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鹿島寛貴の場合

「そもそもの発端は、闇サイトだったんだ」

「闇サイト?」

「そ、聞いたことない? アブナいブツの売買とか、殺人依頼とか児童ポルノとか――そういう、反社会的なコトを目的にしたウェブサイトのこと。あたしたちの場合、いわゆる自殺系サイトってことになるんだけどサ」

「え、でも……」自然、目が大介君の方を向いてしまう。

「や、オレみたいな厨房も珍しくないッスよ。フィルタリングもされてねェから、年とか関係ないんスよね」

「あのサイトには、十三歳の女子中学生も来ていた筈だ。私が言えたことではないが――世も末だね」

 同感だった。

『世も末』の部分ではなく、『私が言えたことではない』の方に。

「皆さんはそこで知り合ったってことですか?」

「そう。ネットではお互いHN(ハンドルネーム)だが、知り合ったのはあそこだ。年も職業も住所もバラバラだったメンバーの共通点は、そこにある」

 瞬間、ある決定的なことが確定した。以前から薄々察していたことだけど――その疑惑が、確信へと変化する。だけど、まだそのことは口にしない。時が来たら、鹿島さんが口にするだろう。まだ、その時じゃない。

「まあ、自殺系と言ってもピンキリだがね。世間一般がイメージしてるように、自殺の方法を具体的に教えたり、人を集って集団自殺を開催したり――そんな、過激な所は確かに多い」

「でもその一方で、不安や不満、愚痴やストレスを吐き出させて希死念慮そのものを浄化させようとする良心的な所も、確実に存在している訳」

「そのサイトは、どっちだったんですか?」

 わたしの質問に、尾崎さんと羽生さんは顔を見合わせる。答えたのは鹿島さんだった。

「半々だ。自殺に関する情報交換も盛んだったし、普通の悩み相談のようなことも行われていた。例えば、横山さん」

 突然名前を呼ばれて、ビクリと体が硬直する。そこまで身構えなくてもいいだろうに。

「劣等感が過剰でまともに人付き合いができない――なんてのは、その掲示板で語られたことなんだ。それに対して、聴覚処理障害だとか、率先して貧乏くじを引きに行く性格特性だとか、横山さんの人となりを分析したレスがついた。さっき語られたことは、全て、そのサイトの掲示板で一通り語られていたことだったんだよ」

「どこかで聞き覚えがあると思ったんですけど……」

「何故横山さんの人となりを長々と語ったのか、二つの意味があると言っただろう。その、もう一つの意味がこれだ。掲示板にあった遣り取りを再現させることで、記憶を取り戻す手助けにしようと思ったんだ」

「あたしもそうなのよ」横から羽生さんが口を挟む。

「いつだったか、横山クンがあたしの作品、批評してくれたことがあったじゃない。その時、物凄く妙な感覚に襲われたのよね。あ、これ、前にも聞いたことがある――って。デジャビュなんかじゃなくて、やたらはっきりとした記憶なの。ネット上で見たってところまでは思い出したんだけどサ……それって、変なのよね。あたし、自分の漫画の感想、絶対ネット上では見ないようにしてた訳だし。でも、今完璧に思い出したわ。あたし、掲示板で悩み相談してたのよね。もちろん、ペンネームや作品、雑誌名は伏せてたんだけど、相談の内容で特定されて――それで、漫画に詳しいメンバーが作品批評してくれたんだけど、今思えば、それが横山クンだったのね。同じ人間が同じ漫画読んだんだから、そりゃ同じ感想になるわよ。でも結局、その批評を聞いた段階では、ぼんやりとしか思い出せなかったんだけどね」

「見ず知らずの相手に、そんな個人的な相談をするんですか?」

「顔も名前も知らないからこそ、打ち明けられることもあるんだよ。ネット社会ではありふれた話だ。私たちは、あのサイトで確かに繋がっていた」

 コーヒーカップに口をつけながら、尾崎さんがしみじみと語る。

「そして、そこに集まった面々を束ねていたのが、サイトの管理人だった。書き込まれる様々な愚痴や悩みに、一つずつ丁寧にレスをつけていてね――律儀で聡明な人物だったよ」

「オレも覚えてますよ。ってか、あの人がいたから、みんな安心して悩みを話せたんじゃないスかねー」

 遠い目をしてそう言うのは大介君だ。

「そう。さっき言ったことは訂正した方がいいな。我々は、管理人の下、一つに繋がっていた。そして――ある日、管理人は一つの計画を持ち出してきた」

「それがご存知、連続殺人に見せかけた自殺ドミノだったって訳」

「何でそんなこと……」

「それは、直接本人に聞いた方がいいんじゃない?」


 ねえ、鹿島クン。


 羽生さんが問いかける先、鹿島さんが静かに眼鏡フレームの位置を直している。

「――って、え!? あの管理人って、鹿島サンだったんスか!?」

 目を丸くする大介君。

「鹿島君が?」

「……そう、だったんですか」

 尾崎さんも、そして横山さんも驚いている。

「そうよ? みんな、気付かなかった?」

 逆に羽生さんがキョトンとしている。

「まあ、メールでの遣り取りがあったと言え、死ぬまで管理人の顔も本名も分かずじまいだった訳だから、仕方ないって言えばそうなんだけどねえ」

「でも、センセーは分かってたんスよね。何でなんスか? 何か、ヒントありましたっけ?」

「ヒントは、常に目の前にあったじゃない」

 両手を広げると、その上には六つの文字が浮かび上がる。

 文字?

 違う。よく見ると、それは犯行現場の写真画像だった。死体の背中に貼られたコピー紙、現場脇の壁、そして屋上地面に描かれたマジックの文字。

 M、V、E、W、J、S――

「大介クンの犯行に際して、実行犯はただ一つを除いてほとんど過失はなかった、って鹿島クンが説明したでしょう。その、たった一つの過失ってのが、これなのよ」

 浮かび上がった画像の中から、大介君の背中に貼られていた『W』の画像を指差す。

「大介クンを殺した犯人は、さすがに初めての殺人で慌ててたんでしょうね。せっかく用意してきた紙を、間違えて貼ってしまった」

 画像を差した指が半円を描く。すると、それに呼応するように画像も半回転。

「上下逆さに貼り付けてしまったのね。瑞穂ちゃん、これ、何に見える?」

「M、ですね」

「ご名答。本当は、大介クンの文字はMだったのよ。たったそれだけのことで、誰にもこの文字列の謎が解けなくなってしまった」

 M、V、E、M、J、S。

「でも、羽生さんは分かったんですよね」

「紆余曲折の末に、ね。何度も言っている通り、分かったところで大した意味なんてないんだけど――今回は、案外これが重要な鍵になるのかもね」

「センセー、そろそろ勿体ぶるの、やめません?」

「ああ、ゴメンネ。じゃあさっさとネタばらしといきましょう」

 再び手をかざすと、中空の画像群は揃って反転し、縦一列に整列。それぞれゴシック体の大文字へと姿を変える。さらに手を揺らすと、大文字の後にいくつかの小文字が連なり、単語となる。


 Mercury

 Venus

 Earth

 Mars

 Jupiter

 Saturn

 

「大介クン、これは何でしょう?」

「は? えっと、めるくり……べぬす……」

 この中学三年生は英語が苦手らしい。目を白黒させている。

「ゴメン、聞く相手を間違えた。瑞穂ちゃん、正解は?」

「……太陽系、ですね」

「その通り、水金地火木土、って訳」

 羽生さんが得意気に語る一方で、「最初から原田さんに聞けよ」と大介君がむくれている。よく見る光景だ。

「計画だと、この後は、U、Nって続く予定だったんでしょうね。

天王星(Uranus)と海王星(Neptune)よ。あたしたち、この文字を残せって指示を与えられただけで、どんな意味があるのかまでは教わってないの。これはただ連続殺人に見せかけるためのギミックだから、大した意味なんかない――みたいなこと言われて。でも、今になったらよく分かる」


 鹿島クン――星、好きだったわよね?


 ああ、そこに繋がるのか。

 羽生さんの一言で、ようやく合点がいった。いつだったか周囲の光景を星空の草原にしたのは、鹿島さんだった。その時、「本当は医者じゃなくて天文学者になりたかった」と言ったのも覚えている。

 その後の、台詞も。

「瑞穂ちゃんは知ってるだろうけど、文字の意味自体については、実はかなり早い段階で気がついていたのね。だけど、真に意味するところまでは頭が回らなかった。何で太陽系なんだろう。星が好きな鹿島クンが関係しているのかな。だけど、鹿島クンは被害者だし――って、いつもそこで行き詰まっちゃう。もうちょっと突き詰めれば、もっと早くこの計画を思い出せたのかもしれないのに」

「そういうことは、中途半端でも議題にのせるべきだ」珍しく、尾崎さんが強い声を出す。「何のための会議か分からないだろう」

「鹿島クンの立場が悪くなるかなって思ったのよ……。まさか、こんなことになるなんて、思ってもみないじゃない……」

 気を遣った結果らしい。横山さんと言い、何故この人たちは気遣いが裏目に出るんだろう。……裏目に出るような人たちだから、こんな計画に乗ったのかもしれないけど。

「質問に戻ってもいいですか」

「何だったかな」

 眼鏡の奥で、鹿島さんの瞳が怜悧に光っている。わたしはそれを直視できない。

「……何で、こんなことしたんですか」

「どうということはないよ。俺はただ、手助けをしたかっただけだ」

「自殺の、手助けですか」

「そう。死にたいのなら、死ねばいい。それでしか救われない人間は数多くいる。先が見えない、正解が分からない、辛い、苦しい、恥ずかしい、疲れた――死にたい人間なんて五万といる。だけど、世間はそれを許さない。追い詰めるだけ追い詰める一方で、世の中は自殺を絶対悪として定義づけている。実際、誰も傷つけず、誰にも迷惑をかけずに自殺するのは不可能に近い。死に損なって、障害や後遺症を抱えたまま生きるのを余儀なくされることも多い。自殺系サイトなんてものを運営していると、そんなケースは頻繁に目にする。俺は、この人たちを救いたかった。いつしか、周囲に自殺だと悟らせず、かつ、確実に死ねる方法を模索するようになった」

「それで、この計画ですか」

 我ながら乾いた声をしていると思う。だけど、それに応じる鹿島さんの声は、もっと乾いていた。

「計画の骨子はシンプルなモノだった。サイトに来るメンバーの中から任意の七人を選抜し、互いのメアドを交換させる。ただし、誰が選ばれたかは伏せておく。犯行はおよそ月一。実行の日時と場所を決めたら、それを全員に通達し、当事者以外のメンバーには、その時間帯にはアリバイを用意してもらう。仮に何らかの失敗をして警察にマークされたとしても、これを連続殺人と見なしている以上、以前の事件でアリバイ成立が立証できれば捜査の網をかいくぐることができるからだ」

 そこまで考えていたとは。

 何度も目を通していたアリバイ表に、再度目を落とす。確かに、自らが当事者として参加した事件以外は、全てに丸がついている。鹿島さんの事件で羽生さんが丸になっているが、これが間違いであることはすでに明らかだ。被害者が協力すれば店内からでも犯行は可能で、羽生さんのアリバイは成立しない。

 犯人特定に役立つと思われていたアリバイ表が、逆に目くらましになるだなんて。

「犯行自体はさらにシンプルだ。約束の日時、場所に被害者役と犯人役が集合し、犯人役が被害者役を殺害する。被害者役は殺されるのに協力する訳だから、実行はスムーズだ。遺留品や目撃証言が残る危険性は、極めて低い。殺害を終えた犯人役は、何かしらの方法で現場に文字を残し、被害者役が持っていた携帯電話を持ち去る。サイトへのアクセスやメール交換は全て携帯で行わせていた。携帯さえなくなれば、被害者たちが自殺系サイトに出入りしていた痕跡も消える。これも計画の一部だから、携帯はすぐに取り出せる部分に入れる約束になっている。犯行を終えたら犯人役は即座に現場を去る。そしてその一ヶ月後、犯人役は被害者役へとシフトチェンジ――後はその繰り返しだ」

 淡々と、レジュメを読むように自分の立てた犯行計画を説明していく。そこからは、何の感慨も、感情も読み取れない。

「サイトに来てた人たちから、あたしたちを選抜したって言ったわよね。七人だっけ。鹿島クン本人も入れて、八人。太陽系の惑星と同じ数って訳ね。結局、横山クンの後の二人は計画に参加できなかった訳だけど……」

 指を折りながら羽生さんが小首を傾げる。

「それが、何か?」

「ううん、ただ、何であたしたちだったのかなって。理由、確かまだ聞いてなかったわよね?」

「ここにいるメンバーを選んだのは、主に三つの理由があります。一つは、本気で死のうと考えている人間であること。一つは、関東近郊に住んでいる人間であること。そして最後の一つ――これが最も大切なんですが――自分が死を望んでいるということを、周囲に全く悟られていない、ということです。前二つの条件を満たす人間は大勢いました。だけど、最後の条件が難しかった。死にたいと願う人間は沢山いる。だけど、犯行の後になって『被害者は自殺を考えていた』と思われては最悪です。どこかの聡明な人間が、真実に気づかないとも限らない。イジメ、借金、失業、病気――分かりやすい理由のある人間は排除しました。本来なら、そういう人間こそ、救うべきだったんでしょうけど……」

 何だろう。

 根本が間違ってるのは明らかなのに、何一つとして反論できない。

 死にたい人間は、死ねばいい。

 突き放しや嘯きではなく、それはそのままの意味だ。

 本当に、そのままの意味なのだ。

 だからこそ――わたしたちは、今ここにいるのだ。

 暗澹たる気分で、次の言葉を待つ。

 粘性のない動きで、鹿島さんの目がわたしを捉える。

 わたしは、真正面からそれを受け止める。

「計画は完璧な筈だった。シンプルだからこそ、瑕疵(かし)が少ない。計画を立て、それを伝え、動いてもらう。それで充分だと思ってた――だけど、それが間違いだったんだ」

 ほんの少し、瞳が揺れ動く。何だか疲れているように見える。

「計画を立てるだけじゃ駄目だったんだ。ちゃんとその計画が遂行されているか、管理監督し、場合によっては的確な指示を出す――その、全責任を負うべきだったんだ。俺は全てを丸投げして、序盤で二人目の被害者として表舞台から姿を消した。結果、想定外の出来事が続けざまに起きて、計画は頓挫した」

 それはその通りだと思う。

 各々が各々の思惑で自分勝手な行動に出たせいで、シンプルな筈の話がややこしくなってしまったのだ。

 尾崎さんは私怨と義憤から計画にない殺人を犯し、一人のクレーマーを闇に葬った。

 羽生さんは発作的に漫画家の命である利き手を傷つけ、架空の通り魔事件をでっち上げた挙句、殺害方法まで変更させた。

 横山さんに至っては、独断で計画を無視して、飛び降り自殺を断行する始末だ。

「スミマセン……」案の定、横山さんが謝罪の言葉を口にする。

「いえ、皆を責めている訳ではありません。悪いのは俺です。責任者でありながら二番目の被害者という枠に自分を配置した俺が悪いんです。せめて、一番最後の被害者となって、全てが終わるまで見届けるべきでした」

「つーか、鹿島サン、何で参加しちゃったんスか? 黒幕リーダーなんだから、参加メンバーに加わる必要なんてなかったのに」

「決まってる。俺は、誰より希死念慮が強かった。それだけだ」

 こともなげに放たれた一言に、皆一様に言葉を失う。何とか言葉を紡いだのは尾崎さんだった。

「……そう言えば、君が何故死にたいと思ったのか、その理由をまだ聞いていなかったが……」

「原田さんには話しましたよ。俺は、普通の人間が普通にやっていることができないんです。コミュニケーションを繰り返し、信頼関係を築く。下らないことで笑い、馬鹿をやって遊ぶ。しかるべき状況とタイミングで感情表現をする。空気を読んで人と適正な距離をとる。俺にはできないことばかりです。少しばかり学力が高くても、何にもならない」

「アスペね」羽生さんがよく分からない合いの手を入れる。

「そうです。俺は、アスペのコミュ障です。ゆとりのメンヘラ、厨二病の構ってちゃんで、非リアDQN(ドキユン)の、情弱(じようじやく)池沼(ちしよう)なんですよ。蔑称だけはいつだって豊富に揃っている」

「……いや、いくつか明らかに違うのが混じってた気がするけど」

 羽生さんが戸惑っている。わたしは鹿島さんが何を言っているかほとんど理解できない。何かの呪文のようだ。

「しかし、それだけじゃないだろう? それだけで、希死念慮がそこまで強くなるとは思えない」

 尾崎さんの言葉に、しばし逡巡の表情を見せる鹿島さん。

「……これは、言葉では説明しづらいんですが……罪悪感が強いんです。どうして俺みたいなのが生きているんだろうって、子供の頃からずっと考えてました。災害や病気、戦争や犯罪で悲惨な死に方をする人間は数多くいる。なのに、俺はそこには含まれない。死神は俺を選ばない。結果、俺みたいなのがのうのうと生き続けている。絶対におかしい、間違っている――そう想いながら、この年まで惰性で生きてきました。自殺系サイトを開いたのは、今思えば必然だったのかもしれませんね――」

「いや、まだ分からないな。その思考の是非をここで論じるつもりはないが――そこまで極端になるものなんだろうか。何かきっかけがあったじゃないのかな。劇的な、何かがさ」

 瞬間、再び瞳が揺れる。

 微小な、だけど決定的な、その反応。

「――この話は墓場まで持っていくつもりだったんですが――」

「持ってきてるじゃない」

 羽生さんが、いつもの軽口を始める。横目で軽く睨むと、片手を切って謝ってきた。

 そんな下らない遣り取りなど気にもせず、鹿島さんは続ける。

「俺が小学生の時、高校生だった姉貴が死んだんだ」

 自殺だった。

 ドキリとした。その話は尾崎さんから聞いている。

「自殺の原因は、部活内でのイジメだの男子生徒に乱暴されただの、当時色々と取り沙汰されたが、理由なんて正直どうでもいい。とにかく、姉貴は自殺を図った。最初は市販風邪薬の大量服薬――いわゆるオーバードースだった。しかし、母親の発見が早かったため、それは失敗した。姉貴は救急車で運ばれ、父親が院長を務める病院に入院した。そして、普段は入院患者に開放している屋上が、その日から施錠されるようになった。自殺に失敗した娘が入院してるんだ。当然の配慮だろう。しかし――当時小学生だった俺には、何も知らされなかった。姉貴は風邪をこじらせ、肺炎になって入院したんだと聞かされていたんだ。だから、年の離れた姉のことなどほとんど心配しないで、馬鹿みたいに自分の趣味にばかり没頭していたんだ」

「鹿島クンの趣味って?」静かに羽生さんが尋ねる。

「もちろん、天体観測です。その年の誕生日に最新式の天体望遠鏡を買ってもらった俺は、毎晩はしゃいで夜空を覗いていたんです。だけど、天体観測をするならできるだけ高い所でしたかった。家の近所で最も高い建物は父親の病院でした。年相応に悪餓鬼だった俺は、毎晩親に内緒でこっそりと病院に忍び込み、気が済むまで星空を眺めていた。それなのに、ある日突然、その屋上は封鎖されてしまった。子供だった俺は、姉貴の入院との間に因果関係を想像することができず、大人の勝手な都合と解釈して、一人悔しがっていた。解決方法はすぐに浮かんだ。病院施設の全ての扉を開錠できるマスターキーの在り処を、俺は知っていたんだ。その鍵を使って屋上に侵入することなんて、無駄に悪知恵の働く当時の俺には造作もないことだった。持ち込んだ望遠鏡を覗き始めて、一時間くらい経った頃かな。俺は背後に人の気配を感じて振り返った。姉貴が、そこに立っていたんだ。自分のことしか考えられなかった当時の俺は、お父さんお母さんには言わないでって、姉貴に必死になって頼んだ。姉貴は弱々しく微笑んで、了承してくれたよ。鍵は私が返しておいてあげるから、アンタは早く帰って寝なさいって優しく言われて――俺は、それに従った。姉貴が屋上から飛び降りたのは、俺が帰った直後だった。俺が、姉貴を殺したんだよ」

 誰かが息を飲む。空気が限界まで張り詰めている。

 鹿島さんの話は続く。

「最悪なことに、屋上から飛び降りて尚、姉貴は死ねなかった。柔らかい花壇の上に落ちて、死に損なったんだ。でも、姉貴の死への執念は凄まじかった。自分が死ねなかったと悟ると、立ち上がり、歩き出して自分の足でまた屋上を目指したんだ。全身打撲で血が吹き出しているにも関わらず、ね。長い時間をかけて屋上に辿り着き、今度はアスファルトに覆われた駐車場めがけて落下して、姉貴はようやく死ぬことができたらしい。俺がその事実を知ったのは、葬式の時だったよ。親類連中が噂してたのを耳にしたんだ」

「鹿島クン、何か言われた訳……?」羽生さんが怯えている。

「何も。姉貴が屋上に侵入できたのは、本人が鍵を勝手に持ち出したから、ってことになったらしいです。俺の話なんて一ミリも出てきませんでしたよ。……むしろ、全部バレて激しく責め立てられた方が、救われたんですけどね」

 言いながら、数ミリ視線を落とす。ほとんど感情を表に出さない鹿島さんにしては、分かりやすい反応である。

「両親の憔悴具合は半端じゃなかったですよ。頭も顔もよくて、明るくて友達も多くて――二人共、本当に姉貴を可愛がってましたからね。本当に死ぬべきなのは、俺の方だったんです」

「それは飛躍じゃないんですか?」思わず口を挟んでしまう。

「いや、俺がそう感じたって話だ。いつも明るかった食卓は火が消えたように暗く沈んでしまったし――それ以来、俺は理屈じゃどうしようもない罪悪感に悩まされる羽目になってしまった。何故俺なんかが生きているんだ、真に死ぬべき人間は俺なんじゃないか――とね。この考えが間違いなのは分かっている。だが、感情は理屈では割り切れない。自分の所為で姉が死んだという傷を、屈託を、十字架を抱えたまま、俺はここまで生き続けてきた。だがその一方で、どうやったら身近にいる人間を悲しませずに自殺できるのか、どうやったら確実に死に至ることができるのか、同時に考えていた気がする。全ては、そこから始まったんだ。死を想い、死を願い、死を考え、死に至って――その末路が、これだ。俺もきっと、被害者になりたかった一人にすぎないんだろう。希死念慮に耐え切れず、自ら計画の参加者になって、監督を放棄して、計画が失敗したというのだから、笑わせる話だ」

 そう言いながら、鹿島さんの表情筋はピクリとも動かない。

 ここに来てすぐの時、周囲の光景を星空の草原に変化させた際、鹿島さんは「子供の頃から、ずっと星になりたいと思っていた」と語っていた。今になって、その言葉がダブル・ミーニングとなって重くのしかかる。

「――あの時」虚空を睨みながら、羽生さんが呟く。「あたしが手を滑らせてペットボトル落としちゃった時、鹿島クン、何か凄い反応してたよね? もしかして、あれがきっかけで思い出した訳?」

「落下するペットボトルが、屋上から飛び降りる姉貴と重なったんです。実際にこの目で見た訳じゃないですし、その記憶は一番深い所に封じ込めていた筈なんですけど……皮肉ですね。それが記憶回復のきっかけになるなんて」

「屋上が苦手なのも、それが原因なのかな?」

 尾崎さんの言葉に、わたしはハッとなる。

「……そうですね。何で気分が悪くなるのか、ずっと疑問だったんですけど」

 そこに至ってようやく、わたしは自分の勘違いに気が付く。鹿島さんは高所恐怖症などではなかった。過去のトラウマから、屋上そのものに苦手意識を抱いていただけだったのだ。何故、そんな勘違いをしてしまったのだろう。高所恐怖症なんて、一言も言っていなかったのに……。

「――俺の話は、このくらいでいいだろう。計画の全容も、だいたい分かってもらえたと思う」

 鹿島さんは明らかにこちらに対して話しかけている。わたしは、その冷たい双眸を正面から受け止める。

 五人は闇サイトで知り合っていた。

 計画は、サイト管理人である鹿島さんが立てたものだった。

 メンバーは鹿島さんが任意に選抜した自殺志願者たちで――計画を立てた時期、つまり去年の下半期にサイトに出入りしていた人間たちだった。その時期、メンバーのほとんどに何かがあったのは、やはり偶然ではなく、必然だったのだ。

 ここまでは、分かった。

 そして。

「次は、原田さんの番だ」

 最後まで後回しにされたわたしの物語が、ようやく(ひもと)かれようとしている。


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