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 しばらく扉と格闘してみたけど、無理だった。扉は、開かない。

 このままじゃ、出られない。

 扉の下からじんわりと広がった水たまりが、恐怖感を煽る。

 水圧で扉が開かなくなったりするのって、そうとうなんじゃ……? 

 そのとき、ケータイの着信音が鳴った。

 慌てて取り出し、通話状態にする。

『美緒、今どこ?』

千裕からだった。

「資料室! 帰ろうとしてたんだけど、ドアが……」

私が状況説明しようとすると、

『雨、すごいね。電車、止まってる線もあるみたいだよ』

千裕が何気なく言った言葉が追い討ちをかける。

『今から帰るの、大丈夫?』

大丈夫じゃない!

「ドアが開かなくって、出られないの!」

『え? それってマズくない?』

……まずいどころじゃないし。電話の向こうの千裕と温度差を感じる。

『じゃ、救援、頼んでみるから。待ってて』

そう言って、千裕は電話を切ってしまった。

 救援、って。

 どうするつもりなんだろう?

 待ってて、って、時間が経つほど危ないんじゃ……? 窓の外はどしゃ降り。足下は、思ったより進んではないけど、水たまりが床を浸食してて。

 あ、そうだ、ケータイ。教務課なら誰かいるはず。電話番号登録してないけど、調べればいいよね。

 ……天候のせいか電波状態がよくない。ネットがつながらない。

 電話番号案内にかけて、つないでもらったらいいのかな。番号案内って何番だっけ?

 ……どうしよう? 明日菜んちなら近いから、かけてみようか。

 かけてみたけど、出ない。なんで?

 窓から、出たらいいのかな? と、窓を調べてみたけど、外側に格子がある。ガラスは何かぶつけて割ることもできるかもしれないけど、これじゃ、出られない。

 なんだか。

 思いつく限りのことは試そうとしてみたものの、結局なんにもできず。

 情けなくなってきた。

 もう少し早く気づいていたら。って、もう遅いけど。

 ケータイを握りしめて、鞄を肩にかけた状態のまま、近くの椅子に座った。床から少しだけ足を浮かせて。

 うん、大丈夫。水は、まだそんなに広がってきていない。……待ってれば、誰か気づいてくれて、出られるようになると、信じるしか、ないよ、ね。 


 どれくらい、たっただろう?

 着信音に、半ば放心していた私の意識が立ち戻る。画面を見てみると。

 え? なんで、ハルくん?

 焦って通話状態にすると、

『美緒!』

あたりまえだけど、ハルくんの声、だ。

『すぐ、そっち行くから』

え? 

「や、ダメ。危ないよ!」

『危ないのは美緒だろっ』

「ハルくん、今どこ?」

『車。構内に入れたとこ。すぐ、行くから』

「ハルくん?!」

唐突に電話は切れた。

 なんで、ハルくんが? もしかして、救援って、まさか千裕……?

 あああ、もう。

 もう、どうするのよ、馬鹿。


「美緒!」

ハルくんの声がして。

 扉が、開いた。

 え? 水、は……? ドアが開かないくらいって、廊下は川みたいに浸水してるものと思ってたのに。

 床は濡れてるけど。

 ぼんやり、そんなことを考えていると、ハルくんが目の前にいて。

 ずぶ濡れになったハルくんが、

「……とりあえず、無事だね」

と笑った。ちょっと情けなさそうな笑顔。

「……うん」

「よかった」

「浸水、は?」

「……扉の前で、傘立てが転がってたけど」

ハルくんは、すごく複雑そうな笑みを浮かべて言った。

 えええ? なに、それ?

「水は、中からこぼれた分じゃないかな。で、傘立てが邪魔で外開きの扉は開けられなかった」

 ……なに、それ。

 ……! 

 もしかして。

「犯人は」

「……千裕、だね」

 あーーー、もうっ。

「いったい何考えて……」

千裕に対する文句を言いかけた私を、

「とにかく、美緒が無事でよかった」

とハルくんがさえぎった。

「ほんとに浸水して閉じ込められてたらと思うと……」

ぎゅっとこぶしを握りしめるハルくん。それから、ふうっと息をつくと、

「とりあえず、帰ろう。送るよ」

と言った。

「でも、ハルくん、そのままじゃ風邪ひいちゃう」

「じゃあ、ちょっと寄り道していいかな?」

「うん」

 転がった傘立てのせいで濡れた床。廊下はほとんど濡れていない。ハルくんの歩いた跡だけ。

 その跡をたどって、法学部教務棟の出口へ。

 外は変わらず、すごい雨。

 目の前に、いつかの白いゴルフがまっていた。

「ほんとはここまで乗り入れたらダメなんだけどね」

と、ハルくんは言って、私の傘を持って、差し掛けてくれた。

「ハルくんのは?」

傘はどうしたのと聞くと、

「……車の中にあったかな」

ハルくんの目が少し泳いだ。

 ……車から飛び出して、そのまま来てくれたんだ。

 不謹慎だけど、だからびしょ濡れのハルくんに、心がほっこりする。

 ハルくんが車まで連れて行ってくれたので、私は思ったより濡れなかった。  

 私が乗ったのを確認してドアを閉め、ハルくんが走って運転席に回り込む。

「寄り道、すぐ近くだから」

そう言って、ハルくんは車のエンジンをかけた。


 


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