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午後からは、森林オリエンテーリング。ヒデさんと何人かが、森林浴コースに指令の書かれた紙を隠しているので、それを探して指示に従いゴールに進むってことになっている。
ほんとに遊びに来たんだなって感じ。
少人数のグループに分かれて、ホテルロッジ棟の前の広場からスタート。
グループ分けはくじで決められ、四・五人ずつの七班に分かれた。私は、同じ池田ゼミのあずみと光汰、松林ゼミから謙さんの四人グループだった。
最初っから、光汰と健さんは飛ばしていた。ポイントまで走る。探す、指令は全力で。なんで、っていうくらい勝負に真剣だった。「赤いスーパーボールを探せ」っていう指令には、作られたボールプールに飛び込んでたし。
さすがに、ちょっと引いて二人の奮戦を眺めるあずみと私。
「あー、ハルと一緒のグループだったらよかったな」
大きな独り言を言うあずみ。ううん、やっぱり私に聞かせるつもりで、かな? バーベキューの時もハルくんのそばを囲ってた中の一人だし。
「ハルくん、彼女いるよ?」
「知ってるけど。この合宿には来てないんだから、いーでしょ、べつに」
そういうものなのかな。あずみとは、普段からあんまり話さないので、会話を続けにくかった。
「社会人の彼女なんでしょ? すぐダメになるかもしれないし。ハル、彼女切らしたことないみたいだから、アピールしといて損はないでしょ」
……こっちがだめならあっち、ってハルくんは、そんなに軽くないと思うんだけど。しかも、別れるのを望んでるみたいな。
「美緒だって、変わんないでしょ」
あずみの言葉が胸を刺す。
同じ。ハルくんを求めるなら、彼女との別れを望んでないとは、いえない。そういうところは、蓋をして見ないようにしてきたけど。
自分だけのものにしたいという望みが、心の中に沈んでいる。
そういうものだって、向き合って消化していかないといけないんだ。
オリエンテーリングは、光汰と健さんの張り切りでトップでゴールした。ゴールは、森林浴コースの最終地点、ホテルやロッジの裏側にあたる小さな公園だった。
今回運営側に回っていた優香さんから、お疲れ様、とドリンクを受け取った私たちは、他のグループのゴールを待つばかり。
「美緒ちゃん、どうしたの? 元気ないわね」
公園の花壇を囲む石の上に座っていたら、優香さんが来てくれた。
「なんだか、わかんなくなっちゃって」
思わず、優香さんの柔らかい雰囲気に頼ってしまう。
「彼女が、いるのに。好きになったら、大事にできないから好きにならない、とか。彼女がいても、そんなの関係ない、とか」
私がこぼすと、優香さんは私の隣に腰を下ろした。
花壇を背に並んで座りこんで。
「ハル?」
優香さんが、ふんわりと確認するので、私は黙って頷いた。私がずっと誰を見てるのかなんて、ほんとにわかっちゃうんだね。
「ほら、バスの中で、一番大事なものを壊すとか言ってたしね。なんだか、まっすぐじゃないというか……。なまじ、見た目が良くて、女の子に不自由しないっていうのが良くないんじゃない?」
優香さんは優しい口調で辛辣なことをさらりと言った。
「まあ、彼女がいてもいなくても。自分の気持ちって、それでどうにかなるもんじゃないでしょう?」
今度は私の顔を見て、
「美緒ちゃんは、そのまま、でいいんじゃないかな」
とも言ってくれた。
そのまま、ただ好きなままで――――?
「自分の気持ちに正直になるのが、怖いだけなのかもしれないよ?」
優香さんはそう言って、微笑んだ。
それから、まだまだ他のグループも終わりそうにないし、じっと待つのも退屈だったので、森林浴コースを散歩してみることにした。オリエンテーリングでは、グループで走ってばっかりだったから、周りを見る余裕もなかったし。
「美緒ちゃん、どこ行くの?」
「もう一回コース、見てきます」
「気を付けてねー」
「はーい」
優香さんに手を振って。
ハルくんは、今頃どのあたりだろうって思いながら。
夏の森は、午後の光をさえぎって、艶々と緑が輝いていた。
聞こえてくる、オリエンテーリング中のグループの騒めき。それも、どこか遠くの出来事のようで。
一人でぼんやりと森を満喫していたら、いつしか、周りがすごく静かなことに気がついた。
あれ? コース表示が、ない。
もしかして、ここ道じゃない?
足元は地面が見えている、ってところは一緒でも、踏み固められた感がなく、どこかやわらかい。
あんまり、認識したくないけど、もしかして、私、コース外れた?
見回すと、周りじゅうが年季の入った木立。森林浴じゃなく、森林そのものに迷い込んだかもしれない……。