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四限目のゼミ活動の後は、例によって飲み会に雪崩れ込み。
四回生のノリがいいのと、池田・松林両先生もよく合流するので、どうしても都合のつかない人以外は強制参加。
おかげで、お酒にもずいぶん慣れた。酔っぱらいには慣れないところもあるけど、たぶんこのメンバーは、まだお行儀のいい方で、そんなに崩れない。
それでも、宴が進むと、それなりに出来上がってくる。
「では! これから、合同ゼミのメンバーは、親睦を深めるため、全員ニックネームもしくは名前呼びとする!」
「新田さん、なに言ってんですか?」
「新田さん、ではない。英寿、またはヒデと呼ぶよーに」
新田さん、改め、ヒデさんの突然の思いつきがごり押しされた。
断言する酔っぱらいには勝てない。プラス、それでもいっかー的なノリで。ニックネームまたは名前呼びというのが一般化されてしまった。
「じゃあ、長谷川さん、じゃなくて。えーと、美緒ちゃん、だっけ」
途中から千裕と入れ替わって隣にいた河田君。
「ちゃん、なしでいいよ? 友達はみんなそうだし」
私が言うと、
「いや、いきなり呼び捨てはさ」
とごにょごにょ。
別に、いいのに。誰かさんなんて、何の抵抗もなく自然に勝手に呼び捨てなのに。
「河田君は、えーと……」
うわ。ごめん、覚えてないし。
「宗純。宗純だよ、覚えて」
「ごめんね、名前とか覚えるの苦手で」
ファーストネームまで、なかなか。
テーブルのあちこちで、同じような名前呼びのやり取りが行われていた。だから不思議ではないんだけど、河田君改め宗純が、なんだか、ちょっと近いな……なんて思っていたら。
「美緒」
よく通る、ハルくんの声。
「ラストオーダーだって。何か飲む?」
いつの間にか立ち上がっていて、メニューを渡してくれる。
「あ、ありがと」
メニューを広げた分だけ、宗純との距離が開く。
「じゃあ、ピーチソーダで」
「……おこさま」
「いいでしょ、別に」
「で、宗純は?」
ハルくんは、宗純にも聞いて、それから周りのみんなからオーダーをとっていった。
「……そういえば。ハルは、前から名前で呼んでるね」
宗純がそう言うので、
「一回生の英語クラス一緒だったし。クラスでイベントとかもしてたから」
と、私は答えた。
ハルくんは、もともとほとんど愛称とか名前で呼んでる人だから。
「美緒ー、りょーすけが、うっとーしいから匿って」
と、千裕が帰ってきた。
もう一つのテーブルの端の方で、西井君……亮介とずっと話し込んでたようだったけど。
「なんかね、どうしたら彼女ができるかとか、そんなのばっかりで」
千裕が愚痴る。
「藤崎……あ、ハルに……もう面倒くさ……聞いたらって言ったら、次元が違う―とかで」
面倒くさいとか言いつつ、言い直してるあたり、千裕も律儀だよね。
「さー、名前呼びも浸透してきたところで、重大発表! 七月、前期試験の後に合同ゼミで合宿の予定! 心して空けておくように!」
ヒデさんが声を張り上げた。
「夏は高原コテージで、イベント三昧だー!!」
今度は松林ゼミの四回生が声を上げる。
歓声。
盛り上がったところで、飲み会は一旦お開きになった。
私と千裕は、実家からの通いで家が遠いこともあって、一次会のお開きで抜けるのが恒例。
今日もいつもと同じように、二人で抜けた。
駅までは一緒に歩く。
「美緒、河田君、押してきてるね」
千裕が言う。
「え? 何を?」
「わかってないなら、いいけど」
なんだか含んだ言い方。
「やっぱり、ずっと、藤崎くん、だね、美緒は」
「うん……」
「りょーすけも、言ってたけど。なんか、腑に落ちないんだよね」
「何が?」
わけわかんない。はっきりしない言い方は千裕らしくない、と思う。
「タイミングよすぎ、っていうか」
「だから、何が?」
「藤崎くんが、美緒をかまうじゃない?」
かまわれてるかな? 私は首をかしげる。
「かまわれてるって、ハルくんは誰にでも、よく気がつくし」
「う……ん、まあ、そうなんだけどね」
千裕も首をかしげる。
「気がつくのはつくにしても、美緒には、何気に的確? っていうか……」
言いたいことがまとまらないみたい。
「ま、おいおい、はっきりしてくるかな?」
と、なんだかよくわからないまま駅について、別の路線に分かれることになった。
「あ、合宿! 千裕、行くよね?」
「うん、心して予定空けておけ、だもんね」
女子が少なめだし、千裕がいてくれれば何かと心強い。
千裕と別れて、ホームから見上げた夜は、すっかり夏の気配を漂わせていた。