表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/35

20

 ハルくんは、びしょ濡れの上着を脱いで、後部座席に放り投げた。

 タオルハンカチを差し出してみたけど、あんまり役に立ちそうにない。でも、せめて、と、ハルくんの髪から滴り落ちる雫を、そっと拭ってみたら。

 一瞬、視線が絡まって。

「……ありがと」 

ハルくんは、そう言って目を逸らし、ハンカチだけを私の手から受け取った。

「寄り道、するけどいい?」

さっきと同じことを、ハルくんは聞いた。

「うん」

答えると、ハルくんは息を吐いてハンドルに突っ伏した。

 えーと……? 私、何か間違ったかな。

「美緒、もうちょっと危機感持った方がいいよ」

両腕をハンドルに乗せ、おでこをつけたまま、ハルくんは言った。

「俺んち行くとか、思わないわけ?」

「え? だって着替えるんでしょ?」

「……ホテルとかもありえるけど」

え? あ! そういう……こと?

「ありえないよ。だって、ハルくんだし」

私は焦って言った。ハルくんだし、しかも、私はお付き合い対象外、だし。

「ありえないって……それ、信用されてるってこと?」

ハルくんが心なしか不機嫌……?

 それからハルくんは、車を発進させた。 

「いいけど、ね。そんなことしたら、もう、後戻りできなくなりそうだし」

つぶやいたハルくんの言葉が、妙な緊張感をもたらす。

 意味が、よくわかんないんですけど……。

 

 車で五分ほども走っただろうか。

 大学近くの住宅街にある、マンションの駐車場にハルくんは車を止めた。

「ここは?」

「姉貴んち」

ハルくんは車から降り、後部座席の上着も取って、それからわざわざ助手席のドアを開けに回ってきてくれた。

 駐車場の建物と住居棟はつながっていて、ここは濡れずに済むのがありがたかった。

 住居棟の入り口で、ハルくんはモニターに部屋番号を入れ呼び出しをかけた。

『はい』

「俺。開けて」

『どーぞ』

自動ドアが静かに開いて、ハルくんに促され中に入る。

 ホテルのロビーのようなエントランスを抜けると、エレベーターホールがあった。真ん中のエレべーターに乗って九階へ。

 エレベーターを出て左手へしばらく歩き、突き当りの部屋に着くと、ハルくんは再びインターフォンを押した。

 インターフォンから返事は聞こえず、パタパタとおそらくはフローリングにスリッパの足音が響き、扉が開いた。

「早かったじゃない」

そう言ったお姉さんは、ハルくんを見て絶句。

「ごめん、ちょっと着替えさせて。着替えたら、彼女、送ってくから」

そう言ってハルくんは玄関に上がろうとする。

 ちょっと待って、とお姉さんは慌ててタオルを取りに行って戻ってきた。

「また派手に濡れたわねー」

ハルくんにタオルを渡したお姉さんの視線が、後ろに立ったままの私に向けられた。

「あ、同じ学部の長谷川さん。着替える間、上がってもらってていいかな?」

ハルくんが言って。

「もちろん。どうぞ、入って?」

ハルくんが、玄関を上がって、まっすぐ奥へ向かった。

「遅くにすみません」

私はお姉さんに頭を下げた。

 お姉さんはにっこりして、

「お久しぶりなのは、内緒ね」

と小声で言った。

 ハルくんのお姉さんには、以前一度だけ会ったことがある。大学近くの、あのファミレスで、千裕も一緒にお茶を飲ませてもらった。でも、もう二年ほど前のことになるのに、覚えてくれていたんだ。

 お姉さんは、私をリビングのソファに案内すると、ハルくんに着替えを用意し、私にお茶を入れてくれた。お構いなくって言ったんだけど、外は雨だし、少しでも温まって、と。

 入れてもらったミルクティーは、なんだかやさしい味がした。

「改めて、伊東志保里です。弟がお世話になってます」

「あ、こちらこそ。散々お世話になってて……ご迷惑おかけしてます。長谷川美緒です」

お互いに遅ればせながらのご挨拶をしていると、お姉さんのご主人の服を借りたハルくんが、着替え終わってリビングに戻ってきた。

「ハル、紅茶入れたから」

「あ、さんきゅ。飲んだら、送ってくよ」

ハルくんは、リビング横のカウンターキッチンに置かれていたマグカップを取り上げた。

「ハル。美緒ちゃんちって、かなり遠いんじゃなかった? 今からだと、夜中になるよ。しかも、この雨の中、長距離走るのは 危ないんじゃない?」

お姉さんが、冷静な意見をしてくれたので、私が、

「あ、あの、駅までの道を教えてもらったら、電車で帰ります」

と言ったら、

「じゃ、せめて駅まで送る」

なんだか、ハルくんがムキになってるような。

「美緒ちゃん、環状線とか使う?」

「あ、はい」

「……地下冠水で運休中って、さっきニュースに出てたけど」

 そういえば、千裕も路線によっては止まってるって言ってたっけ。あれは嘘じゃなかったんだ。

「泊まって言ったら? 主人、出張中で、私一人だし。明日、土曜だし、ハルに送ってもらったらいいじゃない」

それでいいよね、と、お姉さんはハルくんを見上げた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ