第四の被害者・桐山大介
「じゃあ次。四件目の事件だ」
鹿島さんの補足が終わるとすぐに、尾崎さんは次に進んでしまう。
正直、頭が追いついていない。
後で資料を見せてもらおうか。できることなら、死体の写真は見たくないのだけど……。
「八月十八日の午後十時、南浦和駅近くの公園で、十代と見られる少年の絞殺死体が発見される。被害者は桐山大介、十五歳。南浦和第二中学校の三年生だ」
中三か。わたしの二学年下ということになる。
当の大介君は、背もたれに全身をあずけたまま、つまらなそうに下唇を突き出している。やはり、自分の死に様を語られるというのは面白くないものらしい。当たり前か。
「死亡推定時刻は午後七時前後。死因は、私や鹿島君と同じ、背後からロープ状のモノで首を絞められた絞殺。凶器、遺留品、指紋、足跡、目撃証言がないのも同様。死体の背中には、いつもと同じようにA4の紙が貼られていた。それが、これだ」
お馴染みの写真画像。
尾崎さんの時と同じ、背中のアップ。
文字は『W』。
「財布は手付かず、携帯が見つからなかったのも、今までと同様だ。当時は夏休みで、大介君は当日、朝からずっと家にいたらしい。夕方、『ちょっと出かけてくる』と言い残して家を出ていったことが、母親の証言で明らかになっている」
「やっぱり、呼び出されたのかな……?」
大介君の方を向いて、そんなことを聞いてみる。
「オレに聞かないでくださいよ。何も覚えてないんスから」
愚問だったらしい。
「大介君の評判についてだが――原田さん、聞くかい?」
「一応、お願いします」
だいたいの予想はつくけど、聞かない訳にはいかないだろう。
「成績は可もなく不可もなく。ただ、運動は得意だったようだね。バスケ部に所属している。クラスでは割りと目立つタイプだったようで、友人も多かったらしい。女子の人気も、そこそこあったようだね。付き合っている娘はいなかったようだが……」
「オレ、そういうのキョーミないんで」
不貞腐れたように、大介君は言う。
何故この年頃の男子は、こういうことを言うのだろう。異性に興味を持つのが格好悪いとでも思っているのだろうか。
「……何、笑ってるんスか」
顔に出ていたらしい。
「ゴメン、何でもない」
ここは素直に誤っておく。下らないことで角を立てたくない。
「家庭環境は至って普通だね。サラリーマンのお父さんと、パートで働くお母さん。兄弟はいない。お母さんには妹さんがいて――大介君から見たら叔母さんだね――彼女は週に一回、家庭教師として桐山家に出入りしている。大介君、彼女にはずいぶん懐いていたようだね」
「なっちゃんッスか? ……まあ、普通ッスよ」
「なっちゃん?」
「黒崎奈津美さん。浦和の電機メーカーで働く会社員で、三十五歳。会社が休みの土曜日だけ、大介君の家庭教師をしていたらしい。ここでも特にトラブルは見られない。つまり、恨みを抱く人間はどこにもいないってことだ」
そりゃそうだろう。中学生で、殺す殺さないに発展するトラブルなど抱えてたまるか。強いて言えばイジメの問題が考えられるが、大介はいじめっ子でもいじめられっ子でもなく、そういう類とは無縁に思える。
「それなのに、殺されてしまった……」
「そうだ。私も、鹿島君も、如月さんも、大介君も、決して殺される理由などなかった筈なんだよ」
「だけど、理由は必ずある――」
「何で忘れてんだ、っつー話ッスよね……」
如月さんが、大介君が、誰に言うでもなく、呟く。
鹿島さんは一人、無表情で資料を引っ繰り返している。
最初に真相を看破するとしたらこの人だと思うのだけど、今のところ、要所要所で鋭い意見を言うだけで、何を考えているのかまるで分からない。
事件そのものも同様だ。
高円寺のコンビニ店長、新宿の医大生、蒲田の漫画家に、南浦和の中学生――住んでいる場所も、年も性別も職業も、何もかもバラバラ。お互いに面識もない。そんな四人が、同一犯と見られる連続殺人犯の毒牙にかかっている。
理由は、あるらしい。
だからこそ、自分たちはここに集められた。
殺された理由。
死んだ、理由。
終わりの見えない、死人会議。
様々な要素が絡まり合って脳内を駆け巡るが、そのどれもが像を結ぶことなく霧散し、熱だけが残る。その熱を冷ますように、わたしはすっかり冷えたレモンティーに口をつける。
何も、味がしなかった。
「……まあ、本格的な議論は、後でするとしよう。それよりも――そろそろ、五件目の事件に移ろうと思う」
ビクリと、体が反応する。
そう。
そうなのだ。
わたしもまた、被害者なのだ。
どこか他人事のようにして四件の概要を聞いていたが、その次は、自分の番なのだ。
「ここからは、私たちも初見だ。これから、原田さんの事件概要を述べていこうと思う。……心の準備は、いいかな」
優しく尋ねる尾崎さんに、わたしは小さく、コクリと頷いた。