第二の被害者・鹿島寛貴
「――じゃあ続いて二件目にいくけど……どうする? これも、あたしが読んじゃっていい?」
二件目は鹿島さん――鹿島寛貴が殺害された件だ。
無駄に口を開きたくない素振りの彼を気遣ってか、如月さんが続投を申し出る。鹿島さんも、目礼でそれに答える。
「了解。じゃあ、二件目の概要ね。六月八日午後十時すぎ、新宿繁華街の路地裏で、男性の変死体が発見される。被害者は鹿島寛貴、二十歳。私立K大学医学部二年生。実家は埼玉で総合病院を経営していて、現在は四谷の学生アパートに下宿中」
「……医大生……すごい」
道理で、インテリっぽいとは思っていたけど。
「ただの学生だ。偉くもなんともない」
本当に何とも思ってないような口ぶりで、鹿島さんが返す。
「いや、凄いと思いますよ。院長の息子なんでしょ? 金持ちじゃないッスか」
すでに知っているはずの大介君も、同調して感心する。
「凄いのは、父親。俺はただそういう家に生まれたってだけだ」
そんなことはないと思うけど。何となく彼の口調が固くなった気がして、それ以上何か言うのは控えておいた。
「続けるわよ? 死亡推定時刻は午後八時から九時の間。死因は、やっぱり背後から首を絞められたことによる窒息死。現場の状況だけど――」
如月さんはこちらにちらりと視線を寄越し、言葉を切る。何かを躊躇っているようだ。
「えっと、写真があるんだけど……見る?」
「お願いします」
断る理由がない。
「いや、あのね……さっきのと違って、何ていうか……鹿島クンの顔とか、ばっちり写っちゃってるんだよね。ちょっと、若い女の子にはショックが強いと思うんだけど……」
「お気遣いありがとうございます。でも、わたしは大丈夫ですから」
意識的に気丈な声を出す。こちらだって、もう死んでいる身だ。絞殺死体の写真くらい、なんだと言うんだ。他のみんなが見ているものを、わたしだけ見ないで済ますのもどうかと思うし。
「それじゃあ……これだけど」
彼女が右手をかざすと、先程と同様、白い壁に写真画像が大きく映し出される。
雑居ビルの外壁にもたれ掛かり、足を投げ出し、座るようにして死んでいる、鹿島さんの姿。
眼鏡や髪型から、間違いなく彼本人だと分かるが、顔全体が紫に鬱血してしまっているため、随分と人相が変わって見える。
「…………うっ」
口を押さえ、俯いてしまう。
やはり、やめておけばよかったかもしれない。
これは、何と言うか、物凄く――キツい。
「はい、やめやめ! やっぱやめときましょう!」
如月さんが慌てて手を振ると、写真もスッと消えていく。
「センセー、何がしたいんスか……」
呆れるように言う大介君の声が、少し遠くで聞こえる。わたしは心の中で、レモンティーを望む。すると、数瞬の間もなく、目の前に新しいティーカップが現れる。
「あたしは現場の説明をしたかったの。繁華街の路地裏って言ったけど、本当に雑居ビルと雑居ビルの谷間で、人通りはほとんどなし。よって、目撃証言もなし。一階テナントのトイレに通じる窓もあるけど、鉄格子がついているため、これも除外して考えていいと思う。財布は手付かず。指紋、足跡、犯人特定に繋がる遺留品もなし」
レモンティーに口をつけながら、彼女のざっくりとした説明に耳を傾ける。今の所、尾崎さんの事件とさほど違いはないみたいだ。同一犯による連続殺人なんだから、それも当然なんだろうけど。
――と、言うことはつまり、
「もしかして、二件目も……?」
「お、鋭いわね。その通り。この事件でもあったのよ。それがこれ」
再び写真が映し出され、わたしは身構える。しかし、幸いにも今度の写真には死体など写っていなかった。代わりに写っていたのは、ビルの外壁らしき場所に大きく書かれた、『V』の文字。
『M』の次は、『V』。
「勝利、電圧、速度、英文法の動詞、ローマ数字の5――Vの持つ意味は色々あるけど、今回もそれを特定することはできず。被害者の鹿島寛貴との関連性も見いだせず。M、Vと続いたことで、そこに何らかの法則性を見つけようとする捜査員もいたようだけど、それも結局、徒労に終わったみたい。推測はいくらでも成り立つけど、それを裏付けるモノなんて何一つない。推測をどれだけ重ねても、それは推測の域を出ない――そんな感じでね」
何だか、考えるだけでも疲れそうだ。
「最後に、被害者・鹿島寛貴の人となりだけど――まあ、誰に聞いても『大人しくて真面目』の一言に尽きるわね。講義は毎回休まずに出席し、課題も完璧に提出。高校時代も、常に学年トップだったみたい。悪い噂は一切ナシ。その一方で、ほとんど友人らしい人間はおらず、講義・実習もない日は部屋に引きこもりがちだったって話もあるけど――ほっとけ、って感じよねえ?」
同意を求めるようにその視線を鹿島さんにスライドさせるが、当人からのリアクションはない。反論しないということは、全て事実なのだろう。
いずれにせよ、人に恨まれるタイプではないということだ。
この点も、尾崎さんと似たり寄ったりと言えるのかもしれない。
「……概要はこんなところだけど――どう? 何か、気になることとかある?」
「はーい」
だるそうに手を挙げたのは、意外なことに大介君だった。
「おや、珍しいね。大介君が自分からアイデアを出すなんて」
同様の感想を持ったらしく、尾崎さんが目を丸くして驚いている。
「や、アイデアっつーか、鹿島サンのパクリなんスけど――」
決まり悪そうにしながら、大介君は続ける。
「ケータイって、どうなったんスかね?」
携帯電話。
尾崎さんは、何者かに電話で呼び出されて殺害され、持っていた携帯を持ち去られたのではないか、という話だった。確かに、今の鹿島さんの件でも、携帯の話題は一切出ていない。極端に人付き合いがなかったとはいえ、二十歳の大学生が携帯を持たずに外出したとは考えづらいのだが……。
「えっと、現場や家宅捜索の押収品リストには、載ってないわね。……念のため聞いておくけど、鹿島クン、ケータイ自体は持っていたんだよね?」
「一応は。ほとんど使うことはありませんでしたが」
「だとしたら、やはり持ち去られた、と考えるのが妥当なのかな」
尾崎さんも思案顔だ。
現場に残されたアルファベットと同様、この持ち去られた携帯電話というのも、一つの懸案事項なのかもしれない。
「ああ、それから」思い出したように、如月さんが言葉を足す。
「鹿島クンが、何故新宿の繁華街にいたのか――当日の被害者の足取りは、今のところ明らかになってないみたいね。鹿島クン本人も、その記憶がないみたい」
「記憶が、ない……?」
「まあ、その件については、後でまとめて議論することにしましょうか。さて次――あたしの、事件ね」
「問題の奴ッスね」
ニヤニヤ顔で茶化す大介君。何が問題なんだろう。わたしには、その意味がまだ分からなかった。