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買い出し前にロビーに姿を見せなかった宗純も、バーベキューにはちゃんと出てきていた。最近は、知らない間に宗純が近くにいたりすることが多かったんだけど、さすがに、気まずくて。私とは離れた集団の中にいる。
ハルくんは、女子に囲まれていた。松林ゼミの何人かと、うちの池田ゼミのあずみと茉奈。
私は、遅れてきた池田先生のご高説を聞く役に回ってしまって。
千裕はちゃっかり、りょーすけに世話を焼かせている。
バーベキューと言っても野外で飲んでるってだけで、いつもの宴会と変わらないけど。それでも、頭の上に星空があって、満天の澄んだきらめきが日常と違う開放感を生み出していた。
松林先生も合流してきて、やっと池田先生から解放された私は、飲み物をもらいにテーブルを移動した。
「美緒ちゃん」
タイミングよく、宗純がオレンジジュースをくれた。
「ありがと」
受け取ってお礼を言うと、
「さっきは、ごめん」
と宗純は目を伏せた。
「でも。俺、待ってるから」
……何を?
「だから……」
私は、小さく首を振った。
あきらめきれない想いは、否定できないけど。だからこそ、私は宗純に応えられないことがわかってるから。
「ごめんね、でも、ありがとう」
それだけ言って、オレンジジュースを持って、私は宗純から離れた。
彼も追いかけてはこなかった。
バーベキューの輪から少し離れたベンチで、ほっと息をつく。
見上げれば、星が空から降ってきそう。
消せない想いは、どこへ行くのかな。
「美緒ー、花火始めるって」
千裕が呼んでくれて。またざわめきの中に戻った。
ハルくんは、あいかわらず。女子の囲みが崩れそうになかった。
山盛りの、手持ち花火。ヒデさんをはじめ、みんなで騒ぎながら子供みたいに花火して。
最後の線香花火の震える火の玉に、落ちないで、と願をかけた。
本当は、ハルくんのそばにいたいって、ただ、それだけを。
合宿二日目は、朝食の後のサイクリングで始まった。
よく晴れた夏の高原の朝を、自転車で回る。木立の間を抜けていく。風は、透明な緑。
自転車に乗るのって、何年ぶりだろう? 中学くらいまではよく乗っていたんだけど。高校から電車通学になって、乗らなくなっていた。
ヒデさんが、ホテル周りのサイクリングコース三週とか、ノルマを決めるものだから、気合いを入れて急いでる面々も何人か。
千裕は、りょーすけとまたテニスがしたいからと、急いで回ってる。
私は、急ぐ理由もなく、のんびり高原の雰囲気を満喫していた。
していた、んだけど……。
「美緒、なにやってんの?」
な、んで、こんな時に寄りによってハルくんが通りかかるかな。
「見たまんま、です」
コースの路肩の側溝をふさぐ蓋の溝にタイヤがはまってしまって、自転車が動かせない。変な斜めの体勢のままで。
「とりあえず、降りたら?」
自転車を路肩に寄せて止め、自分も降りたハルくんが私に手を差し出した。
「ありがとう」
おかげで自転車から降りられたものの、恥ずかし過ぎる。
ハルくんは、くすくす笑いながら、
「どっち向いて漕ごうとしてたの?」
言いつつ、自転車を溝から救い出してくれた。
「美緒、あと何周?」
「え、えと、一周」
「じゃ、行こ」
一緒に回ってくれるってこと? 私がハルくんを見上げていると、
「ほら、一人だと、またはまったら困るから」
ハルくんは、柔らかく微笑んでくれた。
「行くよ?」
すいっと前を行く軽やかな背中。私も慌ててサドルにまたがって、後ろに続いた。
高原の風の中。
ずっとハルくんをこうして見つめていて、それがなんだか贅沢なくらいここでは自然で。
サイクリングノルマを終えて、自転車を返却したら、テニスコートを通り掛かった。
千裕がりょーすけと打ち合っている。
「結構うまいよね」
ハルくんが千裕を見て言った。
「昨日から、りょーすけにリベンジってムキになってたから」
「りょーすけも、楽しそうだからいいんじゃない?」
そうだね。
ボールが二人の間を行ったり来たり。まるで会話をしているように。
もしかしたら、この合宿で千裕とりょーすけの関係は新しいものに変わるのかもしれない。
隣のハルくんを見上げてみた。きれいな横顔。フェンスの金網に軽く絡めた指先は、力強いのに、長くてきれい。
でもこのひとは、私には振り向かない。私の方は、変わる余地、なし。
「彼女は、元気?」
自分に塩をすり込むように、尋ねてみる。
「芹? うん。なんで?」
「忙しそう?」
「まあ、新人だから。でも、休みに会っても、あんまり愚痴らないかな」
ハルくんが、遠くを見る目をした。芹さんを思い返してる?
「……うまくいって、よかったね」
そう言うと、ハルくんが私に視線を戻した。訝るような棘が少し。
「好きになれて。ハルくんは、ちゃんと、大事にしたいって思える人が欲しかったんでしょ?」
ハルくんは、私から、目を逸らさない。まるで、何かを私から吸い取ろうとしているかのよう。
そして。
「俺はね」
と、ハルくんは、私から背を向けて。
「……好きになったら、大事にできそうにないから」
そう言って、一人でロッジの方に行ってしまった。
どうして? すごく順調そうに、りょーすけと話していたのに。芹さんとは、もうずいぶん長く続いているのに。それでも?
ハルくんは、わからない。
どうして、そんなふうに付き合ったりするんだろう?