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正体

 奥寺舞。

 表に突如として登場したその名前に、わたしは頭が真っ白になる。

 舞。

 舞が。

 あの、舞が。

「嘘……」

「でも確かに、表の丸バツがぴったり当てはまるのって、奥寺さんだけなんですよね」横山さんの声が遠くから聞こえる。

「僕が死んだ時も、しっかりアリバイ確保してるし」

「勝手に自殺にしちゃったのはアレだけど、一応、日時は計画通り守ってたものね。その計画を知ってたのは、メンバーだけ、なんだけど……」

 様子を窺うように、羽生さんがわたしの顔を一瞥する。

 黙っていられない。

 是が非でも反論しないと。

 空転する頭を立て直し、必死になって言葉を紡ぐ。

「そ、そんなの、ただの偶然に決まっているじゃないですかっ! たまたま、アリバイのあるなしが当てはまっただけでしょう!?」

「でも、尾崎さんの事件は夜中の二時から三時の間で、鹿島君の事件が夜の八時から九時の間なんですよね」前髪をいじりながら、横山さんが口を挟む。「八時台はともかく、深夜の二時にアリバイがあるのって、逆に不自然じゃないですか。女子高生なのに」

「ちなみに、オレは家忍び出てコンビニで雑誌立ち読みして、強引にアリバイ確保しました」

「そうそう。何か作為的なんだよね。ずっと気になってたんだけど」

「作為的に感じたのは、横山さんの勝手でしょう!? そういうことだってありますよっ! だいたい、自分が関わった事件以外で鉄壁のアリバイを確保しなきゃいけないって、絶対なんですか? 冷静に考えたら、全部の事件にアリバイを用意する必要なんてないじゃないですか。同一犯による連続殺人犯に見せかけてるのなら、一つでもアリバイが証明できれば充分じゃないんですか。それなら、候補は舞だけじゃない。他にもいっぱいいる筈ですっ!」

「でも、補習終わりの原田さんに近付いて所定の場所に誘導できる人間は、相当限られてるんじゃないかな」

 激昂するわたしを諭すような口調で、尾崎さんが言う。

「その点、一緒に補習を受けていた彼女なら、原田さんを自然に誘導することができるだろうね」

「できるってだけで、実際にそうしたって訳じゃないでしょう!? 舞と別れた後で近付いてきたのかもしれない。メールや電話なら、もっと簡単です」

「では聞くが、君は見知らぬ相手にテニスコートに行けと言われて、それに従うのかい? 見知らぬ番号、アドレスから指示を受けて、何の警戒心も抱かないと? どう考えても、この件の犯人は原田さんと親しい人間以外ありえないと思うんだけどな」

 ぐっと、答えに詰まる。

 だけど、ここで引き下がる訳にはいかない。絶対に。

「そ、そもそも、わたしがテニスコートに誘導されたこと自体、鹿島さんの想像じゃないですか! 多分、用事があったんですよ! そこを、横山さんに間違われて殺されたんじゃないですか!」

「俺は」冷気が漂いそうなほど冷たい声で、鹿島さんが言う。

「最初から『想像』だと念を押した筈だ。結局、原田さんが自分で思い出さないと意味がない。今まで、皆そうだっただろう。今こそ、思い出す時なんだよ」

 どうして、あの時テニスコートになんていたんだ?

 鹿島さんの冷たい声音がわたしを追い詰める。

 どうして――何で――あの時、わたしは――。


 ――ごめんね。


 刹那、脳内にモノクロ画面がチラつく。

 その声。

 その顔。

 その姿。

 ……違う。

 こんなのは、違う。

 わたしは必死に頭を振り払い、次の言葉を放つ。

「そ、そんなの知りませんよっ! わたしは舞が犯人な訳ないってことを言いたいんです。アリバイ表だって、わたしがテニスコートにいたことだって、何の根拠にもなってないじゃないですかっ!」

「つーか」首を掻きながら参戦するのは大介君だ。

「オレ、奥寺舞の顔見たんですけど。オレを絞め殺したの、その人に間違いないッスよ。推理とか根拠とかじゃなくて、もうこれ、確定じゃないスか?」

「違うッ!」自分でもヒステリックなのは分かっているけど、もう止められない。「そんなの、大介君の見間違いよっ! じゃなきゃ、勘違いか記憶違いだって!」

「そこを否定するんスか……」

 呆れている。構うものか。

「もう一度言いますっ! 舞がわたしを殺そうとする訳がないっ!」

「瑞穂ちゃん、落ち着いて」

 肩に置かれた羽生さんの手を、わたしは激しく振り払う。

「落ち着ける訳がないでしょう……っ! 舞は、わたしの親友なんですよ!? 動機がないじゃないですかっ!」

「……あたしから話しちゃっていい?」

 鹿島さんや尾崎さんを気にしながら羽生さんが言う。本当に何なんだろう。ずっと、何か言いたげだったけど。

「羽生さんに何が分かるんですか……」

「想像だけどね」

 軽い口調だ。努めてそうしているのかもしれない。

「あのね――舞ちゃんは、瑞穂ちゃんに嫉妬してたんだと思う」

「わたしに!? まさか、舞がわたしの何を妬むって言うんですか」

 美人で、派手で、校内ヒエラルキーのトップで――そんな彼女が、わたしなんかの、何を。

「圭介クンのことよ」羽生さんの真っ直ぐな視線から、わたしは目がそらせなくなる。「聞かせてくれたよね。舞ちゃんは圭介クンのことがずっと好きで、瑞穂ちゃんの後押しもあって、二人は付き合うことになったんだって。だけど長くは保たず、去年の暮れ頃に別れてしまった――これ、何でだったと思う?」

「そんなの……」わたしに分かる訳がない。

「分かんない、か」

 呆れるでもなく、羽生さんは淡々と続ける。

 そしてその言葉に、わたしの思考は破壊される。

「圭介クンは、瑞穂ちゃんのことが好きだったのよ」

「えっ……」

 スッと、周りの全てが遠くなる。

 言葉の意味が理解できない。

「ええええええーッ!」

 ようやく言葉が着地した時、わたしは奇声を上げていた。

「わたっ、わたしを!? 圭介が!? そんなっ! 嘘! 嘘ですっ!」

「瑞穂ちゃん、だから落ち着いてってば」

「だから、落ち着ける訳がないって言ってるじゃないですかっ! 適当なこと言わないでくださいよっ!」

「適当なものか。話を聞いただけで大体察しがついたよ」

「古典的、というかベッタベタよね」

 尾崎さんと羽生さんが顔を見合わせる。大人組二人の思わせぶりな言動が、今やっと理解できた。でもまだ納得いかない。

「で、でも、圭介は舞と付き合ってたんですよ。わたしのことが好きなら、何で舞と付き合ったりしたんですか」

「そりゃ、瑞穂ちゃんの顔を立てたんでしょう」

「え?」

「気を遣ったのよ。圭介クンと接点を持つために瑞穂ちゃんに近付いたって、舞ちゃんはそう言っちゃってた訳よね? で、瑞穂ちゃんはお節介を焼いて、圭介クンに直接聞いてみた。彼は舞ちゃんと付き合う気なんてさらさらなかったんだけど、断ったら瑞穂ちゃんのグループ内での立場が悪くなると思ったんじゃない? まあ、そんな交際が長続きしないことは目に見えていたんだけどね」

 羽生さんの声が、僅かにエコーがかって聞こえる。

 圭介。

 サッカー馬鹿で、馬鹿なことばっかり言っていて、実際馬鹿で、わたしはいつも馬鹿にしていて。

 だけど。だけれど。

 裏サイトでネットいじめに遭った時、一番心配してくれたのは圭介だった。舞のグループと仲良くなってからも、アイツは率先して男子サッカー部の人たちを遊びに誘ってくれた。

 アイツは、いつだってわたしを守ってくれていた。

 馬鹿なのは、わたしの方だったのだ。

「……でも、舞は圭介に振られたって……」

「本当のこと言う訳にはいかなかったんじゃない? 瑞穂ちゃん、圭介クンの気持ち知らなかった訳だし。自分の口から事の真相を明らかにするのは癪だったんでしょ」

 振られたことにした方が、まだマシだったという訳か。

「舞は、全部知ってたんですね……」

「こういうのって、外側から見た方が分かりやすいからね。自分が好きな人だったら、尚更でしょう」

「そうッスかね……」

 大介君が微妙な顔をしている。この子はまた特殊なパターンだと思うのだけれど。

「女はその辺り敏感なの。舞ちゃんにとって、瑞穂ちゃんはずっと恋敵だったのよ。どれだけ想っても、努力しても、振り向いてもらえない。歯痒かったでしょうね。焦りは失望になり、失望は絶望に変わった」

「それでわたしが邪魔になったってことですか?」

「いや、さっきも言った通り、最初は本気で自殺するつもりだったようだ」

 鹿島さんの言葉に、どうしても違和感を覚えてしまう。

「どうしてですか。自分が死んだって意味ないじゃないですか」

「意味はあるわよ」乾いた声で羽生さんが答える。

「渦中の事件の被害者になることで大きな注目を集められる、悲劇のヒロインになることができる、圭介クンにも振り向いてもらえる――あの子は、そう考えた訳」

「だんだん、思い出してきた」

 首を傾げ、円卓を指でトントン叩きながら尾崎さんが口を開く。

「例の掲示板――あそこに、失恋した女子高生がいた筈だ。相当に気が強くて回転が速い一方で、ヒロイックな感傷丸出しだったから印象に残っている。そうか、あれが奥寺舞だったのか」

「あ……あの子かあ。色々とぶっちゃけてたわよねえ。うん、あたしも色々思い出してきた。あの子、最初は本気で『被害者面』することに専念していたみたいだけど、途中で気が付いたのね。この計画を上手に利用すれば、恋敵を消すことができるって――あの子はただ、約束の時間に瑞穂ちゃんをテニスコートに誘導するだけでよかった。例えるなら、鹿島クンがダイヤを引き、横山クンという電車が走るってとこ? あの子はただ、後ろからドンッと背中を押すだけ。確かに完全犯罪ね」

「……舞は、そんな娘じゃありません」落ち着きはだいぶ取り戻していた。だけど、まだ納得した訳ではない。「わたしを救ってくれたのは舞だったんですよ!? 確かにそれは打算だったかもしれないけど、そんなの、誰にだってあることだし――仮に、わたしが邪魔だったとしても、そんな酷いことができるような娘じゃ――」

「残念だけどサ」

 フラットな口調で、羽生さんはすがるわたしを切り捨てる。

「あの子、瑞穂ちゃんが思っているような子じゃないよ」

「え……」

 あんまりな言い草に、二の句が継げなくなる。

「自殺サイトの掲示板で色々ぶっちゃけてたって言ったよね。瑞穂ちゃんは打算や計算を肯定するけど、あの舞って子はそんなレベルじゃない。想像してるのより、ずっと強かで狡猾な策略家だよ?」

「そんな風に言わなくても……」

「ううん、そんな風に言わせてもらう」

 首を振る羽生さんは、何故か哀しそうな目をしている。

「瑞穂ちゃん、裏サイトでネットいじめに遭って、人間不信に陥って孤立したところを救ってくれたから、それであの子に恩を感じてるんだよね? でも、その裏サイトに瑞穂ちゃんの誹謗中傷を最初に書いたの、誰だと思う?」

「――え?」

 一瞬で、手足の先が冷たくなった。

「あの子なのよ。ネットいじめの首謀者は、奥寺舞なの」

 寒くもないのに、体が震えてくる。

「瑞穂ちゃんが精神的に凹むように仕向け、極限まで追い詰めて、そこを自分で救ったって訳。マッチポンプよ。ここもまた、自作自演だったのね」

 呼吸が浅くなる。苦しい。

「うそ……」

 それだけ言うのが、精一杯だった。

「嘘じゃないってば。いくらあたしでも、ここまで悪趣味な嘘ついたりしないわよ。あの子、掲示板で相当愚痴ってた。彼の幼馴染みを利用して近付いてあれこれ努力したのに、全然報われないって。私に何が足りないんだろう、私の何が駄目なんだろう――ってさ、完全に被害者面。ああ、この子は自分が大好きなうえに、自分のためになら他人がどうなっても何とも思わない子なんだって、思った記憶がある。つまり、瑞穂ちゃんの件は一から十まで全て奥寺舞の仕業だったって訳」

 思わず、その場にへたり込んだ。

 舞。舞。舞。

 中空に、かつて親友と信じた美少女の顔が浮かぶ。

 だけどそれは、ぐにゃりと歪み、醜く変形していく。

 声にならない悲鳴をあげて――わたしは、気を失った。


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