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 宗純は、経験者というだけあって、かなり上手い方なんじゃないかなと思う。素人目でも、それくらいわかる。

 ハルくんも、サークルに誘われるだけあって、きれいなフォームで譲らない。

 ハルくんが、ボールを追いかけて走ってる。それだけなのに。

 見てるだけ、で。涙が出そう。

 点数的には、宗純の方がリードしているんだけど、なんだか宗純には余裕がないように見える。

「ハル、本気出せよ」

ネット越しに低く放たれた声。

「俺は、真面目に、やってるけど?」

打ち返しつつ、ハルくんが言うと、

「ああそうですか」

宗純がボレーを決めた。

 試合は、終始宗純が先行する形で進んだ。ハルくんが追いつけば、また宗純がリードする。

 ハルくんが手を抜いてるとは思えない。思えないんだけど……、適度に譲ってる? 

 そしてそのまま、二人の試合は、流れが崩れることなく終わった。

 試合後の握手の時、宗純が言った。

「ハル。それで、いいんだよな」

「なにが?」

「……わかったよ」

パシッとハルくんの手を放す宗純。ハルくんは首を傾げて苦笑い。

 宗純は、なんだか一人で試合をしていたみたいだった。

 そのまま宗純は、ちょっと怒ったような顔でコート脇のベンチでドリンクを飲むと、そばの木陰で見ていた私のところへ来た。

「美緒ちゃん、約束」

そう言って私の腕をつかみ、

「森林浴、行こう」

ずんずん歩いていく。

 ……誰も止めてくれない。

 私は、宗純に手を引かれるまま、テニスコートを出た。


 森林浴コースにまで行かなくても、テニスコートからホテルやロッジの点在する宿泊ゾーンまでは、木立に囲まれた小径こみちが続いている。

 葉擦れの隙間からこぼれる柔らかな光の筋は、擦りガラスのように小路を切り分けていた。

「宗純」

呼んでも、宗純は止まってくれなくて。何とかつかまれた手を振りほどこうとする。

「手、放して」

「嫌だ」

怒ったように言う宗純。

 突然、宗純は私の手をつかんだまま前に回り、

「美緒、俺と付き合って」

と言った。

 宗純の真摯な目に息をのむ。

 覚悟って、こういうこと?

 それなら。私の答えは決まってるのに。

「宗純」

ごめん、と言いかけた私を遮って、

「美緒が」

宗純は覆い被せるように言う。

「誰を好きでもいいから」

「なんで……」

「いいから。今、付き合ってる奴、いないんだったら。俺と」

私は必死で首を振った。宗純に両手をつかまれてしまってて、ほかに身動きが取れない。

「……無理だよ」

「無理じゃない」

「私は!」

思い切り両手を振り上げて、宗純の手をほどいた。

「好きな人じゃなきゃ、付き合えない」

一歩二歩と、後ろに、下がって。

 私は、歯を食いしばるように歪んだ宗純の顔から目を逸らし、そのまま走ってロッジに逃げ帰ったのだった。

 


 薄暗いロッジの中で、膝を抱えて、しばらくぼうっとしていた。

 宗純は、なんでそれでもいいって言えるんだろう。そんなの、すごく辛いのに。

 それとも、いつか、胸の中の人を上書きして変えてしまえると、そう思えるんだろうか……。


 ハルくんを、好きじゃなくなる日が来る?


 一人で、ちょっと笑った。

 考えただけで、胸が痛むのに。

 


「美緒ちゃん」

ロッジの外から、声がかかった。

「落ち着いたら、着替えておいで。買い出し行くんだって」

優香さんだ。

「ロビー集合だよ?」

「はい」

返事をして、立ち上がる。ずっとここにいるわけにいかない。

 着替えるといっても、テニスウエアを着ていたわけじゃないし、そんなに汗もかいてないし。わざわざって気がするので、そのまま出ようとしたら、千裕が帰ってきた。

「美緒。私、着替えるから待ってて」

「うん、いいよ」

スコートのまま買い出しってわけにいかないもんね。

「あー、運動した」

千裕は着替える、と言いつつ、ちゃっかりシャワーまで浴びている。

「あのあと、私も試合したんだ。りょーすけと。けっこういい勝負だったんだよ」

「りょーすけもテニスサークルだったもんね」

 シャワーを終え、千裕は手早く着替え終えた。ジーンズのショートパンツにキャミソール、半そでシャツを羽織って完成。

「行こっか」

「うん」

「ね、美緒」

先に立った千裕は、ロッジの玄関で振り返り言った。

「あの試合、全力だったと思う?」

ハルくんと宗純の試合のことだ。

「確かにお遊びの一環だし、本気でする必要はないんだけど。少なくとも宗純は、本気だった。でも……」

ハルくんは。

「審判から見て?」

「っていうか……、全力出すのを抑えてる? みたいな」

千裕がロッジの扉を開けた。

「ハルね、美緒が連れて行かれた後、動こうとして、やめたんだよ?」

「え?」

「よく、わかんないけど。なんなんだろうね」

と、千裕は不思議そうに目を細めた。



 


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