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私たちは、昼食をとるためにホテル本館のレストランに移動した。ランチバイキング形式で、席は自由。
ハルくんは、ほかの松林ゼミの男の子たちとテーブルを決めたようだった。
私と千裕も空いているテーブルをキープした。
「じゃあ昼食後は、動ける服装に着替えて、テニスコート集合」
ヒデさんが触れ回っていた。
「なんで、テニスなんですか?」
「そこにコートがあるから」
「単に、ヒデがテニスしたいだけだろ」
ゼミ生たちのにぎやかな会話が飛び交うなか、食べ始めようとしていた時、
「美緒ちゃん、ここいい?」
同じ池田ゼミの宗純と達樹が、私と千裕のいる席にやって来た。
「ぶっちゃけ、テニスってどう?」
「私、学校の授業くらいでしか、やったことないよ」
玉拾いマラソンになりそうで、正直、気が重い。
「経験者って少ないんじゃない? みんなそんなもんだよ」
そういう千裕は、中・高とテニス部だったことを私は知ってる。
学内のテニスサークルも、いくつかあるはずで、ハルくんが以前在籍していたのもその一つかな。
「逆に、意外に経験者が多いと思うよ。ヒデさんとか、そうだし。宗純も前にやってたんだよな?」
「うん、ま、気軽に体動かす、って感じでいいんじゃない? よかったら、コーチするし」
「あ、ありがと」
球技ってだけで、苦手意識があるんだけど……。
私の感覚としては、ハルくんのテニスしているところが見られたら、それでいいかなって感じ。
「森林浴コースとかもあるらしいよ。後で、行ってみない?」
宗純が、気軽に誘ってくれる。
「うん、そうだね」
返事をしつつ、私の背中は、ハルくんのいるところを意識していた。
食べ終えて、着替えにロッジに戻ると、千裕に、
「どうするの、宗純」
と聞かれた。
「どうする、って?」
鞄を開けて着替えを出す。
ヒデさんにもらった合宿の案内チラシに動きやすい服装で、って書いてあったのが不思議だったんだけど、あのメニューなら、納得。
私は、一回生の体育の時に使っていたトレパンとTシャツに手早く着替える。
「森林浴誘われてたでしょ?」
ポロシャツをかぶりつつ、千裕は言った。
「あれ、みんなで行くんでしょ?」
私がそう言うと、千裕はポロシャツに頭だけを通した状態で固まった。
「みんなだと思ってたの?」
「うん」
あれ? 違うの?
「美緒を、誘ったの。今までだって、けっこうあからさまだったでしょ?」
え? そう、だっけ? 確かに、よく話しかけてくるけど。
「だから、どうするのか、覚悟してる方がいいよ? 向こうはこの合宿にかけてるかもしれないし」
「覚悟って……」
あとは自分で考えなさいとばかりに、千裕はそれ以上言わなかった。
ハルくんばっかり見ている私。
「どこが、いいのかな……?」
と、思わず漏らすと、
「そんなの、美緒だって。自分に聞いてみたら?」
……はあ。確かに、理屈じゃないかもしれない。
「って、なんで千裕、スコート着てるの?」
着替え終わった千裕は、ちゃんとテニスの公式ウエアだ。
「だって。ヒデさんテニスサークルだし。このロッジのHPにテニスコートありってなってたから、使うかなーって思って」
……なんか、ずるい気がする。
テニスコートに集合すると、女子はあらかたテニスウエア。単なるトレーニングウエアの私は浮いてるような。
「目立ってていいんじゃない?」
なんて千裕は軽く言うけど。
特に何の仕切りがあるわけでもなく、とりあえず、ラリー、って感じで。それぞれコートに散って互いにボールを打ち始める。
最初は、千裕に付き合ってもらっていたんだけど。
簡単なボールでも空振りする私は、ずっとコートの外まで出て、ボールと追いかけっこだ。
草むらまで転がったボールにやっと追いついたと思ったら、ボールは木の根っこに跳ねて、私の手から擦り抜けた。
そのボールを、たやすくラケットで受け止めて上にあげ、左手でキャッチ。
「美緒、ボール見えてない?」
はい、とボールを返してくれつつ、ハルくんは言う。
「見てないと、返せないよ」
ハルくんは普通に、Tシャツとジャージだ。それでも、かっこいいのは、やっぱりずるいけど。
「うん、ありがと」
ボールを受け取り、千裕の待つコートへ戻る。
合宿に来てから、ハルくんと話したのは初めてだった。
目の端に、ヒデさんに何やら話している宗純が映る。
私が千裕の前へ着いた途端、ピーッとホイッスルが鳴った。振り返ると、ヒデさんが手を挙げている。
ヒデさんの、
「試合でも、やってみるか?」
という一言を呼び水に、経験者たちは適当にカードを組んでいく。
それなら、私は木陰で見学させてもらおうと、コートから出た。
「ハル、やろう」
宗純が、ハルくんに声をかけた。
「……いいよ」
ハルくんの答えには一瞬の間があった。
「審判、しようか?」
千裕が申し出て。
「うん、頼む」
そうして、ハルくんと宗純の試合が始まった。




