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sweet edge ~ この胸の永遠  作者: 真織
秋から冬へ
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 生協前のオープンテラス。そばに並んだ広葉樹が色を乗せる準備をしているかのように、傾いた午後の日差しを柔らかくしていた。

 左の隅のテーブルには、落ち着いたワインレッドのパーカー。その背中は、ハルくんだと、すぐにわかる。

「ハルくん」

声をかけると、顔を上げて、ふわりと笑ってくれた。

 読んでいた文庫本を閉じながら、ハルくんは、

「走ってきた?」

と言った。

 ……息は上がってないと思うんだけど、ばれちゃうんだ。

「少しだけね」

「急がなくて良かったのに」

「だって、ハルくん、バイトまでって」

答えると、ハルくんは隣の椅子を指でつついて、座ってと合図する。

「明日菜んちって言ってたけど、三好さん?」

「うん。久しぶりに千裕とかと集まってて」

「ふうん。何話してたの?」

「いじられてた」

と私が言うと、ハルくんは、

「なんか、想像つくけどね」

とまた笑った。

「もう報告したんだ?」

「……だめだった?」

「まさか。むしろ、協力してもらった方がありがたいかも。千裕のおかげで、気づかされたところもあるし」

テラスは生協カフェからのセルフサービスなので、ハルくんは、何か飲む? と尋ねてくれた。

「えーと、じゃあ、アイスティーを」

「ん。美緒は、ここで待ってて」

ハルくんは、さっと立ち上がってカフェの中に入って行く。私は、テーブルに着いたまま、ハルくんを見ていた。

 こげ茶色の柔らかそうなサラサラの髪。白いシャツ、細身のブラックジーンズ、上から羽織ったワインレッドのパーカー。なんでもない格好でも人目を引く、ハルくん。

「はい」

ぼんやり見ていたら、いつの間にか目の前にアイスティーが差し出された。

「……ありがとう」

「どうしたの?」

「なんだか、この間のことが、夢みたいで」

だって、ハルくん、だよ? この人が、私を、って、やっぱり信じがたい気がして。

「なんなら、証明する?」

真顔で言うハルくん。

「や、いいです……」

何が起こるかわからない緊張感から、私は慌てて首を振った。

 テーブルに置いたアイスティーをストローで一気に飲む。思ったより喉が渇いていたみたい。

「こんなこと言うと、あれだけど。俺から、会う、とか言ったことって、なかったんだよ?」

そう、なの? 少し驚いてハルくんを見つめると、

「まあ……言ってほしそうだなって気配があったら、先回りすることもあったけど」

過去のお付き合い、はそんな感じだったと。墓穴を掘ってるなと苦笑いするハルくん。

「美緒は、逆に俺がしたいように付き合わせてしまいそうだから。美緒がしたいことは、言って?」

「えーと、確認、です」

また敬語、とハルくんが笑うけど。

「私、ハルくんの……」

「彼女。言葉は、どうでもいいけど、一番大事にしたい人」

ハルくんは断言した。

 その言葉が私の中に染みわたる。

 聞いても、いい、かな。

「あのね、用事がなくても、電話とか、してもいい?」

「うん」

「会いたい、とか、言っても、いい?」

「うん」

……いい、んだ。

 嬉しくて、なんだかすごく安心して。ハルくんを見つめると、

「……美緒、こういうの、反則」

ハルくんが、そっぽを向く。

「かわいすぎ」

えええ? つぶやいたハルくんの耳が少し赤くなっていた。


 それから、もう少しオープンテラスで過ごして、ハルくんのバイトの時間が近づいたので、一緒に大学を出た。

 当たり前のように手をつないでくれるハルくん。

 ときどき、ハルくんの知り合いが声をかけてきたりするけど。ハルくんは、そのまま、つないだ手を離さないまま受け答えしていた。

「美緒。今日、俺、地下鉄だから、送ってあげられないけど」

「うん、いいよ。バイト、がんばってね」

駅に着いて、ここからは一人になる。

 ぬくもりの消えた掌がちょっと寂しいな、って思っていたら、ぎゅっと抱きしめられて、それから、

「じゃあ」

と、ハルくんは踵を返し、地下鉄の方へ階段を下りて行った。

 ……公衆の面前で……! 

 少しは、残された私の身になってほしいんだけど。

「みーお」

どこかに隠れたい心境だった私を、後ろから呼ぶ声がして。

 千裕が、立っていた。にこにこというより、ニヤって顔をして。

「ハル、ストッパーが取れたら、人目構わずだね」

明日菜んちから、ちょうど帰るところに、私たち二人が前を歩いていたんだそうで。

「ずーっと恋人つなぎだもんね。けっこう途中で話しかけられたりしてたのに」

「ずっと見てたの?」

「だって、方向が一緒なんだもん」

千裕は悪びれずに言う。

「別れ際に、ぎゅー、だもんね。いやー、なんか面白いかも」

「ちひろ!」

「ああ、じゃあ、私も地下鉄だから。またね、美緒」

私をいじるだけいじって、千裕は階段を下りて行った。

 私も、JRの改札へと階段を上る。

 恥ずかしいし、どきどきするし、どうしようって、感じだけど。

 でも、届いた想いが嬉しくて、帰りの電車の二時間もあっという間だった。

 電話しても、いいし、会いたいって言ってもいい。

 ――――それは、なによりも嬉しいプレゼントだったから。 




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