第十六話 勇者との出会い(下)
ザンガは小細工などせずまっすぐに地面を蹴って、合魔ミレットに向かいながら、「カインよ!! その眼でしかとみておれ!! わしが教えられる最後の技じゃあああああ!!!!」と裂帛の気合を込めた咆哮を愛弟子におくる!!
――ザンガを包む透明なオーラに呼応するように、両手に持つ水晶剣が透明なオーラを内包し、いっそうの透明度を出す。さながら勇者の精神をあらわすように……ザンガの黒い双眸はまっすぐに先しかみていない。
その老勇者の進路上に10本の水晶剣が邪魔をする。
――いや、10本の剣が束なっていき、一本の巨大な水晶剣となり老勇者を襲う。
「はぁああああああ! 奥義『永遠なる透明世界』!!」
ザンガはまるで自身の魂を込めたかのようにただただ剣をまっすぐに自身の水晶剣を振るう。
――それは透明な斬撃となって合魔化したミレットまで伸びようとする。
主を守ろうと巨大な水晶剣が勢いをまして、透明な斬撃にぶつかるが……いとも簡単に真っ二つになってしまう。
そして、そのまま斬撃はミレットに向かう!!
この状況をわかっていた黒曜石の大鎧は豪炎に包まれた大剣を振るう。
炎と透明が交差する!!
が、透明な斬撃は荒れ狂う炎をものともせず――その大剣すら透明な軌跡を残して刀身の根元から切り取り、やすやすと黒曜石の鎧を切り裂いてしまう。
まるで時が止まったかのような一瞬の攻防は黒曜石の大剣が地面に落ち、ズドンっ!! と大きな音を立て、ついで黒曜石の大鎧も力なくただのガラクタのように地面に落ちる。
「ひゅー、ひゅー」と老勇者――ザンガはまるでその命尽きそうなほどか細い呼吸をする。手に持っていた水晶剣はいつの間にか粉々になって地面にある。それほど剣にとっても老体にとってもこの技は負担がかかるのだ。ファンタジー・レクイエムのゲーム上でもこの技を使えば、HPを1残すだけになる。
「やったのか……?」と今まで言葉を忘れていたように一部始終をみていた勇者志望の少年――カインがそのような言葉を吐き出した瞬間――
ガラクタのようにたたずんでいた黒曜石の鎧から何かが飛び出す!!
それはまるで疾風の如くザンガに向かう。
「ぬかったわ……」
老勇者の眼には、短剣を構えた眼前に迫るミレットを捉えていた。
しかし、もはや老勇者の身体は指一本も動かせないほど消耗しており、ただ立っている以外にできることはなかった。
「さようなら、勇者さま。私の役に立ってくれてありがとう」との言葉と共に短剣で老勇者の首を斬る。
老勇者は首から血を噴出しながら地面に倒れる刹那――残された愛弟子の心配をし、ごくわずか少女に許されたことに安堵し、その世界の平和のために尽力した生涯を終えるのだった。
残されたのは勇者志望の少年とこの世界一番の悪を目指し滅びを望む少女のみ。
「……油断大敵、あなたが動いてわたくしの刃を防げば、勇者様は死ななかったのではないかしら?」と 血だらけの毛皮の防具を身に纏ったミレットが今は亡き老勇者に飛ばされた円月刀を回収しつつ、カインに問いかける。
「そんな馬鹿な……師匠が……よくも!!」とカインはミレットに向かって全力疾走し、無謀にも木剣でミレットに襲い掛かる。
「その気概はよしですわねっ!」
カインがその木剣を振るう暇もなく、ミレットはただ素早く四回円月刀を振るう。その太刀筋は不恰好されど素早さだけは――老勇者に迫るものがあった。
「ぐぁあああああああああ!!!」
カインの両手両足が胴体と物別れする。
仰向けになって地面に転がるカインはまるでダルマである。だが、その眼は信じられないような痛みに耐えながらもミレットを睨んでいた。
「ふふ、そうです。わたくしを憎みなさい。恨みなさい」とミレットは地面に転がるカインの髪を右手で引っ張り、顔を自身の顔の近くに持ってくる。
「この野郎……どうして……」目に涙を浮かべ、自身の不甲斐なさとやるせなさを――カインは絶望する。
「野郎とはひどい……さて、理由なんてあってないようなもの」
「強くおなりなさい。わたくしはあなたを待っています」と一方的にミレットは言い、カインの唇に口付けをかわす。
「…………」
「…………」
死の淵にある少年は身体の血液が少なくなり、ぼやけていたその眼に至近距離にいる少女の顔がみえる。血で汚れているがその銀髪は美しさを失っておらず、その顔立ちもカインの知る限り一番綺麗にみえた――まるで月の女神のようである。また、自身の唇と接している唇の感触はやわらかく、ただ残念なのはファーストキスが血の味がすることだろう。
「……っ!!」
呆然と至福のときを満喫していた少年は慌てて歯で少女の唇を噛みきる!!
「……ふふふ」
ミレットは嬉しそうにカインから離れ、切られたばかりの唇をその舌でぺろりとなめる。
その様は初めてのキスよりも嬉しそうに頬を赤く染めていた。
「それでは……またお会いしましょう」とまるでスカートでもはいてるような一礼をしてミレットはきびすを返して去っていった。
朦朧とする意識の中、カインはレティシアが現れるまでミレットが去った後をじっと眺めていた。そこには師匠の仇打ちをしたい気持ちが半分、もう半分の気持ちは今の彼にはわからなかった。




