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 お姉さんのお言葉に甘えて、今日はここに泊めてもらうことにした。電車が途中で止まってるんじゃ、家に帰れないし。今からハルくんに送ってもらうのは申し訳ない。

 家に電話して、電車が止まってるので友達のお姉さんの家に泊めてもらうと伝えた。

「ハルも泊まってく?」

お姉さんは気軽にハルくんに言った。

「ハルんち、車置けないし。歩いて帰ったら、またびしょ濡れになるよ?」

「ん。そうする」

「た・だ・し、ハルはソファで寝てね」

「オッケー」

 それから、お姉さんは、

「あ、二人とも、お腹空いてない? 簡単なものでいいなら作るよ?」

と夕飯の支度をし始めた。自分はもう済ませているのに、私たちのために。

「手伝います」

と立ち上がったけど、

「お客様は座ってて」

と目配せされた。

「素敵なお姉さんだね」

キッチンで動き始めたお姉さんを見ながらハルくんに言うと、

「母親が、早くに亡くなったから。ちょっと母親気取りでおせっかいなんだ」

ハルくんはソファの私の隣に腰を下ろした。

 なんだかハルくんがちょっと近いような気がするのは、気のせいだろうか。

「でも、それにハルくんも甘えてるくせに」

「言うね」

苦笑するハルくん。お姉さんのお家だからかな、いつもより、表情が柔らかい。

「ハルくん」

「ん?」

「来てくれて、ありがとう」

「……うん」

ハルくんは、まぶしげに目を細めた。

 あのままだったら、ずっと怖い思いをしてた。いつかは教務課の人とかが見回りに来て、外に出られたのかもしれないけど。

 この雨の中を独りでずぶ濡れになって、そのうえ電車も泊まってるんじゃ、どこかで立ち往生していたはず。

「あ、千裕! どういうつもりなんだろ。文句言っとかなきゃ」

急に資料室に閉じ込められた元凶は千裕であったことを思い出し、ソファの足元に置いた鞄の中のケータイを探る。でも、ハルくんは、

「もう、いいよ」

と静かに言って、そっと私の手を止めた。

「千裕にも、言い分はあるだろうし。この前ファミレスで、さんざん言われたしね」

私のため? ハルくんと私を近づけようとして? だったら。

「……ごめんね」

「美緒が謝ることじゃない」

でも、千裕が私のためにしてくれたんなら、ハルくんにここまでさせたのは私のせいだ。

「うん、でも」

 そこへお姉さんの声が割って入った。

「ごはん、出来たわよ。テーブルに移動してもらっていいかな?」

ハルくんが、立ち上がってダイニングのテーブルに移動する。私もそのあとに倣った。食事は既に向かい合わせにセッティングされていた。

 ツナとキノコの和風パスタにオニオンスープとサラダ。

「在り合わせでごめんね」

「そんなことないです、ありがとうございます」

お姉さんはそういうけど、こんな短時間で十分すぎるご馳走。しかも、実はお腹が空いてるというのに今ごろ気づいた。

「好き嫌いとか食べられないもの、ある?」

「全然ないです」

「どうぞ、食べてたべて」 

「いただきます」

「いただきます」

 ハルくんと二人、遅い夕食。

 お姉さんは、自分の分も合わせて三人分のお茶を入れて、同じテーブルについた。四角いテーブル、ハルくんの隣で私の斜め前。

「ね、聞いていい?」

テーブルに両肘をついて組んだ手の上に顎を乗せて、興味津々の様子で、お姉さんは言った。

「今日、何があったのか」

「……」

「……」

ハルくんと私は、思わず手を止めて、顔を見合わせた。

「ハルがうちの車を使ってたのは、前から予定してたし……美緒ちゃんとデートだったの?」

「いえ、あの、そもそもデートするような関係じゃなくて!」

思わずきっぱり言ってしまった。

「……友達のお姉さんちに泊めてもらうって、さっきも家に電話してただろ」

ハルくんもそう言って否定した。

「ああ、だから、同じ学部の長谷川さん、だったんだ」

お姉さんの言い方は、なにやら含みがあるような……。

 とにかく、泊めてもらうのに、なんの説明もなしって言うのは、どうかと思ったので、かいつまんでハルくんを巻き込んでしまった事情を伝えた。

「友達が、たぶん悪ふざけで、扉が開かないようにして帰ってしまって。なのに、私が浸水で閉じ込められてるって、ハルくんに伝えたみたいで」

説明すれば、逆に、千裕の行動が痛い。本来、こんな悪ふざけをするような子じゃないのに。

「で、ハルは美緒ちゃんが危ないと思って、大学まで行ったってことか」

「そんなの聞いて、放っとけないだろ」

「まあね。でも、どうして、自分で行ったの? 大学の職員さんとかに連絡すれば済むし。警察とか消防とか、他に適切なところがあるでしょう? 本当に浸水だったら、すごく危険だと思わなかったの?」

お姉さんの言葉は、冷静で理にかなっていた。

 ハルくんは、なんだか悔しそうな感じで黙っている。




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