システム説明
何もない空間に、わたしはいる。
壁も床も天井も、真っ白。染み一つない。
広さは十畳ほどだろうか、全てが白いため、感覚を掴みにくい。
出口は、ない。
扉も、窓もない。
照明の光量は十分で、そもそも部屋全体が白で統一されているため、圧迫感を覚えることはないのだけど、その代わり、どうにも現実感が希薄だ。
部屋の中央には、黒い円卓。
その上には、無数の資料と、飲み物。
それを囲む、五人の男女。
人の良さそうな中年男性・尾崎潤一。卵型の輪郭で、頭髪はやや寂しくなりかかっている。ワイシャツにスラックス、赤系統のネクタイという格好は、どこからどう見ても会社員風。口調は常に穏やかで、聞いている人間を安心させる効果がある。彼は、一人目だ。
その隣に座るのは二十代の無口な男性・鹿島寛貴。青いTシャツにジーンズ姿。やせ型で眼鏡をかけていて、どことなく理知的な雰囲気。しかし人と接するのが苦手なのか、皆との会話に積極的に参加することは少なく、時々発言しても、決して人の目を見ようとはしない。顔立ちそのものは割りと整っているが、少し陰のある印象だ。彼は、二人目。
自分を挟んで逆サイドには、丸顔ボブカットの愛嬌のある女性・如月羽生。黄色のニットにタイトジーンズ。年齢は三十前後。鹿島さんとは対照的に、よく喋る、陽気な女性だ。三人目。
斜向かいに位置するのは、緑色のシャツをインナーに、学生服を着崩した中学生・桐山大介。メンバー最年少。でも体格は立派で、恐らく一七〇は超えている。常にだるそうなだけど、やる気がない訳ではないらしい。四人目。
そして――わたし。
原田瑞穂、十七歳。
この自分こそが、五人目。
五人目の、被害者。
格好は、何故か制服のピンクブレザーのままだ。
ここに揃う一同は、ある連続殺人事件の被害者で、すでに死亡している存在なのだという。しかし、誰一人として、事件に関すること、例えば何故自分が殺されたのかといった、諸々のことを忘れてしまっている。
そしてそれこそが、ここに集められた理由なのだという。
何故自分が殺されたのか、その理由を探ること。
思い出す、ということ。
その命題を果たすために、五人は円卓を囲む。
「……大切なことを聞き忘れていたんですけど」
こちらが取り敢えず現状を理解したことで、一同はすっかりリラックスしてしまっていた。尾崎さんと如月さんはコーヒー、大介君はコーラ、そして鹿島さんはペットボトルのミネラルウォーターで、それぞれの喉を潤せている。
「うん、瑞穂ちゃん、なぁに? お姉さんでよければ、何でも答えるわよ?」
相変わらず如月さんの言葉は軽い。わたしは未だに、この女性の本当のところを掴めずにいる。それは他の面子に関しても同様なのだけど。
「あの……もしも、ずっと思い出せずにいたら、わたしたちって、どうなっちゃうんですか? ずっと、このままなんですか?」
死者であるからには、疲れることも、傷つくこともない。ただ、永遠があって、永久があって、永劫があるだけ。
この白い部屋で、ずっと。
あまりにもぞっとしない話だ。
「うーん、どうなんだろうねぇ。警察の捜査はリアルタイムで進んでいる訳だし、新しい事実も次々と明らかになっているし、いつまで経っても何も思い出さない、ってのは考えづらいけどねえ……」
「でも、万が一ってことはあるじゃないですか」
「万が一も兆が一も、ないんじゃない? 考えるのをやめない以上、必ず進展はあるってば。ましてや、五人もの被害者が揃ってるのよ? 当事者と言えば、一番の当事者じゃない」
「その被害者が、何も覚えてないんじゃないですか……」
我ながら否定的な意見ばかりだとは思うが、真実なのだから仕方がない。
「具体的に何すればいいか、全然分からないし……」
「そりゃ簡単だよ」コーヒーカップを手に、尾崎さんが口を挟む。「事件を解決すればいいのさ。犯人を特定して、その動機を探る。それで、全ては判明する。私たちも、全て思い出すって寸法だ」
「そんな、簡単に……わたし、警察でも名探偵でもないんですよ? どうやって調べろって言うんですか……」
「方法手段なら、豊富にあるよ」
人を安心させるような、例の柔和な声で、尾崎さんは続ける。
「現場の様子、死体の特徴、目撃証言、被害者周辺の人間関係――全てのデータ資料は、ここに揃っている」
円卓の上にある、無数の書類のことを言っているのだろう。
「警察やマスコミの人間が必死になって調べ、探し出したデータだ。私たちはそれを、瞬時に閲覧することができる」
やってみようか。
言いながら、その視線を如月さんに向ける。彼女もまた、尾崎さんの視線の意味を瞬時に理解したらしい。「了解」と立ち上がり、こちらに向き直る。この辺り、やたら息が合っている。
宣誓でもするように右手をあげ、彼女は声を張る。
「『原田瑞穂、個人プロフィール』」
言った瞬間、如月さんの右手には数枚の書類が現れ、彼女はそれに、さっと目を走らせる。
「えー、原田瑞穂、一九九六年九月十九日生まれ。乙女座A型、満十七歳。本籍地及び現住所、東京都北区赤羽○○の××。私立礼林学園普通科二年。クラスはⅡB。出席番号二十四番。えーと、身長百五十二センチ、体重三十八キロ。スリーサイズが、上から――」
「ちょっと!」
飛びつき、彼女の手から慌てて資料を奪い取る。
「何を読み上げようとしてるんですかっ!」
「大丈夫だよ。それ、見てごらん」
座ったまま悠然としている尾崎さんに促されて、わたしは引ったくった資料に目を通す。名前、生年月日、住所、そして学校関連のことなどがずらずらと書かれているが、どこを探しても体型に関するデータなど見当たらない。次の項目は家族構成のことで、後は簡単な経歴や、友人関係、趣味嗜好に関して書かれているだけだ。
「あれ……?」
「不思議でしょ? あたしが見た時は、確かに記述があったのよ?」
立ったまま、如月さんはどこか得意そうな顔をする。
「私たちはね、望みさえすれば、一瞬で警察やマスコミの調べたデータが手に入る。今、如月さんがやったように、個人情報も思うがままだ。しかし、その逆もまた然り。誰か一人でも望まなければ、そのデータが他の人間の目に触れることはない。フィルター機能とでも言うのかな――事件に関係ないプライバシーは、最低限保護される訳だ。もちろん、それはこの空間に限った話であって、事実は事実として残り続けるんだけどね」
知りたいことを知ることはできるが、それには本人の了承が必要、ということか。
「とは言え、これは相当なアドバンテージだ。捜査本部の刑事たちが連日靴底を減らして得た情報――それが、我々はここにいるだけで、一瞬で閲覧することができる訳だからね。そういう意味では、どんな刑事より、記者より、有利な立場にあると言える」
この場にいながらにして、全てを知ることができる、か。
しかし、さっき尾崎さんは、『死者は二度と現世に戻れない』とも言っていた。『干渉さえ許されない』と。実際、今ここにいる五人は、この空間から出ることすら出来ないでいる。
つまりそれは、現場に行って何かを探すとか、関係者に話を聞くとか、そういった直接の捜査、調査が出来ないことを意味している。と言うことは、データに関する優遇は、アドバンテージと言うより、むしろ救済措置に近いんじゃないだろうか……?
「望んで得られるのは、何もデータだけじゃないのよ?」
わたしの顔を覗き込み、如月さんは続ける。
「例えば――『コーヒー』」
円卓を指差し、彼女は宣言。次の瞬間、指差した先には湯気を立てるコーヒーカップが出現する。
「『ロールケーキ』」
その次は、ロールケーキだ。甘い香りが胸をくすぐる。
「『ベッド』」
部屋の端を指差すと、そこにはシングルベッド。
「『二丁拳銃』」
両手を広げてそう宣言すると、その手にはちゃんと一丁ずつ、拳銃が握られている。
「――なんてね。『マトリックス』みたいでしょ? この空間では、イメージして念じさえすれば、何でも手に入る訳」
それぞれの手の中で拳銃をくるくると回しながら、如月さんはさらに得意そうな顔をする。
「ま、危ないからこれは消しておきましょうか――」
言った瞬間、コーヒー、ロールケーキ、ベッド、二丁拳銃の全てが、消える。
「何でもアリでしょ? ここは、現実でありながら現実ではないの。そういう意味では、とっても便利で、とっても快適」
「それでもオレは、こんなとこ、さっさと出たいッスけどねー」
そう言う大介君の手には、携帯ゲーム機が握られている。説明が長引いて退屈し始めたらしい。空間自体の特殊性もさることながら、ここに揃った面子も、たいがいに自由だ。
三人が代わる代わる口を開く中、鹿島さんだけは一人、我関せずといった具合で目の前の資料を熟読しているし。
「――さて、ルールやシステムについての説明は、とりあえずこんなモノでいいだろう。そろそろ、本題に入ろうか」
仕切る尾崎さんの声を聞きながら、わたしは僅かに気合を入れた。
いよいよ、前代未聞の死人会議が、幕を開こうとしている……。