29
日暮れが早くなるにしたがって、街のイルミネーションが華やかになってきた。
もうすぐ、クリスマス。
二年前、一回生のクリスマス前に、勇気を出して会いたいと言ったら、ハルくんに「あきらめて」と言われ……抜け殻みたいになっていたっけ。
「美緒、三日、どうするの?」
千裕に言われて我に返る。私は、すっかり暗くなった窓の外をぼんやり眺めていたみたい。
今は、四限目の民事訴訟法の講義が終わって、千裕と帰るところ。寒くなってきたので、あったかいものでも飲もうと理由をつけて、駅近くのコーヒーショップに入ったのだった。
「ハルから、なにか言ってきてる?」
私は、首を振った。
「ハルくん、知らないと思うんだけど」
「え? 誕生日だって言ってないの?」
「うん。三日は平日だし、バイトも入れてると思うし」
「知らないままで過ぎたら、ハルが怒ると思うけど」
「そうかな?」
「そうだよ!」
千裕は、そう言うけど。
誕生日をわざわざ知らせるのは、なんだかおねだりしてるみたいで、ちょっと気が引ける。それでなくても、就活やバイトなんかで忙しそうにしてるのに。
「まあ、美緒がいいなら、いいけど。その後にクリスマスも控えてるんだから、プレゼントくらい考えた?」
「えーと。クリスマスって一緒に過ごせるのかな?」
「そりゃ、そうでしょ。ハルのことだもん、外さないと思うけど?」
決まったように言う千裕。
でも。十一月に入ってから、ハルくんは忙しそうで、あんまり会えてなかったりする。メールは、意外にマメにくれるし、電話もするんだけど。会ったのは、合同ゼミの時くらい、で。
「ハルもさあ、なんで就活入ってきてんのにバイトやめないんだろ?」
「だって、個別指導で担任制だって、言ってたから。途中で放り出せないでしょ?」
「そりゃそうだけど……」
少し冷めたカフェオレを飲みながら、私って自信がないんだな、って思う。ずっと好きだったハルくんに告白されて。両思い、になったわけだけど。
「美緒も我儘したらいいのに」
千裕は、ふうとため息をついた。
「美緒のことだから。会うのって、ハル次第、なんでしょ?」
……図星。
ハルくんは、メールも電話も、会いたいって言ってもいいって、言ってくれてるけど。でも、今の時期にそれを言うのは、って、つい我慢してしまう。
我慢して、不安になる。
……馬鹿みたい。
そうしてずっと、私はハルくんからの連絡を待っている。
……臆病な、ままで。
落ち葉の季節は、人恋しくて。
寂しくて。
すこし、不安。
「ねぇ、美緒。ハルは、美緒が思ってるより、ずっと美緒のことを好きだと、思うよ?」
そう言ってくれた、千裕の言葉を信じたい。
十二月三日。
取り立てて変わったこともなく、講義を受けて、帰るだけの予定だった。
三限目の講義の後、帰る支度をしていたら、ケータイが震えて着信を知らせる。
……ハルくんだ。
『美緒、今日これから予定ある?』
「あとは、もう帰るだけだけど」
『じゃあ、六時まで待てる?』
「うん」
図書館で、時間はつぶせると思う。
『六時になったら、迎えに行くよ』
用件だけ伝えて、ハルくんからの電話は切れた。
バイトがある日じゃなかったんだろうか? どうして、今日? 誕生日だって伝えてないのに?
図書館に行ってみたけど、勉強は手に着かない。ただ、とにかく、ハルくんに会えると思うと、それだけで、すごく嬉しかった。
六時を少し過ぎたころ、ハルくんからメールが入った。
" 教務棟の裏のロータリーまで来て "
指示通り、教務棟まで行って裏側へ出ると、ロータリーに見慣れた白い車が止まっていた。
ハルくんが車から降りてきて、
「少し、久しぶり、かな」
と、目を細める。
久しぶりと言っても、一応合同ゼミの時には会っているし、その後の飲み会にも参加した。帰りはJRのハルくんの最寄り駅までは一緒だったし。
「二人で会うのはね」
ハルくんは付け足して、どうぞ、と車の助手席のドアを開ける。
突然目の前に現れたピンク色のグラデーションに声が出ない。
助手席には、中心がピンクで、外側に行くにつれ、だんだん薄くなる柔らかなピンク色のバラの花束が鎮座していた。
「誕生日おめでとう」
耳元で、ハルくんが言った。
「え、ど、うして……?」
「友達通してリサーチ済み。美緒、夢持ってそうだし」
ハルくんは言う。
「こういうの、好きでしょ?」
女の子なら、ロマンチックな花束を嫌いなひとはいないと思うけど。
ハルくんは、花束を私に持たせ、乗ってと促した。バラの香りに酔いそうになりながら、助手席に座る。私が乗ったのを見届けて扉を閉めると、ハルくんが運転席に回って。
「じゃ、行こうか」
「え?」
今から車でどこかへ行くの?
「送っていくよ。途中で、また少しだけ寄り道するけどね」
「でもハルくん、帰りが……」
遅くなっちゃう、と言いかけた私の言葉をさえぎって、
「いいから。美緒は、遠慮しすぎ。しかも俺が勝手にやりたいようにしてるだけだから、付き合って」
ハルくんは、そう言って微笑んだのだった。




