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 千裕の言葉に、宗純も、ハルくんも黙ってしまった。

「……ここで答えをもらおうなんて、思ってないから安心して」

千裕は、にっこり笑う。そして、

「あんたたちが、ちゃんと考えなきゃいけないのは、美緒に対してだから」

考えた結果は美緒に返してあげて、と千裕は言った。それから、

「言いっぱなしで悪いんだけど、私も遠距離だし。先に、帰るね」

と、千裕は立ち上がった。

「ほら、宗純も」

さらに、通路側にいる宗純を押し出すように立たせる。

「え? オレも?」

「当たり前でしょ。こんな夜更けに、女子一人で歩かせるつもり? 駅まで送って」

宗純はまだ何か言ってたけど、千裕が強引に引き立てて行く。

「ここの払いは、ハルに任せたから。じゃあね、美緒」

怒濤のように喋って言いたいことだけ言うと、千裕は宗純を連れて店から出て行った。

 残されたのは、ハルくんと私。

 二人きり……。

 どうしよう、なんだか気まずいし。

 しかも、四人掛けのテーブルに並んで座ってるのって、どうなのかな、とか。つまらないことが気になってしまう。

 ああ、そうだ。意地張って、こんな状況作っちゃったことは、もう一度謝った方がいいのかな。

「ハルくん」

「美緒」

同時に声がかぶさって。

 タイミングが……。ハルくんが、どうぞと私を促したので、

「止めてもらってたのに、飲み過ぎて、ごめんなさい。それと、ありがとう」

一気に言った。

「なんで、お礼?」

「だって、ハルくんが終電の時間を聞いてくれなかったら、宗純の車で送ってもらわないといけなくなってたかもしれないし」

すると、ハルくんは、

「……そんなの、単に俺が」

と、言いかけてやめた。

「美緒は。そういうとこ、変に素直だから困る」

「え?」

「いや、いいよ。そろそろ、歩けそう?」

「あ……うん。たぶん」

フワフワしてた足の感覚のない感じも、おさまってきていた。

「じゃあ、出ようか。行けるとこまで、送るよ」

伝票を持ってハルくんは立ち上がった。

「あ、ハルくん、私が……」

「いいよ。俺のせい、かもしれないし。千裕に任されたし」

 そうして、何とか歩けるようになった私は、ハルくんと店を出た。


 道沿いの店から漏れる明かりが、夜を照らしている。

「捕まる?」

ハルくんがそう言って、腕を差し出す。

 いや、あの……改めて聞かれると、

「大丈夫だから」

って断ってしまう私。

「そっか。じゃあ、転ばないように」

ハルくんは、ふっと笑って私の手を取り、指を絡める。

 これだから……。

「ハルくんは」

「ん?」

「ハルくんは、そうやって、ハルくんがすることに、私がどれだけ、どきどきするか、わからないでしょう?」

絡んだ指。こんなの、恋人つなぎって言うんだよ。

「私が、どれだけ、舞い上がって、それで……なのに、ハルくんには、別になんていうことはなくて、勘違いで」

言ってるうちに、言葉が支離滅裂になってきた。絡められた指に力を入れても、びくともしない。

「この前だって、結局、ごめん、って……」

つながれた手はほどけない。腕を上げてハルくんにぶつけようとしたら、その腕ごと引き寄せられて。

「美緒、ちょっと落ち着いて」

耳元にハルくんの声。

 や、だから、こういうのが!

「……どうして? こういうことするの?」

ハルくんの体を両手で押し返す。

 突っ張ると、意外に簡単に腕はほどけて。

「そうだ、ね。ごめん」

だから、なんで謝るの? よけいに、やるせなくなってしまう。

「……歩こう。遅くなるから」

ハルくんは、少し困ったように笑顔を作って、私を促した。

 仕方なく駅までの道を歩いていく。

 手も触れない、かすめない程度の距離を危うく保ったままで。

 何も言葉にできないまま、ただ並んで歩いて。駅について、一緒に電車に乗り込む。

 扉近くに立つと、窓ガラスに何も言えない私たちの顔が映っていて。ハルくんは、降りる駅が来ても、そのまま電車に残った。

「折り返せるところまでは、行くよ」

心配してくれてる? でも、もう、大丈夫なのに。

 最初の乗換駅。そのまま、ハルくんは、ついてきてくれる。

「JRは、結構遅くまであるから」

と。

 そうして、都香駅。二つ目の、乗換駅。

 この階段を上れば、一回生の時、ハルくんに「あきらめて」と振られたホーム。ホームで長く待つのはつらかったので、私は、階段の途中で、

「……ハルくん」

と、ハルくんを呼び止めた。

「なに?」

今までちゃんと言えてなかったから、言わせてね。

「好きです」

それだけじゃ足りないくらい、

「ハルくんが、好きです」

ずっと、ずっと好きで。

「美緒……」

「ごめん、って、言うんでしょ?」

聞きたくなくて、先回り。

「もう、何度も聞いたよ」

「……じゃなくて」

「なあに?」

ハルくんを見上げると、唇を引き結んで困った顔をしている。言葉を、探してくれているんだね。

「俺は、付き合っても、好きになれない、から」

苦しげな言葉。

「どんなにやさしくしても、努力しても、結果は一緒だったし。今まで、ずっとそうで。だから、美緒とは、付き合えない」

「……ハルくん、間違ってる」

それだけは、はっきり言える。

「私、付き合ってほしいって言ったんじゃなくて。好きですって言ったんだよ」

ハルくんは、少し驚いたかのように私の顔を見つめた。

「好きだから、もっと、って欲張りになることもあるけど。でも、ただ、伝えたかっただけだから」

ハルくんの気持ちが欲しくないって言ったら嘘だけど。

 でも、気持ちは無理にはもらえないって、わかってる。それでも、伝えたかった。

 ずっと、ハルくんを好きでいること。

 ホームにアナウンスが流れる。もうすぐ、列車が入ってくる。

「じゃあ。ここまで送ってくれて、ありがとう」

私は、ハルくんを残して、ホームへと階段を駆け上った。

 ここで、もう一度突き放される前に。


 

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