5
宗純は、経験者というだけあって、かなり上手い方なんじゃないかなと思う。素人目でも、それくらいわかる。
ハルくんも、サークルに誘われるだけあって、きれいなフォームで譲らない。
ハルくんが、ボールを追いかけて走ってる。それだけなのに。
見てるだけ、で。涙が出そう。
点数的には、宗純の方がリードしているんだけど、なんだか宗純には余裕がないように見える。
「ハル、本気出せよ」
ネット越しに低く放たれた声。
「俺は、真面目に、やってるけど?」
打ち返しつつ、ハルくんが言うと、
「ああそうですか」
宗純がボレーを決めた。
試合は、終始宗純が先行する形で進んだ。ハルくんが追いつけば、また宗純がリードする。
ハルくんが手を抜いてるとは思えない。思えないんだけど……、適度に譲ってる?
そしてそのまま、二人の試合は、流れが崩れることなく終わった。
試合後の握手の時、宗純が言った。
「ハル。それで、いいんだよな」
「なにが?」
「……わかったよ」
パシッとハルくんの手を放す宗純。ハルくんは首を傾げて苦笑い。
宗純は、なんだか一人で試合をしていたみたいだった。
そのまま宗純は、ちょっと怒ったような顔でコート脇のベンチでドリンクを飲むと、そばの木陰で見ていた私のところへ来た。
「美緒ちゃん、約束」
そう言って私の腕をつかみ、
「森林浴、行こう」
ずんずん歩いていく。
……誰も止めてくれない。
私は、宗純に手を引かれるまま、テニスコートを出た。
森林浴コースにまで行かなくても、テニスコートからホテルやロッジの点在する宿泊ゾーンまでは、木立に囲まれた小径が続いている。
葉擦れの隙間からこぼれる柔らかな光の筋は、擦りガラスのように小路を切り分けていた。
「宗純」
呼んでも、宗純は止まってくれなくて。何とかつかまれた手を振りほどこうとする。
「手、放して」
「嫌だ」
怒ったように言う宗純。
突然、宗純は私の手をつかんだまま前に回り、
「美緒、俺と付き合って」
と言った。
宗純の真摯な目に息をのむ。
覚悟って、こういうこと?
それなら。私の答えは決まってるのに。
「宗純」
ごめん、と言いかけた私を遮って、
「美緒が」
宗純は覆い被せるように言う。
「誰を好きでもいいから」
「なんで……」
「いいから。今、付き合ってる奴、いないんだったら。俺と」
私は必死で首を振った。宗純に両手をつかまれてしまってて、ほかに身動きが取れない。
「……無理だよ」
「無理じゃない」
「私は!」
思い切り両手を振り上げて、宗純の手をほどいた。
「好きな人じゃなきゃ、付き合えない」
一歩二歩と、後ろに、下がって。
私は、歯を食いしばるように歪んだ宗純の顔から目を逸らし、そのまま走ってロッジに逃げ帰ったのだった。
薄暗いロッジの中で、膝を抱えて、しばらくぼうっとしていた。
宗純は、なんでそれでもいいって言えるんだろう。そんなの、すごく辛いのに。
それとも、いつか、胸の中の人を上書きして変えてしまえると、そう思えるんだろうか……。
ハルくんを、好きじゃなくなる日が来る?
一人で、ちょっと笑った。
考えただけで、胸が痛むのに。
「美緒ちゃん」
ロッジの外から、声がかかった。
「落ち着いたら、着替えておいで。買い出し行くんだって」
優香さんだ。
「ロビー集合だよ?」
「はい」
返事をして、立ち上がる。ずっとここにいるわけにいかない。
着替えるといっても、テニスウエアを着ていたわけじゃないし、そんなに汗もかいてないし。わざわざって気がするので、そのまま出ようとしたら、千裕が帰ってきた。
「美緒。私、着替えるから待ってて」
「うん、いいよ」
スコートのまま買い出しってわけにいかないもんね。
「あー、運動した」
千裕は着替える、と言いつつ、ちゃっかりシャワーまで浴びている。
「あのあと、私も試合したんだ。りょーすけと。けっこういい勝負だったんだよ」
「りょーすけもテニスサークルだったもんね」
シャワーを終え、千裕は手早く着替え終えた。ジーンズのショートパンツにキャミソール、半そでシャツを羽織って完成。
「行こっか」
「うん」
「ね、美緒」
先に立った千裕は、ロッジの玄関で振り返り言った。
「あの試合、全力だったと思う?」
ハルくんと宗純の試合のことだ。
「確かにお遊びの一環だし、本気でする必要はないんだけど。少なくとも宗純は、本気だった。でも……」
ハルくんは。
「審判から見て?」
「っていうか……、全力出すのを抑えてる? みたいな」
千裕がロッジの扉を開けた。
「ハルね、美緒が連れて行かれた後、動こうとして、やめたんだよ?」
「え?」
「よく、わかんないけど。なんなんだろうね」
と、千裕は不思議そうに目を細めた。