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プロローグ


 くだらない。


 全くもってくだらない。


 当たり前のようにくだらなく生きて死んでいくのだろうと思うと心底自分が嫌になる。


 この世界は私の目から見ればまるでモノクロのように色あせて見え、そのようにしか見えない自分の目をえぐり取りたくなる。



 別に他の人間すべてがくだらないと思わない。



――くだらないと思うのは自分自身のみ――



 他の人たちは


  楽しく生きていようが


   不幸であろうが


    無為であろうが



 それぞれの生き様は……ああ、なるほど、理解できる。


 自己保身、英雄願望、殺人願望、エトセトラエトセトラ……それぞれの人生ものがたりは興味をそそられなくても好ましく思える。


 消えてしまいたい。


 滅びてしまいたい。


 こんなくだらない私の命など――本当に必要な……例えば、聖人君子または純真無垢な若くして死んでしまった人と代わってあげたい。


 例え叶わないものだとしても夢想してしまう。


 わたしは自分自身がどんな命よりも下等だと信じている。


 とはいえ、無意味に散らしたいとも思わない。




「委員長! 昨日のドラマの主人公かっこよかったよね!!」


 くだらないことを考えながら、学校の課題をしていた私にクラスのムードメーカーの女の子がわたしの机に寄りかかりながら話しかけてきた。



 いったん、課題をする手を止め、彼女の方を向いて「ええ、そうね」と努めて笑顔で答える。


 今は中学校の放課後。


 別になるつもりのなかった委員長の職についてしまったため、あだ名がそれで浸透してしまった。

 眼鏡に髪型が三つ編みというのも関係しているのかもしれない。

 まあ、名前など記号に過ぎず、されどこだわりあるものでもある。

 自分の今の名前などに愛着などないのでどうでもいいが……ちなみに、この子の言っているドラマなど見てはいない。

 なのにそんな返答をしてしまうのは、


――私の持っている不治の病


  ……虚言癖の所為せいだ――



 どうでもいいことから重要なことまで、自分の意思に関係なく出てしまう。


 認識してしまったら、意識してこの自分がしてしまった虚言の尻拭しりぬぐいをしなければならない。

 今回の場合は具体的な内容に触れず、当たり障りないことをいえばいいので問題ない。

 別にこの病気で困ってはいない。

 むしろ面白いな……とゲーム感覚で楽しんでいる。

 最終手段はよっぽどのことがない限り、「勘違いしてた。ごめんなさい」と手を合わせて謝れば結構どうにでもなる。






 しばし、ムードメーカーの子たちのグループと話をした後、課題を素早く終え、帰路につくことにした。



(「さて、今日は何をして過ごそうかな……」



 横断歩道の赤信号で待っている私は今日の過ごし方について考えていた。


 眼鏡をして学校の成績がよく、ほどほどに級友と遊ぶ私の楽しみは主にファンタジー系のRPGをしたり、ファンタジー小説を読むことだ。

 まあ、他のジャンルもやることがあるのだが、現実との乖離かいりがきっと私の中の”何か”を刺激するのだろう。

 ただただ、その衝動にほどほどの時間を費やす。一人でただその物語にのめり込む。

 終わったら他の物語に移る。


(「今日は遊びに行くこと断ったけど、週に二回は友達と遊んでいるし、問題ないでしょう」


 物語を読むことは自分を構成する欲求の最上位に来るが、現実世界の生活もないがしろにしない。

 何故なら物語を読むのに必要なことだし、友人たちの”物語”を見るのも中々に興味深いからだ。


(「ありがちな言葉で表現するなら――”私はすべての物語を愛している”」


 例え、私の興味を引かなくてもね。

 中々にいびつな私の精神構造――他人にはとてもでないが言えない。

 もし――こんな平凡な私だけど、物語の世界に行けたなら、どうするだろうか?



(「きっと、物語をかき乱すトリックスターになるでしょうね。そして最後には――」



 私――天王寺菫てんのうじ すみれは信号が青になったことを確認すると、左右をよく確認して横断歩道を渡った。







〜・〜・〜・〜・〜・〜・



 暗闇の中で少女の声がする



「わたしは○○ちゃんの嘘が大好きだよ!!」



 小さな子供の甲高かんだかい声が聞こえてくる


 誰かの名前だろう部分は何かの雑音で聞き取れない


 それより……くだらない


 嘘が好き?


 その理由を簡潔に答えなさいよ


 「だって……」


 だって?




「てててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててて」




〜・〜・〜・〜・〜・〜・






「エミリアも元気そ……う……で……」と私の口から漏れ出した言葉が自意識を取り戻した途端、停止する。

 壊れたスピーカーのようなけたましい声が聞こえた気がしたのは……気のせいだろうか?


 私の視界に、急に西洋風の貴族がいかにもいそうな室内が映し出される。


 天井はクリスタルで出来たシャンデリア、床には熊をまるごといだ様な絨毯じゅうたん


 ソファは茶色を基調にところどころを金色の刺繍ししゅうがしてある。


 そして目の前には、



「どうしたの? ミレットちゃん?」と緑髪のふわふわヘヤーが肩までかかっており、くりっとした目に茶色の瞳、クマのポーチをしている小学校低学年だろう少女が心配そうにこちらをみている。

 服装もピンクのドレスのモコモコしたもので少女の雰囲気に合ったものだ。


「体調が悪いようなら、俺についてきている治癒術師を呼んでくるぞ」と言った女性……いや顔に多少幼さを残しているので少女といえるだろう。

 きりっとした顔立ち、みどり色の瞳に腰まで伸びた金髪をポニーテールにしており、きっと甲冑などを着れば映えるだろうことが予想できる。

 だが、今彼女が着ている純白のドレスも中々捨てたものではない。

 難点を言えば、俺口調が合っていないことだろう。 男性であれば、チラ見してしまうであろう胸の大きさも一因だろう。




「いえ、何ともないから、二人とも安心して」と私は目の前のどう考えても日本人ではない髪色をしている二人の少女にそう返す。意識せずに素早く出たのは私の虚言癖だった。


 私は――天王寺菫……そしてミレット・ガーファイナス。

 銀髪のいわゆる縦ロールに蒼い瞳をしていて、菫と違って眼鏡はしておらず、胸のサイズは菫と同じ標準サイズだろう……たぶん。

 ガーファイナス公爵家の長女であり、今日は私的な十四歳の誕生会をごく親しい目の前の少女たちを含め3人だけで楽しんでいる最中だ。

 家中で執り行った誕生会ではこの親友達と中々話せなかったので毎年時間を作って開いている催しだ。

 今は食事や余興を終え、モナカなるお菓子を紅茶と共にいただいている最中だ。

 モナカ? ……文字は全く地球とは別物だが言葉や食べ物は類似点が多いと”両方の知識を合わせて持った私”にはわかる。



 小学校低学年だろう少女が男爵令嬢のエミリア・エリッダ。


 金髪碧眼きんぱつへきがんの少女がこのヴィルヘルム帝国第三王女のスカーレット・フィオン・ヴィルヘルム。


 エミリアは小さい子に見えるけど、年は皆同じである。

 王女様がいるが3人だけのときは無礼講ということになっている。

 幼少の頃、私がスカーレットの命を救ったことが原因なのだが――それは別にいいだろう。


 ちなみにエミリアはこの中で一番地位が低いがどんな場でも気にしない子である。

 よって社交界お披露目の日を境に表舞台から消えることになってしまったが、本人は全く気にしていない。

 結婚相手が見つかるのか親友としては大変心配である。



 天王寺菫の知識では――私を含めてこの3人はファンタジー・レクイエムというRPGの悪役令嬢3人衆という存在だった。 ミレットが持つ世界の知識と菫が持つファンタジー・レクイエムの世界知識は完全に一致していた。



 つまりは、これはゲームの世界の中?


 それとも夢の中だろうか……。


 どうにも急展開すぎて頭が回らない。


 久しぶりに会った親友たちには悪いが、やはり体調が優れないということで早めに帰ってもらうことにした。








 時間は深夜、私は布団の中にいた。


 天王寺菫の寝室ではなく、今もまだミレット・ガーファイナスの寝室である。


 ベットをカーテンのようなもので覆っており、布団は羽毛布団――身体沈むという慣れない感覚のはずなのに、私の中にはミレット・ガーファイナスの生まれてから今までの記憶があり、天王寺菫という中学生の記憶もある。


「例え、夢だろうと……夢が叶ったのかな」


 ファンタジー世界に行きたいという気持ちは常日頃つねひごろからあった。

 でも、いざ行ってみると――それまでここで暮らした記憶もあるため、どうにも新鮮味がない。


「ここはゲーム開始の三年前の世界ね。ゲームと同じならね」



 ファンタジー・レクイエムはとある少年主人公が魔王を倒してめでたしめでたしという王道物のストーリーだ。

 そして悪役令嬢3人衆は途中のイベントでありていに言えば悪さをして自滅する役回りだ。


「まあ、私がそういう役回りなのは別にいいとして……スカーレットとエミリアは回避してあげたいわね」


 ミレットとしての彼女たちとの思い出がそうさせる。


「なら、私自身が強くならないといけない。それに……もし叶うのなら私はこの物語の最後に滅ぼされる者になりたい」


 現代日本においては私にそういう役回りはなかった。


 でも、ここなら私の破滅願望を満たすことが出来る。

 少なからずミレットにもそういう自暴自棄があったのは救いか……。


「なら、物語において私に死を運んだもののところに行くとしましょうか」


 わたしは布団から身を起こし、ネグリジェの上にカーディガンを羽織り、何かの獣の毛皮で出来たスリッパを履き、自分の部屋を出た。


 屋敷の者をなるべく起こさないように音をなるべく立てずにある場所に向かう私だったが、高鳴る胸の鼓動は抑えることは出来なかった。



――終わりの序曲をはじめることができたのだから――



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