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「お先に使わせていただきました」

そう言ってリビングに戻ると、ハルくんがソファでテレビを見ていた。

 引き戸が半分だけ開いていて、リビングの隣の和室にお布団が敷いてあった。

「あ、じゃあ、私もお風呂入ってくるね。美緒ちゃん、疲れてるだろうから、先に寝てていいからね」

と、志保里さんがバスルームに消えた。

「何か飲む?」

ハルくんが立ち上がって、キッチンへ向かう。勝手に冷蔵庫を物色し、たぶんさっき志保里さんがコンビニで買ってきた缶飲料を二つ取り出した。

「はい、美緒はこっち」

アルコールなしの梅ソーダ。キッチンとリビングの境界線で手渡される。

「ありがとう」

ハルくんは、ジントニック。カウンターキッチンで、プシュッと缶を開けて一口飲んでから、

「髪、洗わなかったんだ」

と言った。 

「あ、うん」

入浴中はゴムでまとめていたのを、今は外して下ろしている。

「残念」

え? なんで?

「パジャマに濡れた髪、楽しみにしてたのに」

不満そうに言われて。私の頬がヒートアップすると、くすくす笑われた。

 ……また、からかわれた?

 化粧落としちゃったのですっぴんだし、パジャマだし。この状況でハルくんと話してるのが、すごく不思議。

「……ごめん。美緒の反応、いちいち面白いから」

あ、でも。いつものハルくんに戻ってる。よかった。

「台風、もう少ししたら抜けるって」

「うん」

窓の外は真っ暗だけど。打ちつける雨粒が次々にガラスをたどって幾筋も流れている。

「明日、送ってくから。飲んだら、歯磨きしてお休み」

ハルくんは子供に言うように言う。

「すぐ、子ども扱いするよね」

私が言うと、

「まあ、美緒は、いろいろしでかしてくれるから」

ハルくんは笑う。

「子供みたいに、目が、離せない……」

なに、それ。もう、と怒った振りをすると、

「俺の理性があるうちに、早く寝た方がいいよ」

ハルくんは、にこやかに言ったけど、目が笑ってなかった。

 対象外、なのに?

 だけど私はそれ以上言えず、自分の荷物を持って和室に引き下がった。ハルくんに、閉めるよ、と引き戸を占められて。

 でも、すぐ隣の部屋、この引き戸一枚の向こうにハルくんがいて。

 ……眠れるんだろうか、私。



 目が覚めて、枕元に置いていたケータイを確認すると、朝七時を過ぎていた。

 眠れるんだろうか、って思ってたはずなのに。

 昨日は、いろいろあって緊張が続いてたから、疲れていたのかも。……そういうことに、しておこう。

 布団をたたみ、着替えを済ませ、髪もとかして。

 それからリビングに出ていくと、キッチンに志保里さん。それから、ソファには、こちらも身支度を終えたハルくん。

「おはようございます」

「おはよ」

「おはよう、美緒ちゃん。洗面所使ってね。すぐ朝ごはんにするから」

「はい」

 洗面所で顔を洗って、簡単に持っていたもので化粧を済ませた。

「その様子だとよく眠れたみたいね」

志保里さんが、なぜかちらりとハルくんの方を見つつ言った。

「あ、はい、おかげさまで」

その私の様子とハルくんを見比べながら、お姉さんはくすくす笑う。

「ハルは、あんまり眠れなかったんだっけ?」

ハルくんは答えず、ダイニングに移動した。

 やっぱりソファで寝たから? 私だけお布団敷いてもらって……

「だったらハルくん、今日、私電車で帰るよ?」

外は、台風一過できれいな秋晴れの空が広がっている。これなら、きっと環状線も復旧していると思って言うと、

「平気。送るって、言っただろ」

ハルくんはテーブルにつきつつ、ぶっきらぼうに言った。キッチンで飲み物を用意している志保里さんは、さらにくすくす笑ってる。

「美緒ちゃんはカフェオレね。はい、ハル、コーヒー」

「いただきます」

私は昨日と同じ席。にこにこした志保里さんとは対照的に憮然としたハルくんを前にして、カフェオレにトーストにベーコンエッグ、朝食をおいしくいただいた。

 朝食の後、

「お世話になりました」

「じゃあ、またいつでも遊びに来てね」

と志保里さんに見送られ、ハルくんと部屋を後にした。

 空は晴れたものの、足元に落ちている落ち葉や小枝が昨夜の台風の名残を見せていた。エレベーターホールまでの廊下、ハルくんは前を歩いていく。

 ハルくんが先に一人で行ってしまいそうで、小走りになる。

 下に降りるボタンを押して、ハルくんは待っていてくれた。

「走らなくていいのに」

「だって」

 エレベーターが上がってきて、ハルくんがどうぞと私を先に入れ、後から自分も乗った。駐車場棟につながっている方の一階のボタンを押すと、扉が閉まり、エレベーターが下がっていく。

 なんとなく、ハルくんの機嫌が悪いような気がして、

「ハルくん、無理してない?」

と聞いてみた。

「どうして?」

逆に切り返されて、答えに困る。なんとなく、だし。

 上目使いでハルくんを見上げると、

「……正直、ちょっと、ここまで、とは思ってなかったからね」

ハルくんは、小さく、降参、と言った。





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