第十四話 勇者との出会い(上)
カインの元に向かうと決めて20日前後が経ち、ようやく彼が修行している場所の近くまで来ることができた。カインの今住んでいる村は整地された道からは外れており、馬車は使えずに森の中を歩くことになった。嫉妬の大目玉で確認しているので、もう目と鼻の先に私に滅びを与えてくれるものがいる。
この先は私一人でいい。だから、私についてきた二人の少女の方を振り向き――
「レティ……さようなら」
私はあらゆる意味を込めてこの言葉をレティに贈った。これから訪れる勇者になるカインとの初の邂逅に胸を躍らせ、されど”今の私”がレティに会うことはもうあまりないと思うと――少し寂しさを覚えた。天王寺菫として過ごした時の友人はエミリア、スカーレットのような親友と呼べるものはいなかった。環境の所為もあるだろうが……出会いが違えば、親友になれたのかもしれないと少し――ほんの少しだけ逡巡してしまった。
「え? それっ……て……」と言葉が発せなくなり、次第にまぶたが落ちたレティが私の方に向かって倒れてくる。
――手はずどおりにセリアが『怠惰』のバクの能力を使ったのだ。レティにはこれからの展開のための都合の良い長い長い夢をみてもらう――
私の方に倒れてきたレティの身体を支えて、近くの木にその身体を横たえる。
「セリア……私が成功したらレティを連れてきて――まあ、失敗したら私のことをあざ笑いながらこの場を去るといいわ」とシニカルな笑みを浮かべ、私はカインの修行場に向かう。
「……お姉さま、御武運を」とセリアの声は少し震えていた。自分の父親を封印した相手に会う私に思うところがあるのかもしれない。もしかしたら、私の身を本当に案じて? まさか――恐怖で結びついた私とセリアにそんなものはないだろう。
少し歩いて――何故だろう。振り向きたくなってしまった。
そこには泣きそうな顔になっている人間形態のセリアと、
――幸せな夢をみているはずなのに、苦しそうな顔をしているレティだった。
「い、いや!……ミレィ!!」というレティの切羽詰った寝言が聞こえてきた。
……馬鹿らしい。どうやら二人とも善人すぎるようだ。
(「でも、そんな物語もまた嫌いではないわね……」
私は前を向き、普段髪の毛を隠していた頭巾をはずし見慣れた銀髪を開放する。期間としては少ししか――でも、それなりに濃密に過ごした彼女達との思い出を思い出し、愉しみながら、死地に向かうのだった。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・
時刻は間もなくお昼時、カインとザンガは今日も今日とて滝が流れる水場の近くで木剣を用いた稽古をしていた。
「やぁああああ!!」と赤毛のカインが左右に木剣をぶれさせ、ザンガに打ち込む。
「甘いわ!」とザンガにとっては児戯の等しいみえみえのフェイントを見抜き、放たれた柳眉な(りゅうび)な剣閃はカインの木剣を空高く打ち上げた。
「くっそう。また駄目だったか」と悔しそうにするカインに、「小細工に頼るのはまだはやいといっておろうが……まずは基礎が肝心じゃとな」と諭すザンガは立派な白髭に額にはいままでの苦労をにおもわせるしわ――そして、髭とは違い頭には髪の毛一本も生えておらず、カインと同じく皮の鎧を着ているが、ザンガの腰には真剣が一本……鞘に収まっていた。いついかなるときも対処できるようにとその剣をすぐ抜ける位置に確保しておくのは魔王との長きに渡る戦いがそうさせたのだろう。
――”ぱちぱち”と誰かの拍手が聞こえる。――
慌ててその音の方角の方を向いたカインと、気配に気づいていてゆっくりと振り向いたザンガとはえらく対照的だった。
「お見事ですわ。ザンガさま……いえ、勇者さま」とまるで山賊のような毛皮の防具に包まれたカインと同じくらいの少女がそこにいた。優美な銀髪は腰のところまであり、顔は端整に整っており――どこぞのご令嬢が戯れに山賊ごっこをしているようにしかみえない。ただ、本物であろう背中に背負った円月刀は歴戦の風格をあらわにしており、古傷のほか円月刀の柄に新しくも多少の傷がついている――みかけでは判断は出来ぬだろうと目ざとい者は思うだろう。
「お嬢ちゃんは……ガーファイナスのところの――」
ザンガは目を細めて少女をみる。彼にとってこの少女は忘れることはできなかった。
何故なら、ザンガがガーファイナス領に来た所為で”少女は不幸な目にあったのだから”
「嬢には謝りたかった……ほんにすまなんだ」とザンガは折り目正しく腰を折り、頭は下げた。
「なっ」と驚く赤毛の少年……当たり前だ。世界を混沌に落とし入れた魔王を封印する要となった勇者が頭を垂れたのだ。人族ならば驚かない人間の方が少ない。
「……」
しかし、少女は……ミレット・ガーファイナスの蒼い双眸はまっすぐに冷たい視線をただただ無感情に誇り高き勇者に向けている。ミレットは一度目を閉じ、何かを思い出しているようだった。
そして――ミレットは目をゆっくりと見開き、満面の笑みで「勇者さま、顔をあげてくださいませ」とどこか芝居がかった声でザンガに話しかける。
「いいや、ミレット嬢が許してくれるまで頭は下げさせておくれ」とザンガは頑なにミレットの言を拒む。
ミレットはザンガに近づく、
大量の小石が敷き詰められたような地面を、
そして、頭を下げ続けるザンガのすぐそばまでたどり着く。
「それは困りましたわね……私は勇者さまと”殺し合い”をしに来たのです――故にこのままだと困ってしまいますわ」
ミレットは背負っていた円月刀を鞘がついたまま左手で持ち、右手で鞘からゆっくりと円月刀を抜く。
「なので――」
ミレットは剣閃をはしらせる!
かきんっ!という音をたて円月刀の凶刃は――誰にも届かない。
「……どういうつもりだ。ミレット嬢」と先程までの真摯な謝罪の声とは違い、怒りをかみ殺したかのような声で、水晶で出来た刀身の剣を右手に持ったザンガはミレットに問いかける。
「勇者さま……私はあなたと死闘たいのです。木偶をただ切る趣味はございません」
ミレットはザンガではなく――隣で呆然としていたカインにその凶刃を振るったのだ。
(「ふふ……勇者の怒りを買うことが出来たわね。それにしても、勇者の凱旋パレードの所為で私の護衛が少なくなり――その所為で私がさらわれたのは事実だけど、何も責任をそこまで感じることはないだろうに……ああ、英雄は好きよ。私の役に立つのだから」
「離れておれ。カイン」と搾り出すような声でザンガはカインに言う。カインは場の雰囲気にのまれたように無言でミレットとザンガの元を離れる。
「それでは…………?」
ミレットは不思議に思う。右手が軽いのだ。――右手を見るとあるはずの円月刀がなかった。
ミレットは視線をザンガに向けるが微動だにしていないように思える。
いや――ザンガの後ろにある。岩の山にミレットの円月刀がささっている。
ミレット――いや、大抵のものには視認できない素早い太刀筋そして、相手の死角を利用した洗練された剣閃が”音をたてることのない”という常識外の事象を作り出したのだ。
「……これでしまいじゃ。ミレット嬢。得物がなければ、死闘もなにもなかろうて――」
「ふふふ、ははははっはあっはあはっ!……素晴らしいわ!! 勇者さま――でも」
ミレットの指にはめれたウロボロスの指輪が紫色の光を放つ。
勇者は見誤った。もし、指輪に気づいていれば、彼の願う理想の結末が叶ったのかもしれない。
だがもう遅い――黒曜石のような大の大人が4人は入れそうな大きな鎧にその身の丈を超える大剣を持った魔物がミレットを飲み込むように突如現れたのだ。
その中からはそんな鎧と似合わない少女の声で「ふふふ、悪役は三度の変身を残しているものです。さあ、第二幕をはじめましょう」
鎧の化け物は大剣を上段に構え、勇者に振り下ろした!!




