ごめんね。
突然の暗闇に呼吸が止まりかける。
しかし、冷静になって辺りを見渡すと、完全な闇でないことはすぐに分かった。比較的近い位置に街灯が立っている。目が慣れるのに長い時間はかからなかった。そして、一分とかからず、今の状況を把握する。
ぐるりを囲む緑色のフェンス、クレイのコートが四面、敷地の端には部室棟、その辺りの床はコンクリになっていて、今わたしはそこに立っている。
礼林学園のテニスコートだ。
時刻は夜。
場所も時間も、わたしが殺されたのと一緒だ。誰かが実況見分のために光景を変化させたんだろうか。視線を巡らせると、さっきまでいたメンバーと目が合う。フェンスの向こうに尾崎さん、用具庫の横には横山さんがいて、大介君と羽生さんはコートの端。みんな、一様に不思議な顔をしている。その表情から察するに、光景をテニスコートに変化させたのはここにいるメンバーではないらしい。
と言うことは――。
「――――ッ!」
次の瞬間、首に強い衝撃が走った。完全に呼吸が止まる。
「う、ぐ……ッ!」
喉が潰れ、口角から呻き声が漏れる。体も、少し浮く。
痛い。
苦しい。
慌てて首に手をやると、ロープのようなモノが巻きついている。
絞められているのだ。
「ぐ、あ、が……」
顔が鬱血していく。目の前も、だんだん暗くなっていく。
何だこれ。
何でわたし、襲われてるんだ。
これは、記憶? 回想?
違う。現実だ。現実だからこんなに痛いんだ。苦しいんだ。
ロープは深く首に食い込んでいて、指が入らない。絞めている人間の足を踏んでやろうかとも思ったけど、足をばたつかせただけ。抵抗を。抵抗をしないと。ロープを絞めている手に爪を立て、必死になって掻き毟る。でも腕はびくともしない。機械に絞められてるみたいだ。
わたし、死ぬのかな。
……馬鹿みたいだ。
もう死んでるのに。
死人なのに。
また、死ぬ羽目になるなんて。
意識が、ブラックアウトしていく。
――ごめんね。
瓦解していく世界の中で、誰かの声が聞こえた気がした。
気が付いた時、わたしはテニスコートに寝そべっていた。
息が出来るのに気が付き、激しく咳き込む。少しずつ、世界に色が戻ってくる。
「生きてる……?」
「ううん、死んでる」
頭上から、羽生さんの声が聞こえてくる。
「あたしたちは、ずっと死んでる」
相変わらずブラックだ。
「え、あの、わたし……」
「あたしにもよく分からないんだけどサ……」
羽生さんが顎をしゃくる先に、視線を移す。
横山さんが、肩をいからせて立っていた。
「……何やってんだよ……」
目を釣り上げて、声を絞り出している。
その前には、頬を右手で押さえ、尻餅をついている鹿島さんの姿。眼鏡フレームは、ひしゃげて傍らに転がっている。
左手には、麻縄。
この状況を見たら、いくら鈍感なわたしだって、分かる。
「……鹿島さんが……?」
「何、やってんだよ……」
横山さん、声が震えている。
「鹿島クン、急に出てきて瑞穂ちゃんの首絞めだしたの。あたし、全然動けなかったんだけど、そこを横山クンが、殴りつけて……」
「横山さんが!?」
意外だった。この人が、そんなことをするだなんて。
いや、できるだなんて。
「こ、答えろよ……。お、お前、何やってるんだよ……」
つっかえつっかえ、精一杯強い言葉を使っている。
ああ、怒ってるんだな、と思った。
怒りのためか緊張のためか、額にはびっしりと汗が浮いている。
それに前髪が張り付き、普段前髪に隠れている双眸が露わになる。
それだけで凛々しく見えてしまうから不思議だ。
「……確証が、欲しかったんです」
対する鹿島さんは、顔面蒼白だ。視線を伏せ、殴られた頬をさすっている。
「確証って、何だよ」
「……これで、全て分かりました」
聞き間違いかと思った。
「瑞穂ちゃん――彼、今、何て言ったの?」
それはこっちが聞きたい。
「何だか聞き捨てならないことを聞いた気がするが……」
「犯人が分かったんスか?」
尾崎さん、大介君が、驚きの言葉を口にする。それは横山さんも同じだったようで、絶句して目を見開いている。
「ね、鹿島クン――分かったって、全部分かったってこと?」
「そうです」
「犯人も、殺された理由も、細かい謎も、全部?」
「全部は、全部です」
「それって――考えて、分かったの? それとも、記憶が戻ったってこと?」
「ほとんどは、考えて分かりました。ただ――様々なことが分かるにつれて、思い出したこともあります」
立ち上がり、眼鏡をかけ直しながら淡々と話す。横山さんに殴られてひしゃげた筈のフレームは、すでに元通りに戻っている。
「これから、全て話します」
それで、終わりにしましょう。
踵を返し、背中越しに彼は言う。
視線を落とすと、テニスコートにはわたしと鹿島さん、横山さん三人分の足跡が、無数につけられていた。




