結末
校舎を出ると、すでに辺りは暗くなり始めていた。
長時間の補習で、肩が凝る。秋口の夕闇を受けながら、わたしは舞と並び、校門を目指していた。
「お腹空いたね。帰り、どっか寄ってく?」
「いい。すぐ夕飯だから、我慢する」
今日も舞はテンションが低い。圭介と別れてからずっとこうだ。今も、わたしの顔なんか見ないでずっとケータイを弄っている。
それでも、最近は付き合いがよくなってきた方だ。今日だって、わたしの特別補習に付き合ってくれた。ただ、表情は暗いままだ。
「……ゲーム?」
舞が目を落としているケータイを見ながら、尋ねる。
「ん。ネットだよ。常駐してるサイトでね。たまに愚痴とか聞いてもらってる」
途端、胃の腑が重くなる。
「……愚痴だったら、わたしが聞くけど……」
「ん?」
久しぶりに、舞の視線がわたしを捉える。
「舞、悩みとかあるの? だったら、わたしが聞くよ? ネットの人たちなんて、信用できないでしょう?」
ヒクリ、と舞の口元が痙攣した気がした。だけど怪訝に思うより前に、舞はにっこりと笑い、ケータイを仕舞う。
「……ゴメン。瑞穂、ネット嫌いだったもんね。私、ちょっと無神経だった」
「ううん、それはいいけど……」
「でもね、顔も名前も知らない人の方が言えることもあるんだよ?」
真剣な顔をしてそんなことを言う。
勉強はわたしの方ができるけど、頭の良さで言えば舞の方が数段上だ。回転が速いし、世間知らずのわたしなんかより遥かに多くのことを知っている。その舞が言うのなら、そんなものかな、という気もしてきてしまう。
「もちろん、親しい人じゃなきゃできない相談もあるんだけどね?」
舞の、悪戯っぽい笑顔。
何かを企んでいる顔だ。
わたしはこの顔が嫌いではない。二人が親密な間柄だと再認識できるからだ。同じグループの、純や雅、春香なんかには決して見せない、わたしだけに見せる舞の本音。自分が特別な存在のような気がして、ゾクゾクする。
「わたしでよければ、何でも聞くよ?」
「瑞穂じゃないとダメなの」
急に体を翻し、顔を近づけてくる。
舞の長い黒髪がわたしの頬に当たり、何故かドキドキしてしまう。
「……な、何?」
「圭介と、ちゃんと話してみようと思って」
いつの間にか悪戯っぽい笑みは消えていた。
そのシリアスな雰囲気に、わたしは息を飲む。
「これから?」
「連絡はしてあるの。今、校門の外で待ってると思う」
視線の先、数十メートルの位置に校門はある。そこに、圭介が。
「わたしに、立ち会ってもらいたいってこと?」
「そ。二人だけだと、私何言うか分かんないし。瑞穂がいたら、私もちょっとは冷静になれる気がするから」
舞と圭介が別れた事情について、わたしは未だに詳しいことを聞かされていない。その場にわたしなんかが居ていいのかとも思うのだけど、舞がそれを望むのなら、迷う余地はない。
「分かった。わたしでいいのなら、立ち会うね」
「ありがと。じゃあ、瑞穂はテニスコートで待ってて。最初は、私一人で行くから」
舞の言葉に一瞬納得しかけるが、少し引っ掛かってしまう。
「……何でテニスコート?」
「そこで落ち合う予定なの。この時間ならテニス部の練習も終わってるし、あそこなら人の目もないから、いいと思って」
まあ、別段気にすることではないんだろう。舞の言葉に従い、わたしはテニスコートへと通じる裏門へと踵を返す。
「じゃあ、すぐに圭介連れてそっち行くから。一〇分もかからないと思う」
――ごめんね。
別れ際、舞が振り向き、笑顔で両手を合わせる。
わたしも笑顔を返し、テニスコートへと向かった。
目覚めた時、わたしは泣いていた。
泣きながら立ち上がる。
泣きながら立ち上がって、真っ白な空間の隅を目指す。
「瑞穂ちゃん、気づいたの?」
「はい、きづきました」
我ながら無機質な声だと思う。
無機質な声を出しながら、ようやく空間の隅に辿り着く。
「大丈夫かい? 何秒か、気を失ってたようだが」
尾崎さんが心配そうな声をかけてくれる。
少なくとも数分に渡って続いていたと思われた遣り取りは、実際には数秒の出来事だったらしい。
死人に時間など存在しないのだろう。
「だいじょうぶですよ。ぜんぜんもんだいありません」
自分で言いながら、なかなか問題のありそうな声音だと思う。
「わたし、おもいだしました。やっと、おもいだしたんです」
空間の端、その壁をペタペタ触りながらわたしは答える。
答えた後になって、少しだけ落ち着きを取り戻す。
落ち着いたところで、涙は止まらないのだけれども。
整理してみれば、簡単なことだった。
尾崎さんは鹿島さんが絞め殺した。
鹿島さんは羽生さんが絞め殺した。
羽生さんは、大介君が刺し殺した。
その大介君は――舞が絞め殺した。
舞は計画を利用して、横山さんにわたしを絞め殺させた。
横山さんは自身の性格ゆえに、自ら屋上から飛び降りた。
自殺系サイトの管理人である鹿島さんが立てた計画は、鹿島さん自身が参加者となり離脱したが故にメンバーが好き勝手な行動を取り始め、空中分解したのだった。
全て分かった。
全て思い出した。
自分が利用されていたことも。
自分が、騙されていただけだったことも。
舞。
舞。
記憶の中で笑う舞が、わたしの中の何かに火を点ける。
「わたし、本当に、舞のことを信じてたんです。信じてたし、尊敬してたし――多分、好きだったんだと思います。変な意味じゃなく、普通に、親友として。だけど、それって全部わたしの自己満足だったんですよね。わたしはただ、クラスの中で派手な存在だった舞と親密な関係になれたと思い込んで、舞い上がってただけなんです。舞はただ、わたしを疎ましく思っていて、騙して、利用して、また騙して、殺して――だけど、そんなこと、何とも思っていなくて」
この空間の壁は、何の温度も質感も、摩擦も粘性も感じなくて、わたしは無様なパントマイムを演じているかのよう。
「わたし――被害者ですよね? 本当の、被害者ですよね? こればっかりは、被害者面なんかじゃないですよね?」
皆を振り返り、涙ながらに訴える。
涙を流してる辺り、自分でもあざといと思うが、自分の意思で止められるのなら、とっくに涙なんて止めている。
「うん、まあ、瑞穂ちゃんは、この中で唯一の被害者だと思うよ?」
「――鹿島さんは、どうですか?」
意識的に目に力を入れる。
感情的で歯止めの効かない自分と、冷静で常に計算してる自分が同居していて――わたしはそんな自分が大嫌いだ。
「俺も同じ意見だ。原田さんだけは、特に非がない。俺の立てた計画と、奥寺舞の狡猾さの、純然たる被害者なんだろう」
「だったら――」
息を吸い込み、体中に力を漲らせる。
もう、後戻りはできない。
「一刻も早く、ここから出してくださいよッ!」
皆、ポカンとしている。
だけど構うものか。マガジンは装填済みだ。
「全部思い出して、全部分かったらここから出してもらえる約束でしょう!? わたし、全部思い出しましたよ!? いつになったら、ここから出してもらえるんですか!?」
「ちょっと待ちなさい」困惑顔の尾崎さんが口を挟む。「ここから出してくれとは、どう言うことかな。確かに、全てを明らかにしないと次には進めないとは言ったが、別に、『次』というのはここから出るということでは――」
「それ以外にどんな『次』があるって言うんですか!? まずはここから出ないと何も始まらないじゃないですか! わたしは、早くここから出たいんですッ!」
呆然とする一同を尻目に、目に見えない壁を叩く。
「原田さんは、ここから出てどうするつもりなんだ」
鹿島さんの物言いは相変わらずクールで、それがまた苛立ちに拍車をかける。
「当たり前でしょう」
あの女に――舞に、復讐するんです。
意図せずに低い声が出る。皆が引いているのは分かったけれど、今はそんなのどうでもいい。
「殺してやるんです。呪い殺して、やるんです」
増幅した怒りは粘性の高い呪詛となり、瞬く間にわたしを蝕んでいく。
「だから、早くここから出してください。どうやって出るんですか。どうやったら、この壁壊れるんですか。早く――出してくださいよ」
言いながら、どんどんボルテージが上がっていく。見えない壁に拳を叩きつけながら、わたしは声を張り上げる。
「出してッ! 早く出してッ! 出してッ! 出せッ!」
「瑞穂ちゃんッ!」
瞬間、後ろからガバリと抱きつかれる。
振り向いて確認するまでもなかった。
「また落ち着いてですか、羽生さん。何度言ったら分かるんです――落ち着ける訳ないでしょう!? こっちは殺されてるんですよ!? 死にたがりの誰かさんたちとは違うんですッ!」
どんどんわたしの矛は尖っていく。
攻撃性が、増していく。
もう、駄目だ。
「全部――貴方たちのせいじゃないですかッ!」
抱きつく羽生さんを振り払い、わたしは叫ぶ。
「何なんですか、死にたい死にたいって、そんなに死にたきゃ勝手に死ねばいいじゃないですか。他人を巻き込まないで下さいよッ」
泣きながら会議の象徴である黒い円卓を蹴り上げる。
皆、わたしの暴走を唖然として見つめている。
「そもそも、死ぬって選択肢があること自体がおかしいんですよ。何なんですか。それって結局、甘えてるだけなんじゃないですか!?」
円卓を蹴り上げたせいで様々なモノが床に散乱している。何故かそこには酒の空き瓶や空き缶も混じっていて、わたしは勢い任せにそれらを蹴散らす。蹴散らした先には、尾崎さんが困惑の表情で佇んでいた。
「コンビニの店長が自殺しないでくださいよ。アル中がどれだけ辛いか知りませんけど、再発したならまた治せばいい話じゃないんですか!? 自殺なんて選択肢をそこに入れないでくださいッ!」
「まあ、それはそうなんだが……」
呻くように言う尾崎さん。バサバサと紙の束が円卓に落ちてくる。漫画の原稿用紙だ。わたしはそれを手に取り、声を張り上げる。
「羽生さんも同じですッ! 打ち切りだの才能がないだのって――それで自殺するなんて完全に馬鹿ですよッ!」
「そんな言い方しなくても……」
「そんな言い方します。漫画のことはよく知らないですけど、何年頑張ってもデビューできない、連載を持てない人なんてたくさんいるんじゃないんですか!? それに比べたら、羽生さんなんて十二分に才能あるじゃないですかッ! 足掻き疲れたとか言って逃げてんじゃないですよッ!」
漫画用原稿用紙を思い切り叩きつける。
普段饒舌な羽生さんは、口を真一文字に結んで黙りこくっている。
いつの間にか円卓の原稿用紙は無数の写真へと変わっていた。若い男女のツーショットだ。
「大介君、好きだった叔母さんに裏切られて辛かったかもしれないけど、だからって死ぬことなかったじゃん! 普段は斜に構えているくせに、女々しいのよッ!」
同じく、胸元に写真を叩きつける。大介君は下唇を噛み、黙って俯いている。
続いて円卓に現れたのは、白いスニーカー。
「横山さんは――とにかく、しっかりして!」
それだけ言ってスニーカーを投げつける。他にも言うべきことはあるんだろうけど、この人にはこれで十分な気がした。怒鳴られた横山さんは背を丸くして「すみません……」と呟いている。それを尻目に、今度は円卓の横に立てかけてあった天体望遠鏡を蹴飛ばす。
「最後、鹿島さんッ! 何なんですか一体ッ! 罪悪感だか何だか知らないけど、死ぬ理由が全くの意味不明ッ! お姉さんの自殺に責任を感じてるのなら、その分も生きようと思うのが正解なんじゃないんですか!? それを訳分かんない理由で塞ぎ込んで、死ぬことばっか考えて、訳分かんない計画作って――もっとマシなことに頭使いなさいってのッ!」
喉が痛い。息切れがする。周囲は、わたしが蹴散らし投げつけたモノで滅茶苦茶になっている。その光景はわたしの思考と相似形。自分でも、もう着地点が見えなくなっている。
「みんな、馬鹿だよッ! ホント馬鹿ッ! 手の平サイズの絶望で人生リセットして、それで大勢の人間巻き込んで――周囲の人間を悲しませたくなかった? だったら、自殺なんてやめちまえッ! アンタらのせいで、どれだけの騒ぎになったと思ってるのよッ! こっちは殺されてるんだよッ!?」
わたしの人生、返してよ……ッ!
「死にたくなかった……もっと、生きてたかったのに……」
言いたいことを言って、その場に膝をつく。涙がとめどなく溢れてくる。こんな風に感情を表に出したのは、多分生まれてからも、死んでからも初めてだ。
泣き崩れるわたしに声をかけたのは、鹿島さんだった。
「原田さんを巻き込んだことに関しては、本当に申し訳なく思っている。計画についても、今では間違いだったと思う。その――何て言っていいか……」
「いえ、いいです」
手の甲で涙を拭い、皆に背を向け――見えない壁に向き合って、立ち上がる。
「今言ったことは嘘じゃないですけど、本当に許せない人間は別にいますから」
「奥寺舞のこと?」背後から羽生さんが恐る恐る問いかけてくる。
「他に誰がいるんですか」
吐き捨てるようにそう言って、巨大な斧を出現させる。本当なら持ち上げることもままならない得物も、この空間ならば自由自在だ。
「アイツ――笑ってた。わたしがテニスコートに向かうのを見て、笑ってたんです。とんでもない間抜けだと思ってたんでしょうね。アイツにとって、わたしは親友でも何でもなかったんです。ただ、圭介を自分のモノにするためだけの、都合のいい道具。ただ、それだけ。それだけの理由で、わたしは殺されたんです」
許せないでしょう?
「だから、今度はわたしの番なんです。ここから出て、わたしはあの女に、復讐する。誰にも――邪魔は、させないッ!」
その言葉を最後に、斧を振り上げる。
だけど、邪魔された。
振り上げた斧は、中空で停止している。
「おやめください」
久しぶりに聞く無機質な声音。
振り向くと、能面の執事が斧の柄を片手で掴んでいる。
「無駄でございます、原田様。そんなことをしても、この空間から出ることはできません」
「じゃあ、どうやってここから出ればいいのッ! ヒカリさん、案内人なんだから、分かるでしょッ!?」
「……本気で、復讐を考えてらっしゃるんですか」
「本気に決まってるじゃないッ! わたしが死んでアイツが生きてるなんて、絶対におかしいもの。罪に対する報いを、与えてやらなきゃ――」
「原田様」
激昂が収まらないわたしに、ヒカリは手鏡を見せる。
「鬼のような顔をしてらっしゃいます」
確かに、鏡の中に、鬼はいた。
目を血走らせ、眉間に皺を寄せ、歯を剥き出しにして泣いている。
夜叉と呼ぶには貧弱で、羅刹と呼ぶには滑稽だけれども。
「鬼でも何でもいいわよ。わたしは、報いを与えてやるんだから」
「左様ですか……」
一瞬、ヒカリの顔に逡巡のようなものが見られる。この男にしては珍しく、何かを思案しているらしい。
「……確かに、そういう選択肢もございます。ここから飛び出て、怨嗟そのもの、怨念そのものになることは可能です。ただし、そうなったら二度と後戻りはできません。正真正銘の鬼となって永遠に外を彷徨うことになりますが、それでもよろしいのですか?」
今度はわたしが逡巡する番だった。怨念を内在するのではなく、わたし自身が怨念となる。それも、永遠にだ。
わたしはそれでいいのか。
「第一――報いは、すでに与えられております」
「え?」
斜め上方を見上げ、ヒカリは唐突にそう言う。
視線の先には、大きく引き伸ばされた画面が広がっていた。
現実世界の実況映像か。学園のテニスコートが映されている。
何人もの人間がいるようだが、わたしの視線はそのうちの二人に釘付けになる。
舞と、圭介。
憎むべき怨敵は地面に膝を付き、項垂れている。
泣いているみたいだ。
圭介は、そんな彼女を黙って見下ろしている。
何だ。
これは、どういう状況なんだ。
「生者は生者で、真相を解明していたのか」
さすがに鹿島さんは察しがいい。
だけどわたしはまだ飲み込めない。
「……解明?」
「いわゆる一つの、謎解き場面のクライマックスってやつ?」
小首を傾げ、羽生さんが呟いている。
「後ろにいる若いのは探偵の菱川じゃないか? 横の中年男性は、ずっとこの事件を追っていた刑事だね。よく見ると、資料で見た顔があちこちにいるようだ」
目を細め、尾崎さんも呻いている。
「警察が、解き明かしたんですか!?」
「警察の力だけではないかと。探偵や遺族など、関わった方々が力を結集して真相を突き止めたようです。鍋島様が方々に働きかけたのが切っ掛けになったようですが」
「圭介が……?」
「原田様が何故殺されなければならなかったのか、納得のいく解答が欲しかったのでしょう」
圭介が。
あの、圭介が。
――犯人分かったら、すぐに教えてくださいよ。
――オレが、瑞穂殺した犯人、ぶっ殺してやるんで。
いつだったか、圭介の言っていた台詞が思い出される。
憎むべき犯人が自分の元カノだったその心境は、如何なものか。
そして、舞は。
「奥寺様は桐山様を殺めています。破滅はまぬがれないでしょう。そして、その一切合切を他でもない鍋島様に暴かれてしまった――わざわざ、原田様が鬼になる必要もないかと」
何だか、脱力した。
矛を向けるべき相手は、すでに倒れていた。
倒れている相手を足蹴にする趣味などない。
わたしの怒りは宙に浮き、そのまま空中分解してしまう。
そう言えば。
――瑞穂が死んだのは、私のせいなんです
――私がずっと一緒にいれば、瑞穂は死なずに済んだのに……。
――私が、代わりに死ぬべきだったのに――。
アイツ、そんなことを言っていたっけ。もちろん、警察に対する演技なのかもしれないけど、ボロボロの肌や髪、生気をなくした瞳などは、到底演技とは思えない。
それは、罪悪感なのか。
それとも。
……いずれにせよ、報いは与えられていたらしい。
だけど、わたしは報われない。
分かっていたことだ。
死から始まる物語に、ハッピーエンドなど有り得ない。
最初から、分かっていたことだった。
「――さて、どうなさいますか」
力なく椅子に座るわたしに対し、どこまでも無機質にヒカリが尋ねる。尋ねられても困るのだけれど。
「どうするって……わたしには、どういう選択肢があるんですか」
「復讐をやめるのでしたら、残された選択肢は二つのみです。ここに残るか、私についてくるか――」
「ここに残るってのは?」
「文字通りの意味です。他の皆様方と一緒に、永遠にこの空間にいて頂きます」
「ちょっと待って」
待ったをかけたのは羽生さんだ。
「皆様と永遠にって何なのよ。あたしたち、ずっとここから出られないってこと? あたしたちに選択肢はない訳?」
「ございません」
にべもない。
「この空間に、永遠にいて頂く――それが、貴方がたの犯した罪に対する罰なのです。従来通り、イメージしたものは全て出現します。飲食物や嗜好品、娯楽品、現実世界に関する資料、映像など、好きにして頂いて結構です」
ただし、ここからは出られません。
「永遠に永久に永劫に、出られません。この空間に留まり、自身の犯した罪と真正面から向き合う――そういう、罰なのです」
「……割と快適じゃないんスか?」
大介君が能天気なことを言っている。この子は、時々鋭いくせ、時々鈍い。
「快適なものか。消えることも生まれ変わることも許されない無間地獄だぞ。恐らく、我々が思ってる以上に永遠という罰は重い筈だ」
苦々しげに尾崎さんが吐き捨てる。
「まあ、それが罰だと言うのなら、受け入れるしかないんだろうが」
「原田様は、如何いたしますか?」
「もう一つの、ヒカリさんについていくって言うのは?」
「それは、ついて来て頂ければ分かります」
答えになっていない。ただ、間違いなくそちらの方がいい気もしている。こちらの考えを見透かしたのか、ヒカリはすでに移動を始めていて、わたしは慌ててそれについていく。
「……お別れの挨拶は、よろしいのですか?」
肩ごしに聞いてくる。
振り返ると、会議を共にした五人の男女がこちらを見つめている。
強くて、
聡明で、
優しくて、
被害者で、
加害者で、
人殺しで、
愚かで、
弱い人たち。
「……お世話に、なりました」
それが本心なのか皮肉なのか、自分でも分からない。
憎むべきだけど、憎めない。
プラスマイナスゼロ。
嘘。
ちょっとだけマイナス。
でも、他に言うべき言葉が思い浮かばない。
「色々と、すまなかったね」
尾崎さんは最後まで穏やかだった。
「時々でいいから、あたしたちのことを思い出してね?」
羽生さんは愛嬌たっぷり。
「……向こうに行っても、頑張ってください」
少し横を向きながら大介君が言う。最後まで素直じゃない。
「……スミマセンでした……」
頭を下げる横山さん。この人もブレないな。
そして。
「…………」
鹿島さんは、無言で佇んでいる。
最後まで、感情は読み取れない。
死に出逢い死を想い死を願った青年は、これからもこの空間で、未来永劫、死について考えるのだろうか。
そう思うと、やるせなかった。
もっとも、この話は一から千までやるせない話ばかりなのだけど。
「――ここです」
いつの間にか、目の前に白い扉が出現している。
ここに入ってくる時と、同じモノだ。
この先に何が待っているかなんて分からない。
だけど、ここに永遠留まるよりかは、数万倍マシなんだろう。
わたしは、扉を開けた。




