには聖印もないし、孤児の赤ん坊は多いからわからないはず……かな」
レティシアを預けた教会とは別の教会にわたしはいた。
ちなみにレティシアという名は貴族の屋敷で付けられた名前とは違う名前でわたしが自分で考えたものだ。
今のわたしの格好はひどいもので物乞いのような感じである。当分身体も洗っていない。
「なんでこんなにわたしのこと見つけられるんだろうなー」
時間は深夜――月が綺麗で、教会の天井にあるステンドグラスのおかげで色とりどりにみえる。
なのに、無粋にもどんどん!! と教会の扉を叩く音がする。
「いろいろ頑張ったけど、もう限界かなー」
レティシアと同じくわたしもやり直したかったのだけど、無理なようだ。
また、知らない誰かと結婚させられるのかなー。やだなー。
わたしの足は祭壇近くにあるピアノに向かっていた。
ピアノの前にある椅子に座り、適当に弾きはじめる。
わたしがいた孤児院にもピアノがあり、合唱のときなんかはよく弾いてたっけ。
「…………ぐすっぐすっ」ピアノを弾くわたしの手の甲には涙が落ちるけど、気にせず弾く。
やり直したい。
やり直したい
やり直したい!!!!
そんな気持ちを込めてピアノを弾く。
ああ、聖女なのに、わたしは魔が差してこの時、自分以外のこの都市に住んでいる人たちを呪ってしまったんだ。
わたしが頑張ったから、みんな平和なのに……少しはわたしにみんなの幸せを分けてよ!!って。
あーあ、わたしが魔王封印に一役買ったのなんて、あとで知ったことなのに調子がいいなぁ。
わたしが弾いたピアノの音色は魔の調べとなり、この都市一つまるごと滅ぼした。
どうやってこの都市が滅びたなんて知らない……わたしはいつの間にか全生命力をこの魔の調べに込めて――死んでしまったのだから。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・
私とレティはほどなく聖女の過去の夢から醒めた。
聖女がなぜ、”聖女”と呼ばれて取り乱したのかがわかった。
まあ、ゲーム上のカインと聖女の亡霊の会話では、カインが聖女だと気づかなかったので、違う演出をしようと思ってやった即興がどんぴしゃだったわけだ。
彼女にとって死んでからのこの数年は嫌なことを次第に忘れ、娘の幸せを望むようになったのだろう。
それはきっと、自分が幸せになれなかったのことへの裏返し――聖女マチルダは自身が果たせなかった幸せを娘が果たしたことで満足してゲーム上では成仏した。
でも、本当は自分が幸せになりたかったのではないだろうか?
聖女として無理やり働かされて、やがて聖女の後継となる子を好きでもない男の間に産まされ……この聖女の精神年齢は実際よりも大分低いのではないだろうか?
彼女は自分が幸せになりたいのだ。ただ、自己主張ができなかっただけで――。
(「まあ、多くの小説読み漁ったエセ文学少女の推測だけど、あながち間違ってはいないのではないかな」
「ひっぐひっぐ。いやいやー! これで人生が終わりなんて……わたしは――」
夢から醒めた聖女は死ぬ前の絶望を思い出し、取り乱していた。
「あなたは……」
レティがマチルダの前に立つ。
アホの子レティですらもうわかっているだろう。目の前にいる幽霊が自分の母親だと。
「あ、あなたは……」とマチルダも気づいているようだ。それはそうだ。容姿があまりにも似すぎている。
聖女マチルダは気が弱すぎかつ相手の顔色をうかがって、相手の都合の良いように持っていこうとする。 例え自分が損をするとしてもだ。だから、レティに気づけたのだろう。
「ねぇ、あなたはわたしのこ「違う!!」ど……え?」
「わたしは!! 聖女さまの子供じゃない!!」
「そ、そうなの……そうよね」
マチルダは少し傷ついた顔をした。あんたなんか母親として相応しくないとレティが思い、そういう態度をしたのだと思ったようだ。
「ああー! ちがうちがーう! そうじゃなくって!!」と地団駄を踏んで髪をかきむしるレティ……何がしたいの?
マチルダに近づいたレティが「友達になろうよー!! マチルダさん!!」
「え? あ、あの……」
「同情とかでなくて、いや同情とか全くないとかいったら嘘になるけど……楽しいことはこれからあるよ!! だって、マチルダさん、今自由じゃん!!」
「あ……」幽霊になって今までの人生を悔やんでいたマチルダにとってまさに晴天の霹靂だった。確かに幽霊である彼女は今、自由である。
「よくわからないけど、幽霊ならひょうい? とかできるって孤児院の昔話で聞いたことあるからさ。わたしの身体貸していいし、わたしにとりついてよ!! 成仏なんてしないでよ!!」とまくたてるレティ。
なんだか最後の言葉に本音があるような……なんかめちゃくちゃである。
「わ、わかった。えーとレティちゃんって呼んでいい? わたしは呼び捨てでいいよ。わたしの……本当の友達になってくれるの?」マチルダの表情に葛藤を感じられたが友達という言葉の誘惑に勝てなかったようである。
「いいよー。マチルダ!!」
「よーし。とりつくよー」とマチルダがレティと重なり、黄色い閃光が廃墟と化した教会を照らす。
「ど、どうなったの?」と思わず素で聞いてしまった私をどうか責めないで欲しい。
レティが何故かその場でぐるりと一回転して「にゅーレティシアちゃんの誕生でーす……あいたっ」と要点を言わないので、途中で突っ込みを入れてしまった。
「えへへ。マチルダはわたしの中にいるよー。交代で同じ体使おうってさっき話しあったよー」
そんな時間なかった気がしたが……何か時間ほとんど経ずに話し合う方法があるのだろう。
(「こ、こんな結末になるなんて……マチルダの過去からレティがどういう反応するか……楽しみにしていたけど……アホの子レティは私の予想の斜め上を天元突破した……」
そこに痺れて憧れないけど、現実は小説より奇なり。中々に想定外の物語をみせてくれたものだ。




