17
千裕の言葉に、宗純も、ハルくんも黙ってしまった。
「……ここで答えをもらおうなんて、思ってないから安心して」
千裕は、にっこり笑う。そして、
「あんたたちが、ちゃんと考えなきゃいけないのは、美緒に対してだから」
考えた結果は美緒に返してあげて、と千裕は言った。それから、
「言いっぱなしで悪いんだけど、私も遠距離だし。先に、帰るね」
と、千裕は立ち上がった。
「ほら、宗純も」
さらに、通路側にいる宗純を押し出すように立たせる。
「え? オレも?」
「当たり前でしょ。こんな夜更けに、女子一人で歩かせるつもり? 駅まで送って」
宗純はまだ何か言ってたけど、千裕が強引に引き立てて行く。
「ここの払いは、ハルに任せたから。じゃあね、美緒」
怒濤のように喋って言いたいことだけ言うと、千裕は宗純を連れて店から出て行った。
残されたのは、ハルくんと私。
二人きり……。
どうしよう、なんだか気まずいし。
しかも、四人掛けのテーブルに並んで座ってるのって、どうなのかな、とか。つまらないことが気になってしまう。
ああ、そうだ。意地張って、こんな状況作っちゃったことは、もう一度謝った方がいいのかな。
「ハルくん」
「美緒」
同時に声がかぶさって。
タイミングが……。ハルくんが、どうぞと私を促したので、
「止めてもらってたのに、飲み過ぎて、ごめんなさい。それと、ありがとう」
一気に言った。
「なんで、お礼?」
「だって、ハルくんが終電の時間を聞いてくれなかったら、宗純の車で送ってもらわないといけなくなってたかもしれないし」
すると、ハルくんは、
「……そんなの、単に俺が」
と、言いかけてやめた。
「美緒は。そういうとこ、変に素直だから困る」
「え?」
「いや、いいよ。そろそろ、歩けそう?」
「あ……うん。たぶん」
フワフワしてた足の感覚のない感じも、おさまってきていた。
「じゃあ、出ようか。行けるとこまで、送るよ」
伝票を持ってハルくんは立ち上がった。
「あ、ハルくん、私が……」
「いいよ。俺のせい、かもしれないし。千裕に任されたし」
そうして、何とか歩けるようになった私は、ハルくんと店を出た。
道沿いの店から漏れる明かりが、夜を照らしている。
「捕まる?」
ハルくんがそう言って、腕を差し出す。
いや、あの……改めて聞かれると、
「大丈夫だから」
って断ってしまう私。
「そっか。じゃあ、転ばないように」
ハルくんは、ふっと笑って私の手を取り、指を絡める。
これだから……。
「ハルくんは」
「ん?」
「ハルくんは、そうやって、ハルくんがすることに、私がどれだけ、どきどきするか、わからないでしょう?」
絡んだ指。こんなの、恋人つなぎって言うんだよ。
「私が、どれだけ、舞い上がって、それで……なのに、ハルくんには、別になんていうことはなくて、勘違いで」
言ってるうちに、言葉が支離滅裂になってきた。絡められた指に力を入れても、びくともしない。
「この前だって、結局、ごめん、って……」
つながれた手はほどけない。腕を上げてハルくんにぶつけようとしたら、その腕ごと引き寄せられて。
「美緒、ちょっと落ち着いて」
耳元にハルくんの声。
や、だから、こういうのが!
「……どうして? こういうことするの?」
ハルくんの体を両手で押し返す。
突っ張ると、意外に簡単に腕はほどけて。
「そうだ、ね。ごめん」
だから、なんで謝るの? よけいに、やるせなくなってしまう。
「……歩こう。遅くなるから」
ハルくんは、少し困ったように笑顔を作って、私を促した。
仕方なく駅までの道を歩いていく。
手も触れない、かすめない程度の距離を危うく保ったままで。
何も言葉にできないまま、ただ並んで歩いて。駅について、一緒に電車に乗り込む。
扉近くに立つと、窓ガラスに何も言えない私たちの顔が映っていて。ハルくんは、降りる駅が来ても、そのまま電車に残った。
「折り返せるところまでは、行くよ」
心配してくれてる? でも、もう、大丈夫なのに。
最初の乗換駅。そのまま、ハルくんは、ついてきてくれる。
「JRは、結構遅くまであるから」
と。
そうして、都香駅。二つ目の、乗換駅。
この階段を上れば、一回生の時、ハルくんに「あきらめて」と振られたホーム。ホームで長く待つのはつらかったので、私は、階段の途中で、
「……ハルくん」
と、ハルくんを呼び止めた。
「なに?」
今までちゃんと言えてなかったから、言わせてね。
「好きです」
それだけじゃ足りないくらい、
「ハルくんが、好きです」
ずっと、ずっと好きで。
「美緒……」
「ごめん、って、言うんでしょ?」
聞きたくなくて、先回り。
「もう、何度も聞いたよ」
「……じゃなくて」
「なあに?」
ハルくんを見上げると、唇を引き結んで困った顔をしている。言葉を、探してくれているんだね。
「俺は、付き合っても、好きになれない、から」
苦しげな言葉。
「どんなにやさしくしても、努力しても、結果は一緒だったし。今まで、ずっとそうで。だから、美緒とは、付き合えない」
「……ハルくん、間違ってる」
それだけは、はっきり言える。
「私、付き合ってほしいって言ったんじゃなくて。好きですって言ったんだよ」
ハルくんは、少し驚いたかのように私の顔を見つめた。
「好きだから、もっと、って欲張りになることもあるけど。でも、ただ、伝えたかっただけだから」
ハルくんの気持ちが欲しくないって言ったら嘘だけど。
でも、気持ちは無理にはもらえないって、わかってる。それでも、伝えたかった。
ずっと、ハルくんを好きでいること。
ホームにアナウンスが流れる。もうすぐ、列車が入ってくる。
「じゃあ。ここまで送ってくれて、ありがとう」
私は、ハルくんを残して、ホームへと階段を駆け上った。
ここで、もう一度突き放される前に。