第一話 合魔の指輪
「さすがに寒いわね……」
私は手に息を吹きかけながらまるで永久回廊のような廊下を歩きながら目的の場所に向かう。
この貴族の屋敷の廊下は夜中は照明の類は全て消されているが――そこは長年暮らした我が屋敷である。
窓からかすかに漏れる月明かりのみで迷わず目的地に向かうことができる。
昼は思わず感嘆が漏れるだろう廊下に飾られている壷や絵画の調度品も、深夜ともなれば不気味さを演出するものに成り下がる。
(「肝試しには絶好のスポットでしょうね……まあ、長年暮らしている私には意味はないけどね」
自室を出て半刻ほど経ち、目的の場所についた途端、月明かりが雲に隠れてしまう。
それでも、その前に見た”目的のもの”は覚えている。
変わり映えのしないいない廊下に空の甲冑の置物二体に守られるようにして置かれている大きな木で出来た古時計。
私は迷わず古時計に近づき時計部分のガラスを外し、特別な塗料か何かがついているために判別がつく長針を反時計周りに一回転させる。すると――
”ゴゴゴオォ”と音を立てて時計から少し離れた壁がスライドして人が入れる空間ができる。
「これははやくしないと使用人が来るわね。まあ、お父様とお母様は不在だからなんとでもなるけど」
と言いながら私はその中に入る。
――入った途端に室内の四角にある魔晶石の光が灯り、その部屋にある私の腰ほどの台にある指輪を照らし、あたかたも私を導く光のように演出する。
部屋は縦横3mほどの正方形の部屋で台と魔晶石しかない。
「この部屋のためだけに明かりが灯るだけの魔晶石を用意するなんて……ね」
魔晶石はゴーレムの動力などに使われるもので、価値で言えばここにある一つの魔晶石で平民の一家族を3年は養える。
この魔晶石は私の手のひらサイズくらいしかないので、カーディガンに包んであとで拝借しようと頭のメモに留める。ポケットマネーはこれからのことを考えるといくらあっても足りない。
私は台にある指輪を手に取り、右手のひとさし指にはめる。まるで最初から私の指輪だったかのようなしっくりするような感じに寒気が走る。
(「呪いの指輪……私にぴったりね。精々使いこなしてみせましょうか」
指輪のリングの部分は二匹の金属の蛇がお互いの尻尾に喰いつこうとしており、メビウスの輪のようになっている。指輪の台座の部分には爪の先程の紫色の宝石が怪しく光っている。
――これは合魔の指輪……持ち主と魔物を繋ぎ合わせ、魔物を支配する指輪――
ゲームのシナリオでは追いつめられたミレットが屋敷の離れに念のために用意していた魔物と自分を繋ぎ合わせ――指輪の効果でミレットの下半身が魔物の背中に埋まり、魔物を自分の意思で動かし主人公と戦うこととなる。ちなみに魔物は大きなクモだった。
「まあ、ゲーム上の私の哀れなところは……引き際を誤ったところね」
ゲームでは合魔ミレット(魔物と合体したミレット)のHPが1割を切ると指輪の強制力が途切れ、哀れミレットは魔物に体そのものを吸収されて魔物は暴走するという末路を辿ることになる。
「つまり、この指輪を扱うにあたってはその辺りを気をつけなければならないということね。ゲーム通りならね――」
まあ、ゲーム通りではなく、もし指輪がゲーム設定と違って暴走した場合、代価は私の命だろう。破滅願望のある私にとってそれはなんら抑止力になりはしない。この指輪を使うメリットは計りしれないし、デメリットは不本意な終わりを迎える一点だけだ。それくらいのデメリットなら許容範囲だろう。
(「石橋を叩いて歩いても、死は事故のように訪れる――死を想え。死を想え。望むべく滅びのために必要な博打は打つべし」
私――天王寺菫の破滅願望は死を身近に考えさせた。何もせずとも起きる死、唐突に訪れる死、陳腐だけれども死については世に言う物語の悪役達のほうが良く捉えていた様に思える。もちろん現実における真の悪者たちもだ。まあ、その辺りは賛否両論あるだろうが……。
人を害せば害される、因果応報。覚悟の問題だ。故に、時には盲打ちが必要であるが私の持論だ。もちろん、メリットがなければ――私が満足しなければしないけどね。
(「目の前のことから思考が大分それたわね」
私は指輪の機能を頭の中で反芻する。ゲームには辞典機能があり、合魔ミレットを倒した後に増える指輪の説明にはこう書かれていた。
《合魔の指輪》
1.持ち主の+50レベルまでの魔物を支配下におき、持ち主は合魔化できる(ただし、魔族は除く)
2.合魔化は任意に解くことができる。
3.合魔状態でHPが一割を切ると指輪は強制力を失い、持ち主は魔物に吸収されて暴走する。
4.合魔化できる魔物は指輪にストックとして三体まで保存できる。
説明はこれだけだけど、合魔化すると魔物は持ち主分の能力が付加されるようだった――ゲームの魔物辞典のステータスを見た限りだけど。ただミレット自体レベル3ほどで基礎能力も低いキャラだったのであまり上昇はなかったが……。
(「当面は私のレベル上げね。
ゲームのようにステータスは見れないけど、大体の感覚でいけると思うし」
ミレットの方の知識でも、人や魔物などを殺すとその力が止めを刺したものに与えられるというのがこの世界の一般常識だ。もちろん、訓練などでも強くなれるが、その差は歴然としている。力の使い方がなってないと宝の持ち腐れということもあるようだが……。
「私はレベルがある程度上がったら、”とある目的のため”――一次転職、二次転職、三次転職も剣を扱う職業になりたいから……誰か回復役が欲しいわね」
自分の命は軽視しているとはいえ、最低限必要な安心マージンはとりたいものだ。
一次転職はレベル20、二次転職はレベル40、三次転職レベル60になれば神殿で転職ができる。ミレットの知識では限界まで研鑽を積んだと自己判断したら神殿に行くのがセオリーとなっているようだ。一次転職の系統で二次以降の方向性が確定してしまうため、注意が必要だが……それはそのときでいいか。
本当は素早い魔物や固い魔物と合魔化して魔法職となるのが、ゲームが現実となった世界では効率や安全面ではよさそうなのだが、そうしなければならない理由がある。
「――いいことを思いついた。あの子を私の奴隷にして戦闘の回復役にしましょう……といけない」
ついつい長考してしまった。急いで部屋に戻らないと……いまだ来ない警備の者や使用人に「この屋敷大丈夫かしら?」と思いながら隠し部屋にあった四つの魔晶石をカーディガンに素早く包んで自室に戻るのだった。